第34話

「この学校ってさ、エスカレーターでしょ。付き合い長いんだよね。小学校からだと、ここに来るまでで、もう人生半分以上一緒に過ごしてることになるんだよ。初めの日に言ったよね? 編入生って例外だって」


 そんなことを聞いたような気もしてるけど、だけどなんだかぼんやりとしていて思い出せない。ものすごく遠いことみたいな気がする。新学期が始まって、まだほんの何日かなのに、一年も前のことみたいに。


「ガキだったんだからさ、多かれ少なかれ、失敗っていうのがあるわけだ。語り継がれるような、とまでいかなくても、あぁあの人程度のエピソードなら、誰でも持ってる。オレたちは葉月ちゃんに、なんかの機会には、そういう風に説明されちゃうわけだ。あいつさー、こんなんだったんだよって。過去に責任を取るのは当然だけど、だから、葉月ちゃんにも同じ立場になって欲しかったんだ」


 立場?


「慣例なんだな。高等部編入者が必ず通る関門って言うのが、いちばん近いけど。そんなような。うん」


 確かに。私たちがクラス会の時に思い出して笑うようなことを、この人たちは日常として抱えたりしているわけだ。それはそれで考えてみたら、気の毒な面もあるけれど。


『ガキだったんだから』仕方ないのに、だけどみんなが覚えていて、なにかの時には言われてしまうこと。それを、私にも持っていろってこと、なんだ。


 でもだからって。


「それでオレは学年総代として、大まかな各グループの計画を知ってて、管理していく役目なはずだったの。あんまりヒドいものにはストップかけたりする権限もあるし、葉月ちゃんを危険から回避させることも許されてた。けど、オレの口からネタばらしをすることだけは絶対禁止。リタイアするのはオレ以外の誰かっていう、」


「ルールだった」


「うん。ルールだったんだ」


 決まりは守られるものだ。さっき美術室で聞かされた言葉だ。いったいどんな風に作られたルールだったんだろう。どんな風に誰が決めたんだろう。


 この人たちみんな、この学校のみんなは大バカだっ、なんて放送室から全館放送で叫んだりしたら、私はすっきりするかもしれない。あぁ、それ、いいかもしれない。

だって全然ふつうじゃない、いいかげんいろんなことがふつうじゃなかったけど、ここまでふつうじゃなくていいはずがない。


 私なんかただの転入生で、こんなのささやかに一人増えただけなのに、なんでそんな全校生徒でかかってきたりするわけ? そりゃこれから、いろんな人の話を聞くだろうけど。いろんな人の、……いろいろなお話を聞くんだろうけど。


「怒ってる? 葉月ちゃん」


「聞かせなさいよ」


「なにを?」


「あんたの最低最悪の失敗、聞かせてよ。なんか誰もいいそうもないもん、あんたのことは」


「そんなことないよ。それはおいおい、きっと誰かがそのうち言うって」


「ぜんっぜん、信用できない」


「保証するから、そんな悲しい言葉で責めないでよ。体張って守った女の子に信用もされないなんて、割に合わないよ。ほんと」


 ……確かに。頭にいろいろな時のことがよみがえってきて、私は――。


 だけどそんなことありがとうなんて言う気分じゃない。とてもとても、そんなの無理。だって騙されていたのは確かなんだし、一番ちゃんと私の事情も知ってる上だったのはこの人なわけなんだから、いいかげんでそゆこと説明してくれても良かったじゃない、やっぱり。


 人があんな状態でいるって言うのに、まだそれを隠しとくって、やっぱりひどすぎると思う。だって私、信用してたんだから。だから、ひどいこと言っちゃってごめんなさいって。あれはほんとにやつあたりだったから、謝ったのをどうこうってわけじゃないけど。


 ……わかんなくなってきた。感謝するのと怒るのと、どっちの割合が大きいのかわからない。混乱してる、頭が。やっぱり怒るとこだって思う、けど……。


「教室、行かなくちゃ」


「おくるよ」


「いい。一人で行ける。」


「まだ終わりだって知らないやつがいるかもしれないけど。この鐘、全館放送のっけてるけど、届かないとこあるし。鐘が鳴ってから手を出すのって、ほんとは反則なんだけど、実際ゼッタイやらないかって言われると、それほど確信持って語れないし。せっかく作ったモノ、使いたくなって使っちゃうのもいるかもしれないし。なにしろ前例が遠い過去なもんだから、判断材料にできないわけだし」


 なにが起きても、今なら、ばっかじゃないの?! って弾き飛ばせる自信はあった。私に向けられた呪いじゃないってわかってたら、あんなこともこんなことにも驚いたりはしないもん。


 だけどもし、月見ちゃんたちのみたいなマトモな攻撃だったりして、やっていくうちにだんだん本気になっちゃったりしたら。盾、は必要かもしれない。


「こっからの抜け道、教えてあげるよ、葉月ちゃん」


 この顔に、今は騙されたふりをして、と、私は差し出された手を取った。そういう動きを、全然不自然ではなくやってしまう奴だって、私はもうわかってる。


 ぴかぴかの優等生、優しそうな笑顔、賢そうな発言。そして、悪の親玉。事情を聞いたって、やっぱり親玉は親玉じゃない。


 今に見てろ。今に見てろよ、隆一朗。


 心の中では極めて真剣に呪文を三回。なんだかすごく、自分が悪への道を進み始めた気持ちになってるんだけど、きっとそれって正しい表現。


 仕方ないかも。それがこの学校での暮らし方だ学んでしまったわけだから。





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