第3話 月のない夜
ルチアと共にバギーに乗り込んだフォンは、チューブの伸びる空港方面ではなく、ドームの外の砂漠へバギーを向けた。
「砂丘からこの町を見ると『ライト・ハウス』と呼ばれている理由がよく分かるよ。本当は月が出てればもっと良かったんだけど」
フォンがナビゲーターに指示を出しながら解説する。
「月? ああ、衛星のことね」
ルチアの疑問を遮るように自動操縦のコンソールが光った。ナビゲーターが警告音を発する。
『現在マリティ周辺の気圧が急激に低下しています。砂嵐確率が30%に上昇しました』
「まずいな。今夜は晴れの予報だったのに」
フォンはバギーの自動操縦モードを解除し、ハンドルを握った。
「天気が悪くなる前にポイントに行って戻ろう。少しスピード上げるよ」
バギーはマリティの町を望む高台の砂丘の下で止まった。ライトが暗紅色の砂を照らしている。
「さっきの話だけど、ブリアには『ミン』って名前の月があるんだ。トリュースには衛星がなかったから初めは不気味に思ったけど、慣れるときれいなもんだよ。満月の夜だと砂に含まれる鉱物が反射して微かに光るんだ」
「神秘的ね」
ルチアはライトに照らされた砂に見入っている。フォンはバギーのドアを開けた。
「踏んでみるかい」
「もちろん」
バギーを降りた2人は、砂を踏みしめながら砂丘を登った。砂丘から遠くに見えるマリティの町は、気候調節用のドームに建物や街灯の明かりが閉じ込められ、闇の中にそそり立つように輝いている。ルチアが風にもてあそばれる髪を押さえながらつぶやいた。
「まさに砂漠の上の灯台、『ライト・ハウス』ね」
「だろ。僕たちのいたラベンナに比べたら小さな町だけど、これでも10万人が暮らしてるんだ」
フォンが説明しようとしたその時、ひときわ大きな風が砂丘に吹き付けた。風はそのまま渦を巻き、砂丘を巻き込んで膨れ上がる。
「砂嵐だ!」
フォンはとっさにルチアの手を掴み、バギーへと走る。2人がバギーに飛び込むのと、砂嵐がバギーに襲いかかるのはほぼ同時だった。フォンはシートベルトを締める間もなくハンドルを握りながら叫んだ。そのままアクセルを踏む。
「しっかり捕まって!」
猛烈な砂嵐がバギーを捕まえようとするかのように追いかけてくる。ヘッドライトもワイパーも効かず、暗闇なのか砂嵐の中なのかも分からない。
「大丈夫?」
震える声でルチアが呼びかける。フォンは砂嵐に負けないように大声で叫んだ。
「大丈夫! もう少しでシェルターだ!」
「信じてるからね」
ルチアはそう言うと、バギーのフレームをさらに握りしめた。
やがてフォンの言葉通り、前面に非常灯の点る黒い岩山が見えてきた。しかし、岩山の手前でバギーに「ガチャン」と大きな衝撃が伝わり動かなくなった。どうやら何かにぶつかったようだ。
「仕方ない、歩いてシェルターの入口まで行こう」
フォンは自分のジャンパーのフードを被ると、ダッシュボードからヘッドライト付きのヘルメットを取り出し、ルチアに渡した。
「僕のだけど被ってくれ。明かりを頼む」
フォンはバギーの外に出ると、操縦席側からルチアを引っ張り出し、そのまま手を掴み走り出した。ルチアも必死についてくる。
非常灯の下に近づくと、ルチアの被ったヘルメットのライトを通して、岩山の中をくり抜いたようにシャッターが付いているのが見える。フォンはシャッターのボタンを開けてルチアと共に中へ滑り込んだ。
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