Epilogue
Epilogue
「……まるでジェンガね」
「崩れない程度の整合性は保ったつもりだよ」
閲覧した資料を嘆息まじりに返した私に、《
「暗示をかけられていた《
「……そう」
私は小さく安堵の息をつく。
燈韻暉・ミツハの計画で死亡した《
《
冬木立の中を、車は進む。陽の光の射さない寒空の下、立ち込めるスモッグが、さらに世界を暗く覆っていく。
郊外の丘陵地。灰色の空の下、白い建物が見えてきた。古びてはいるけれど大切に手入れされ、今も使われているカントリーハウス。
「おかえり、ルイ」
「ただいま、ナキ」
広い書斎。窓際の大きな机に積み上がった本の隙間から、ナキの顔が
私と違い、ナキが着ているのは、黒のスーツじゃなく、繊細な模様を織り出した
「……あんまり
「知恵熱だよ」
「違うでしょ」
私が
「心配してくれて、ありがと。……でも、早く、追いつきたいから」
「その小難しい本の内容と同時に、自分がまだ病み上がりだってことも憶えていてほしいわ」
経済や法律、その他諸々、私ならタイトルを見ただけで放り投げたくなる書籍の内容を、ナキは周囲も驚くほどの速さで吸収していた。……名実ともに、ミツハ家の当主で在るために。
「……燈韻暉のようには、いかないけどね」
ぽつりと、雫のように小さく呟いて、ナキは笑った。
国境近くの街で姉弟が奇跡の再会を果たした後、不幸にも暴漢に襲われた弟が、命がけで守った姉――それが、〝調整〟されたナキの記録。ナキは、正統な当主の継承者として、生まれた家に帰還した。当然、一族の中には
「……
ナキの指先が、おそらく無意識だろう、胸の傷の辺りをなぞる。
あの日……船室の中で、燈韻暉はナキごと、自身の心臓を――左胸を撃ち抜いた。ナキを抱きしめた状態で、ナキの背中から自分の左胸を撃てば、ナキが撃たれるのは右胸になる。……だから、ナキは死ななかった。瀕死の重傷ではあったけれど、突入した私たちによって、
賭けだったのかもしれない、と私は胸の奥で思う。燈韻暉の真意は分からない。けれど、本当にナキを道連れにしたかったのなら、ナキを先に殺してから自害すれば確実だったはず。……ナキは生きた。第九機関が、ナキを生かした。
「ごめんね、ルイ」
私を見上げて、ナキが微かに、瞳を揺らす。
「約束、破っちゃって」
死ぬまで一緒にいるって、約束したのに。
「破れてないでしょ」
「え……?」
「生きてくれているもの」
今、生きてくれているもの。
「……ルイ……」
琥珀の瞳に浮かぶ光。ごめんねも、ありがとうも、他にも沢山、様々な感情が、光のプリズムになって揺れる。
「今までと違って、明日も生きていることが前提の生活になるんだから、貴女も、長生きする覚悟を決めてよね」
「長生きする覚悟」
「多分、死ぬ覚悟より、度胸がいるわ」
死ぬのは刹那だけど、生きるのは永劫だから。
「戸籍も与えられたし、ね」
私は肩をすくめる。
ナキも私も、今はもう、何の《
ナキはともかく、私は希望すれば
「あ……」
ふと窓の外に目をとめて、ナキが瞬きをした。
鉛色の空から、純白の雪が舞っていた。
白い花……白薔薇の花弁のように。
「天国には、冷たい雪じゃなく、温かい花弁が降っているといいなぁ」
寂しいところに、独りでいなくて。
沢山の花で、優しく包んであげられたらいいな。
窓枠の縁で握り込んだナキの手に、私は、そっと、手を重ねた。
ナキは静かに
夜の
明日も、明後日も、その先も。
この邸の庭は、春になれば、満開の白薔薇が咲き誇るという。
Fall Into Heaven ソラノリル @frosty_wing
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