第4話 フォンの来た道

 2人がシェルターの中に入ると、人感センサーの非常灯が点った。30人くらいは入れそうな空間だがしばらく放置されているようだ。フォンはフードを下ろすと砂を払いながらルチアに説明する。

「廃坑になった鉱山の入口を再利用したシェルターなんだ。嵐が過ぎるまでここで待とう」

「はあ、砂だらけになっちゃった。貸してくれてありがとう」

 ルチアはヘルメットをフォンに返すと、服に付いた砂を払っている。フォンはヘルメットを被ると、奥にある非常用具入れを兼ねた長ベンチに座った。ルチアも並んで腰掛ける。

「そうだ、君のお土産、ドライブのお供に持ってきてたんだ」

 フォンは手に付いた砂を払うとポケットから赤いキャラメルの箱を取り出した。シュリンクを剥くとルチアに差し出す。

「ありがとう」

 ルチアはそれだけ言うとキャラメルを受け取り口に入れた。フォンもキャラメルを口に放り込む。無言の空間では、外で吹き荒れる砂嵐の音だけが微かに響いていた。


 キャラメルを食べた後、フォンはスマートフォンの画面を開いていたが、やはり砂嵐のせいか回線が繋がらない。

「こんなひどい砂嵐は初めてだよ。早く収まるといいけど」

 フォンのつぶやきにルチアが尋ねる。

「じれったいな。どうしてドームの外は気候調節できないの」

「仕方ないよ。トリュースとは違って最小限のテラフォーミングしかしていないからね」

 フォンはスマートフォンをしまうと退屈そうなルチアに話しかけた。

「そうだ、僕がさっきの砂丘を見つけたときの話でもしようか」


「僕がここに来たばかりの時、どうしても伯父さんたちの家に帰りたくなくて、物置にあった伯母さんのエアバイクに乗って家出したんだ。何も考えずに飛び出してきたから、持ってきたのはボードに貼ってあった両親との写真だけだった。最初はトリュースに帰るため空港に行こうと思ったんだけど、気がついたら砂漠を走ってて。そのうちにバイクが燃料切れで止まって。とにかくがむしゃらに砂漠を歩いてたら、あの砂丘にぶつかったんだ。いつのまにか月が空高く昇ってて、砂が微かに光ってた。遠くで光るマリティの町がむしょうに懐かしく思えてさ。結局伯父さん家に帰ってしまったんだ」

 フォンは非常灯を見上げた。柔らかい光が降り注いでいる。

「戻ってきた僕を見た伯父さんは『今度から帰る時間を言っときなさい』としか言わなかった。僕を信頼してくれてたんだと分かって嬉しかったよ。結局バイクも写真もなくしてしまったけど、伯母さんも僕を責めなかった。それから、僕はこの町も伯父さんたちも好きになったんだ」

「そんなことがあったんだ」

 ルチアはフォンと同じように非常灯を見上げる。フォンは話し続けた。

「君も見たように伯父さんはぶっきらぼうだし、伯母さんはおせっかいだ。でもあの2人が夫婦になったからこそいいバランスが取れてるんだと思う。少なくとも僕は、2人のお陰で大人になれた。今は鉱山の採掘所で働いてるけど、いろんな資格を取って早く伯父さんのように一人前の技師になりたいんだ」

 フォンの話を聞き終わったルチアは微笑んだ。

「いい伯父さんと伯母さんだね。フォンとは毎年クリスマスにくれるメールのやりとりだけだったけど、元気にやってることが分かって嬉しかったよ。そういえば部屋にユニフォーム姿の写真があったけど、フットサルクラブに入ってるの?」

「学生時代はフットサルやってたけど、今は仕事で精一杯だ。時々友達とスタジアムに『ヘマタイツ』の試合を見に行ってるくらいさ」

「友達か。もしかして付き合ってる子とか、いる?」

 ルチアは探るような表情で尋ねる。

「残念だけど、今はいないよ」

 フォンは自分の疑問をルチアに尋ねようかためらったが、キャラメルの箱を持ちながらあえて変わらないトーンで問いかけた。

「君こそ、エノクと付き合ってるって去年メールで言ってたよね。どうしてここに一人で来たんだい」

 フォンは自室の写真を思い浮かべていた。3人は元クラスメイトで、ルチアとフォンと一緒にエノクも映っていたのだ。

「エノクとは夏休み前に別れたんだ。大学で知り合った子と付き合うって言われてさ」

「ごめん。余計なこと聞いちゃって」

 思わず頭を下げたフォンに、ルチアは優しく呼びかけた。

「ううん。フォンの話も聞いたし、今度は私のことを話してもいいかな」


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