第2話・二俣川〜海老名
試験場へと戻ってきた俺たちは、混乱する賢王争いを諌めるために西へと向かった。危うくまやかしの丘に騙されるところだったが、長閑な緑の町と夢見心地な泉のお陰で、近い未来への希望を抱けた。
天王の所領、緑の町、そして賢王の所領との境に至った。せせらぎの谷を抜けた台地に、俺たちを歓迎してラッパの音色が勇ましく鳴り響いた。
パーパーパー パラパッパッパパー
パラパッ パーパラ パラパッパー
パーパラパーパー パーパラパーパー
パララッ パララッ
パララーパラッ パララーパラッ
パァ─────
「さらばー♪」
「やめるにゃん! ヤマト違いだにゃん!」
畜生、これもまやかしか! 猫がいなければ、すぐに騙されてしまいそうだ。賢い猫を伴わせてくれた天王には感謝しかない。
この西には、巨大な鳥の巣があった。それは
「油とは違う、まやかしの匂いがしないか?」
「そうにゃん! これはきっと、ヒントの匂いだにゃん!」
その先の野原を横切り、柏の森を分け入ると、賢王の座を争うひとり、エヴィーナの街へと辿り着いた。
さっそくエヴィーナ王に謁見を申し入れたが、何やら様子がおかしかった。視線はぐるぐるして定まらず、悪い夢に侵されているようだった。
「勇者よ、吾輩に何の用があるというのじゃ」
「ここより遥か東、浜辺にそびえる世界樹の増殖が止まりません。その原因は賢王争いではなかと思った次第です」
するとエヴィーナ王は怒りを露わに、俺たちを「無礼者!」と一喝した。
「吾輩が賢王の座を獲得したのが、不満だと言うのだな!? アッギが堕ちたのは衰退したからではないか!? さては貴様、支配下に置いたアッギの残党ではなかろうな!?」
賢王の座を争っていたアッギが、エヴィーナの支配下だと!? 他の小国ならいざ知らず、アッギがエヴィーナの手に堕ちるなんて、そんなバカなことがあるものか!
「この勇ましさだけの愚か者を、エヴィーナから追放せよ!」
そうエヴィーナ王が命じると、俺たちは衛兵に捕らえられて柏の森まで追いやられた。
「さらばー♪」
「歌っている場合じゃないにゃん! 賢王が大変なことになっているにゃん!」
そうだ、賢王の座に君臨したエヴィーナ、その王の様子がおかしいのだ。アッギは衰退したそうだが、その規模は広範にして絶大だ。そう簡単に堕ちる街ではないだろう。
「なぁ、猫よ。エヴィーナ王もまた、惑わされているんじゃないか?」
「きっと、そうにゃん。もう一度、エヴィーナ王のもとに向かうにゃん!」
しかし森の出口には、エヴィーナの衛兵が立ち塞がってしまっている。もう謁見は望めなそうだし、叶ったとしてもあの様子では話にならない。
「猫よ。エヴィーナに至る道は、他にはないだろうか」
「使っていない古い道があるにゃん。それなら、エヴィーナの裏手に回れるにゃん」
柏の茂みを掻き分けて、もう使われていない道を進んだ。遠回りだが、衛兵の目を盗んでエヴィーナの外れに抜けられた、が……。
「おい、まだ道が続いているぞ。怪しい雰囲気が漂わないか?」
「きっとエヴィーナ王を惑わす、まやかしがあるに違いないにゃん」
エヴィーナの外周をぐるりと回ると、すっかりうらぶれてしまったアッギに着いた。淋しげな風が吹き
これが、賢王の座を争ったアッギの現在……?
「そんなバカな、かつてはエヴィーナも敵わない隆盛を誇ったアッギだぞ」
「こんなに淋しいなんて……もう帰りたくなったにゃん」
いいや、これまでに何度も騙されそうになっていた。ならば、このアッギも──
「まやかしだ!」
俺が双剣を構えると靄が晴れ、大河を背にして魔王が姿を現した。滲み出る強大な力、その魔王の名は……。
「我が名は魔王ケン・ケエーイ、世界のまやかしを統べる者。勇者よ、よくぞ見破った」
こいつはヤバい、今まで戦った奴とは比べものにならないくらい強敵だ。正義の顔をしているが、その裏では何をやっているのかわからない。
双剣を
「くっ! ……周りが見えない!」
「フハハハハ! どうだ、包み隠しの魔術イン・ペインは」
魔術に惑わされてしまわぬよう、
が、しまった! 手首を
「クックックッ。拘束術、タイ・ホゥだ」
「ケン・ケエーイ、お前は間違っている! 俺に拘束される理由はない!」
「黙れ黙れ! 魔王に歯向かう者なんぞ、なぶり殺してくれるわい!」
そのときだ。猫が魔王に飛びついて、胸ぐらをポコポコと猫パンチした。
「ダメだにゃん! 殺しちゃダメだにゃん!」
すると魔王は狼狽えて、目尻がみるみる弛んでいった。
「やめろ、やめるんだ、猫は可愛い」
タイ・ホゥが解け、イン・ペインが晴れ、デレデレとするケン・ケエーイが姿を見せた。
猫最強、隙だらけだ!
「喰らえ、ケン・ケエーイ!
グアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
魔王ケン・ケエーイは身体を苦痛に歪めると、夥しい瘴気を放って萎んでいった。そこにポツンと残されたのは、エヴィーナの衛兵だった。
「私は……何を?」
「心を囚われていたんだな? この地をアッギと
それは大変なことを! と血の気が引いた衛兵は、エヴィーナ王のもとへ走っていった。大河の対岸でかつての隆盛を誇っている、本物のアッギを見せるために。
「これで世界樹は救われたにゃん?」
「いや、あの衛兵に取り憑いた魔王は、どこかへ逃げてしまっただろう」
しょんぼりとする猫を撫で、遠く東にそびえる世界樹を眺めた。
世界を救う旅は、まだ終わらない。ニーシャとケン・ケエーイから放たれた黒い瘴気は、世界樹を狙うに違いない。
俺たちの戦いは、まだこれからだ。
双鉄閃 〜まやかしの賢王 山口 実徳 @minoriymgc
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