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 両親はびいびい泣きながら僕を出迎えた。


 お前のことだ、きっと法に悖ることはしないと信じていたよ。お巡りさんもひどいものねえ、ずっと留学してたあんたになんの悪さができるんだか──まさかこのひとたち、僕が何か犯罪の容疑を受けて拘留されていたと思っているのだろうか。


「首都の方、すごい物騒になってるよ。まるで厳戒令でも出されたみたいだった。僕が国を出ている間に、何があったの?」


 両親は首を揃えて知らないという。新聞には特に何も載ってなかったし、ラジオで何か言うような様子もなかったとか。二人ともそういう世間の機微には敏いひとだ。とにかく手を動かせの感覚派で、早とちりも多いが、頭は僕なんかよりずっと良い。大学に行ったのに何も変われず、失意の中すごすごと戻ってくるようなやつなんかより、ずっと。


 やがて日も沈んでくると兄弟たちが仕事から帰ってきた。上から順に、パラ、トゥパキ、ネム。僕は三男坊で、ちょうどトゥパキとネムの間に当たる。


「ハッウラ、元気にしてたか? 相変わらずちっさいなあ。ちゃんと飯食ってんのか? お前大喰らいのくせに全然背が伸びないんだから……」

「ひさしぶり。何だかやつれたねえ。ねえ母さん、晩ご飯ちゃんとハッウラの分も用意してくれた? してなかったらこの子僕たちの分も食い尽くすよ」

「ハッウラ兄ぃハッウラ兄ぃ、お土産何? ハッウラ兄ぃのことだからお菓子か何かだよね? ちゃんと検疫通れた?」


 姦しいものである。辻利の生八つ橋を鞄から取り出しながら適当にあしらった。これでもう、日本で買ってから十日くらいは経っているが、役所ではアイタラにお願いして冷蔵庫に入れておいてもらったので、まあ、多分、食べれる。賞味期限的にはアウトなのだが、多分、大丈夫だ。


「ハッウラが「ハッウラが同じの五箱も買ってきた!」「なにこれ、やっつ、はし?」これナマって書いてる「ヤツハシだよ」生八つ橋? 食べて見たかったのよねえ「抹茶味だって」何これすっげー緑、めっちゃ苦そう」


 うるさいなあ。


 さてさっきからずっとハッウラ、ハッウラと呼ばれている訳だが、記憶力のある読者の中には、お前の名前はウヒカじゃないのかと思った方もいるだろう。違う。サファイキでは人名は姓─個人名の順に表記する。ウヒカが苗字でハッウラが名前。つまりおおよそ日本と同じである。正確を期するとウヒカというのは「ヒカの(息子)」という意味なので姓とは微妙に違うのだが……まあ長くなるので割愛する。


「賞味期限が心配だから今日明日で食べるよ。なんか変な臭いがしたら言って。腐ってるか元々の匂いか判別するから」


 という訳で25日の朝、これを書いている。生八つ橋は非常に評判だった。緑茶のティーパックも何箱か買ってきているので、それと一緒を食べたのだが、保存状態も良かったのかめっぽう美味しかった。しばらく日本には行けないだろうから、食い溜めをしておくつもりである。


 今日は家族揃ってラジオを聴きながらのんびりする予定だ。右手に八つ橋、左手にカップ。ずぞぞ、もぐもぐ。ずぞぞ、もぐもぐ。合間合間におしゃべりを挟んで。


 ──こんにちはアローサ。ラジオ・タガタアの時間です。本日はサファイキ歴史資料館のアイタラ・カイさんとラニさんご夫婦をお呼びして──

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サファイキから、スマートフォンを取り落とすまでは 藤田桜 @24ta-sakura

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