2.これは、現実だと?

 俺は気づくと、ザラザラとした素材のシャツとズボンに硬い革の靴を履いた状態で立っていた。

 みすぼらしい部屋だ。

 レンガ造りと思しきヨーロピアン風の部屋。

 部屋にはベッドがひとつ、置かれている。


 ……ていうか、ここどこ?


 さきほどまでの冷房を効かせた快適な部屋と違い、空調はなく、じっとりと汗ばむ陽気。

 慌てて財布とスマホを探すが、ない。

 ……ベッドはともかく、木製のドアの先はどこへ繋がっている?

 俺は不安になりつつも、ドアを開けた。


 廊下だ。

 いくつも同じような部屋が並んでいる。

 扉にはプレートが掛けられており、三文字の見慣れない文字が書き込まれていた。


 俺の開けた扉にも、読めない文字の書かれたプレートがかかっている。

 これはなんの意味があるのだろうか。

 ……そうか、これは夢なんだな?

 ラスボス戦は確かに疲れた。

 エンディングを見終えて、寝落ちしたとしてもおかしくはない。


 俺は扉を閉めて、ベッドにダイブした。

 チクチクする生地の衣服が気になったが、どうでもいい。

 まるでファンタジーの住人になったような服だが、ゲームのイメージが鮮烈で、そういう夢を見ているのだろう。


 ふと脳裏に何か違和感があることに気づいた。

 それは手足を動かすのと同様、意識すれば動かせるらしい。

 試しに目の前に表示してみた。


《名前 コウセイ 種族 人間族ヒューマン 性別 男 年齢 30

 クラス 自宅警備員 レベル 1

 スキル 〈アイテムボックス〉》


 …………なんだこれ。

 ステータス画面が目の前に表示された。

 透き通った青のホロウィンドウが、目の前に展開されている。

 はは、ファンタジーな夢だな。

 しかしクラスが自宅警備員とはね。


 スキルは〈アイテムボックス〉か。

 ゲームのアイテムインベントリみたいなものかな?


 俺は〈アイテムボックス〉を起動した。

 うにゅん、と空間に穴が開く。


「へ、へえ。この中にアイテムを出し入れできるのかな?」


 本当にスキルが使えたことに驚きつつ、腕を突っ込む。

 〈アイテムボックス〉に入っているのは、手紙が一通と金貨一枚と銀貨二十枚と木製の札だ。

 全部出してみることにした。


 ベッドの上にはピカピカと輝く金貨と、鈍く輝く銀貨、そして封蝋の捺された手紙が一通、そしてギザギザのある厚みのある木製の札が取り出された。

 金貨は確かに金だった。

 銀貨も銀だが、こちらは混ぜものでもされているのだろうか、銀なら普通は酸化して黒ずむものだ。

 しかし硬貨としてはよく出来ている。

 知らない王様の横顔からして、どこか外国の硬貨なのだろう。

 現金をベッドの上に散らかしている状況が落ち着かないので、ひとまず硬貨は〈アイテムボックス〉に入れる。


 木製の札は良く分からない。

 さきほど見かけた読めない文字が書かれている。

 これも〈アイテムボックス〉にひとまず仕舞った。


 さて手紙だ。

 封蝋には女神のような女性の横顔が捺されている。

 ペリペリと剥がして、中身の手紙を取り出した。


「ようこそ地球の勇者よ。選ばれし者よ。あなたは如何なる方法かで選出された地球人です」


 ……はあ?


「現状を説明しましょう。あなたは比較的治安の良い街であるガエルドルフにいます。宿は前払い食事付きで一ヶ月、支払ってあります。初期所持金は金貨一枚と銀貨二十枚。これは好きに使えます」


 ……初期所持金? まるでゲームのような言い草だ。


「あなたはこれから、聖痕を集めてもらいます。聖痕とは、砕け散った神々の欠片です。地上に散らばった聖痕をすべて集めることで、あなたには望む報酬を受取る権利が発生します」


 ……ほんとにゲームの導入みたいだな。


「望む報酬とは、地球に戻ることも含まれています。ですから、もしこの世界に骨を埋めることを厭うならば、積極的に聖痕を集めてください」


 ……ここが地球じゃないみたいな言い方だな。


「地球との大きな差は、文化文明の発達が遅れていること、そしてなにより魔物の存在でしょう。魔物とは魔力をもった動植物が変異したものであり、見境なく人を襲います。非常に危険な存在ですので、まずは冒険者ギルドに登録して、弱い魔物を相手にしつつレベルを上げることを推奨します」


 ……おいおいチュートリアルが始まったぞ。


「なおこれは現実です。油断しているとすぐに死んでしまいます。ゆめゆめ気をつけて生きるように。 創世の女神」


 手紙は、これで終わりだった。

 聖痕を集めろ?

 レベルを上げろ?

 これは、現実だと?

 何を……馬鹿な……。


 手紙を〈アイテムボックス〉に入れて、靴を脱いでベッドに横たわる。

 視界の端っこに追いやっていたステータス画面をもう一度、見直す。


「クラスは自宅警備員で、レベルは1か。これでどうやってレベルを上げるんだ?」


 冒険者ギルドというのはなんとなく分かるが、要はクエストを受注して、お金を稼ぐ場所のことだろう。

 魔物の討伐を含めて。

 バカバカしい。

 とっとと醒めないかな、この夢。


 コンコン、とドアがノックされた。


「■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■」


 何語か知らないが、外国語で話しかけられている。


「■■■■■■? ■■■■■■■■?」


 耳を澄ませるが、英語じゃない。

 何語だ?


《〈人類共通語〉のスキルを習得しました》


 目の前にホロウィンドウがポップアップした。

 すると、頭の中でカチリと何かが繋がった気がした。


「コウセイさん!? 起きてください!! 夕食の時間ですよ!!」


「!? あ、ちょっと待っててくれ!!」


「あ、起きましたか? 食堂に来てくださいね」


 パタパタと足音が遠ざかる。

 今、俺、何語で喋った?

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