樋久間のモデル

しき

第1話

 俺が見たモノ、かの有名な画家である安富祖あふそ 樋久間ひくまの知られざる真実をここに残す。




 俺の家の近くに村の一部の人達に有名な大きな犬屋敷があった。

 そこには年老いた小汚い爺さんとその爺さんが何処どこからか拾ってきた犬達が住んでいた。

 爺さんは昔は有名な画家だったらしく、大金を稼いでいたそうだ。その金で大きな屋敷を買ったのは良いが、何故かそこに自分以外の人を入れることは無く、その代わりなのか、犬達を住まわせていた。

 爺さんは年なのか、いや、そもそも始めからまともに世話をする気がないのだろう。屋敷は悪臭と犬の遠吠えが酷い迷惑な犬屋敷になった。村の人達も何度も苦情を言いに行ったが


「もう時期、ワシは死ぬ。死体がしっかりと火葬された後なら犬も屋敷も好きにして良い。それまでワシの屋敷に近づくな。特に夜はな。いいな。ワシは誰も巻きこむ気は無い」


 とわけの分からない事を言い続けるだけであった。結局のところは住まわせている犬にも何の愛情も無い半分ボケた老人の自分勝手な行い。何を言っても無駄だった。いや、そもそも聞くところによると画家として活躍していた時から奇怪な行動や言動が色々と目立つ人物だったらしい。特に誰かの死に極端に怯え、親しい人の葬式にも参加しなかったとか。

 しかし、やはり画家として凄い人だというのは誰もが認めている。絵に疎い俺でもその絵の迫力には驚愕きょうがくした。本当に心の底から震えた。

 『屍食人ししょくびと』という人の死体を食べるおぞましい化け物の絵。犬と人間をかけ合わせた様な醜い化け物があまりにもリアルなのだ。その時は一体どのような体験をしたらこの様な絵が描けるのだろうか?と想像が全くつかなかった。

 若い頃は爺さんは売れない画家であったがこの『屍食人ししょくびと』を描いてから有名になった。以降はこの『屍食人ししょくびと』を元にした作品を描き続けてその知名度を広げていった。世間ではこの『屍食人ししょくびと』は犬を虐待してモデルにして描いたのではと根も葉もない噂が出回っていたそうだが、真実には程遠い。

 その真実を知ったのはある真夏の夜だった。俺は真夜中に目が冷めてしまった。その日は夜も暑く、寝苦しい状態であった。しかも、例の犬屋敷の犬達の声がいつもより騒がしい。いつもの遠吠えとは違い、まるで何かを追い返すように必死に吠えているようだった。

 この事態に俺は恐怖よりも興味が勝って犬屋敷に向かった。屋敷の前に着くと異臭が鼻についた。くさいのは分かっていたがここまで酷かっただろうか?何かが腐った様なにおいが漂っていた。

 さて興味本位でここまで来たものの流石に他人の敷地内に勝手に入るのは躊躇ためらう。かといってこのまま引き返すのもつまらないし、何となく勿体無もったいない。どうしたものかとその場で考えていると奇妙なモノが目に入った。

 それは足跡だった。犬ではない、足跡は二足歩行だ。それでは人間の物ではないか?爺さんのか?違う。足跡を見るに裸足はだし、いや、爪の様な物も有るのを見るに獣の足跡だ。ここままでしっかりと二足歩行できる獣がいるのか?

 恐怖しながらも俺はその足跡を追って敷地内に入った。その足跡は家の周りに沢山あった。まるで家の中に入れる場所を探し回っている様な感じだった。犬達の騒ぐ音がより激しくなる。その時、俺は犬に吠えられながら飛び出して逃げるソレを見てしまった。ソレを目撃してしまった俺は悲鳴を上げ無我夢中でその場から逃げ出した。自分の家に戻った俺はあらゆるところを閉め、鍵をかけ、ただひたすら夜が明けるのを怯えながら待った。

 翌日、立ち入り検査で来た市の職員によって爺さんの死体が発見された。死因は熱中症。何でもこの真夏にも関わらず、冷房も無い閉めきった部屋で一人、死んでいたらしい。不自然ではあるが、ボケた老人の孤独死として片付けられた。

その後に謎の死体の消失さえ起きなければ俺もあの夜に見たモノは単なる俺の見間違いと思えたかもしれない。爺さんの描いた絵と全く同じ不気味な屍食人ししょくびとの姿を…


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樋久間のモデル しき @7TUYA

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