第5話 ルチアの来た理由
ルチアはフォンの隣に腰掛け直すと話し出した。
「フォンには言ってなかったんだけど、両親が3年前に離婚してさ。私はハイスクールを転校したくなかったので家に残ったんだけど、父が去年職場の同僚と再婚したんだ。父には学費を出してもらってるから反対はしなかったけど、今更新しい人を『お母さん』って呼ぶのも気が引けてさ。ラベンナから離れた大学に入って一人暮らしを始めたんだ。夏休みも帰省する代わりに宇宙旅行するって言ってさ。それでラベンナに残ったエノクとはうまくいかなくなっちゃった。ま、ていのいい家出だね」
「離婚したお母さんのところに行こうとは思わなかったの」
フォンはラベンナにいた頃、ルチアの家に行くとおやつを出してくれた母親を思い出しながら訊ねた。
「母は今、ジュエリーの買い付けであちこちの星を飛び回ってるの。時々メールはくれるけど、仕事の邪魔はしたくないかなって」
「そっか。君は優しいな」
フォンはヘルメットを外すと膝の上に置く。ルチアは自分のスマートフォンを開くとフォンにアルバムの画像を見せた。黄色味がかった鉱石が映っている。
「ここに来ようと思った理由はもう一つあってね。母からもらったメールにブリア産のシデライトって黄色い鉱石の画像が入ってたの。フォンのいる星の名前だなって気づいて、本物のシデライトを見てみたいな、って思ったんだ」
「シデライトか。ここでは『ミンの
「楽しみだな。でもその前に」
ルチアの手がヘルメットを持つフォンの右手に被さる。
「フォンは、もうトリュースに帰る気はないの」
ルチアの手の温もりがフォンの手の甲に伝わってきた。微かに花の香りも漂っている。緊張しながらフォンは話し出した。
「そんなことないよ。トリュースには両親の墓もあるし、君や親戚たちもいるからね。でも、僕はブリアで出会った人たちともう別れたくないんだ。ここが僕の故郷だと今は思ってる」
「そうなんだ」
ルチアは静かにつぶやくと手を離し、そのままスマートフォンをポケットにしまった。
「もし、ルチアが大学出てどこにも帰る場所がないなら、ここにおいでよ。少なくとも僕は君を歓迎するよ」
「……フォン」
ルチアは顔を上げた。声が涙ぐんでいる。フォンは、キャラメルの箱を差し出すと呼びかけた。
「ここは『ライト・ハウス』だからね。もう一つ食べるかい」
「ありがとう」
ルチアは微笑むとキャラメルをつまんだ。
キャラメルを頬張る2人の静寂を切り裂いたのは、フォンのスマートフォンからの呼び出し音だった。慌てて画面を見たフォンの顔が明るくなる。
「伯母さんからのメールだよ。『ひどい砂嵐だったけど大丈夫か』って」
「ってことは、もう砂嵐は止んだのね」
ルチアは指で潤んだ目元を拭いながら言う。
「よし、外に出てみよう」
フォンはヘルメットを被り直すと立ち上がった。
フォンがシェルターのドアを開けると、さっきまでの砂嵐が嘘のように、漆黒の夜空が広がっていた。東の空にはクリーム色の球体が昇りかけている。
「ほら、あれが月だよ」
フォンはルチアに呼びかけた。
「大きいね。まるでレモンみたい」
「ああ、今は満月を過ぎてるからね。これからどんどん細くなって、また満月に戻るんだ」
「素敵ね。これをフォンは見せたかったんだ」
そのままシェルターの外に歩き出そうとしたルチアは声を上げた。
「砂が光ってる!」
確かにヘルメットのライトは付いてないのに、地表が淡い黄金色に輝いている。
「砂丘でマリティの町が隠れてるせいかな。いつもより光って見えるよ」
「まるで黄金の絨毯みたい。ここまで来て良かった」
ルチアの笑顔が月光に照らされているのを見ながら、フォンは家出の日に見た月を思い出していた。
2人はシェルターを出ると、立ち往生したバギーの所へたどり着いた。砂にまみれたボディを払い、バギーに乗り込んだ2人だが、エンジンがかからない。
「燃料はまだあるはずなんだけど。ぶつかった時にどこか壊れたのかな」
バギーを降り、バンパーの前に回ったフォンは叫び声を上げた。
「僕の捨てたエアバイクだ!」
フォンの足下では、砂に半分埋まったエアバイクと、砂の詰まったヘルメットがヘッドライトに照らされている。子どものように喜ぶフォンにルチアが声をかけた。
「家出したとき乗ってきたバイク、見つかったのね」
「さっきの嵐で砂が吹き飛ばされたんだ。ほら、ここに伯母さんの名前が書いてある」
フォンはヘルメットを掘り出すと、中に詰まった砂をかきだしながら言った。
「そうだ、確かこのエアバイク、燃料切れで置いてきたんだ。バギーから燃料を補給して動かせないか試してみよう。ルチア、バイクを掘り出すの手伝ってくれないか」
「分かったよ」
ルチアはバイクのハンドルを掴んだ。
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