後書き

 秋穂君と別れたのは午後三時を回ったころだった。彼は下宿へ、ぼくは駅へ。

 大学の通用門近くで冬実とばったり再会した。冬実もバイトのため駅へ向かうとのことで、一緒に歩いていった。冬実とは合宿以来、講義で顔を合わせる程度で、ちゃんと話したのは今日が初めてだった。

 ぼくは言った。

「あのさ、例の小説って読んだ?」

「ああ、合宿のときの? いちおう目は通したよ」

「結局、あの原稿はなんだったんだと思う?」

「たぶん、帆村さんの説明であってるんじゃないかな。アルバムに挟まってたってやつ、わたしすごい納得したもん」

「書いたのは誰なんだろう」

「木崎君じゃないの?」

「なんでおまえの小学校のアルバムに、ぼくが書いた原稿が挟まる? ぼくと会ったのは中学のときじゃん」

「そうだねえ」

 冬実の口調は軽い。彼女と話すとき、たまに本気か冗談かわからなくなる。

 駅に着いた。計ったように雨がぱらぱら降りだした。今は講義中の時間だからかプラットフォームには人はまばらだった。

 待合室に入った。

 ベンチに腰かけると冬実が言った。

「木崎君、わたしはどっちなんだと思う?」

「え?」

「わたしは冬実なのかな、それとも」

 ぼくは冬実を見た。

 冬実は膝の上に置いた指先を見つめていた。

 その姿に妹の姿は重ならない。ぼくには彼女と芙由美の区別がつかない。

「わたしは妹みたいになりたかったんだと思う。本当は芙由美の代わりになりたかったはずなのに。小説を書き始めたのも、冬実ってあだ名も、木崎君に話しかけたのも、たぶん全部そう。そのせいで、みんな妹のことを忘れちゃった」

「冬実……」

「原稿をアルバムに挟んだのも、本当はわたしなのかも。宛先を、妹からわたしにずらしたかったのかもしれない」

「考えすぎだよ。おまえの妹がいたことを、みんな憶えてる」

 ぼくは春花や夏樹の文章を思い出す。

 芙由美は作者に宿っている。彼女は小説の外側にいる。彼女の姿を忘れてしまっても、いたことだけは、ぼくたちのどこかを規定している。

 謎は解けない。

 ぼくもここまでだ。

 探偵も犯人も被害者も曖昧なままだ。事件の輪郭も見えないまま、魂はまた誰かの身体を継いでいく。

 いつか、きみが誰かわかる日がくればいいと、心から願う。

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四つのペンネーム むぎばた @sakusogram

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