双鉄閃 〜まやかしの賢王

山口 実徳

第1話・横浜〜湘南台

 浜辺のそばで天を突く世界樹は呪われていた。

 この地を覆い隠さんと枝を伸ばし葉を茂らせていたものの、無数の蔦に絞め上げられて根の周りはいくつもの穴に蝕まれていた。

 そのせいか、枝葉は崩れ落ちては伸ばし茂りを繰り返し、その残骸が広い沼を形成して行く手を阻み、地上の人々をいつまでも惑わせていた。


 この呪いを解かなければ、俺はそう心に決めて沼に沿う古道のそば、天王のもとを訪れた。

「おお! そなたが世界樹の呪いを解こうとする伝説の勇者! この呪いの根本を何と心得る」

「ここより遥か西、賢王の座が争われておりますが、不穏な気配がするのです」

「西に参るか、危険だぞ。ならば伴をつけよう」


 天王が招いたのは、橙色の猫だった。旅をするのに猫とは、と拍子抜けしてしまったが、西への旅をよく知る猫らしい。

「君が賢王へと導いてくれるのか?」

「そうにゃん!」

 この口をきく猫を伴い、俺の旅がはじまった。


 ☆  ☆  ☆


 天王のもとから川を遡れば、いずれ賢王のもとへ辿り着くそうだ。しかし、その川の様子がおかしかった。

「危ないにゃん!」

 俺たちは輝きを放つ石礫いしつぶてに襲われた。咄嗟に猫の前に立ち、抜いた双剣で弾き返す。

「この石は、星だ。川を流れているのは流星だ」


 星を弾き返しながら前進すると、黒いローブを纏った男が不敵な笑みを浮かばせていた。

『我が名はワァダ、星を操る魔術師なり』

 さっそく魔術師のお出ましか。しかし世界樹の下で修行した俺には、こんな技を破るなど容易いことだ。

 身体を低くし流星を避け、魔術師ワァダの脇をすり抜けて斬る。

 ワァダは断末魔の叫びを上げると、瘴気を放ち消え去った。が、襲いかかる流星は勢いを増す。


 ワァダは幻影だったのか!?


「あれがワァダの正体だにゃん!」


 猫が指を差した先には、口元に指を当ててクスクスと嘲笑わらう魔女がいた。お利口さんね、と賢い猫を褒めてはいるが、鋭い瞳から殺意が覗いた。

「私の名は、幻想の魔女ニーシャ。あなた、なかなかやるじゃない? それなら、本気を出させてもらうわ」


 ニーシャの笑みが醜く歪むと、色とりどりの光が俺たちを襲った。最強等級の光を放つ流星は、あまりに眩しく弾き返してかわすだけで精一杯だ。それらはあらゆる方向から現れて、あらゆる方向へと消えていく。星の光を照り返す羽根までもが飛び、俺たちの周りにまとわりついた。

 そのうち俺たちは、行くべき道を見失った。


「大人しく世界樹のもとへと帰るがいいわ。その世界樹さえも見失っているようね?」

 ニーシャが言うように、流星の隙間から見える世界樹はふたつあった。どちらかがまやかしだ、幻想の魔女に相応しい魔法じゃないか。


 否、俺が向かうべきは世界樹じゃない、賢王のもとだ!


 俺は双剣を円盤ディスクに変えた。激しく回転するそれを手首に据えて、極彩色の流星を砕きながらニーシャに迫る。

「何ぃ!? まさか、お前は!! ……」

 ニーシャが言い切るより先に、俺は円盤ディスクで身体を裂いた。肩から脇へ、脇から腰へと袈裟斬りにして、とどめに逆の脇から腰を一閃した。


 ニーシャはバラバラになりながら、見開いた目で俺を睨んだ。

「この、Sを刻む技……あなたはやはり……」

「冥土の土産に教えてやる、これが双鉄閃そうてつせんだ」

 ふたつの円盤ディスクを双剣に戻すと、ニーシャは瘴気を放って消えていった。


 しかし、気を緩める隙はない。瘴気が晴れると峰が現れ、その頂点から一羽の鶴が舞い降りた。

「双鉄閃の使い手よ、これより先には更なるまやかしが待ち受けておる。お主にそれが斬れるか、試験をしてやろう」


 俺が双剣を構えると、二手に別れた亡霊が一挙に襲いかかった。剣を交わして薙ぎ払い、斬っても斬っても湧いてくる。

 これだけの亡霊、しかも奴らは戦士だ。ならばこの地は古戦場、亡霊を絶ち切るならば──。

「猫よ、教えてくれ! 彼らを弔う場所を!」

「こっちだにゃん!」


 猫に導かれるまま辿り着いた、彼らの慰霊碑。その前に立って弔うと、彼らは霧となって天へと昇った。

 すると慰霊碑の上に鶴が舞い降り、細めた目で俺を見つめた。

「よくぞ惑わされなかった、それでこそ双鉄閃の使い手だ。賢王のもとへ行くのであろうが、瘴気を浴びておるな。それを癒やしてからにせよ」


 鶴が翼で示した先は、馬が草をんでいるのどかな野原だった。大草原を猫と一緒に進んでいくと、緑が溢れる美しい町に迎えられた。

 三月のような暖かさ、そこに佇んでいるだけで癒やされる。町を抜け、野原の中央に湧いている泉に入り、ニーシャの瘴気を洗い流した。


 こんなに穏やかな、夢のような場所が隠されていたなんて……。

「この先の丘に、美しい海岸が広がっているそうだ。猫よ、癒やしを求めて行ってみないか?」

「海の匂いがしないにゃん! あの土地の名前もまやかしだにゃん!」

 何ということだ、土地の名前がまやかしとは。もしやこれも、あの鶴の試験だったのか。


「猫よ、長居するのは危険だ。道を戻って賢王を目指そう」

 猫は「そうにゃん!」と声を上げ、小さな拳を突き上げた。

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