第2話 フォンの家で

 バギーはマリティ市中に入り、同じような白い戸建てが立ち並ぶ一角で止まった。夕日は既に沈み、空は藍色に変わっている。

「ここがダルエス伯父さん家。伯母のマンナさんと僕の3人暮らしなんだ」

 フォンがインターホンを鳴らすと、待ちかねたように初老のふくよかな女性が顔を出した。伯母のマンナ・タウアーだ。

「お帰り。そしてはじめましてルチアさん。今支度してるから、フォンのお部屋で待ってて」


「メールの動画では見てたけど、来れるなんて思ってなかったな」

 フォンの部屋に通されたルチアは、ベッドにクローゼット、パソコンの置かれた机を見回しながら喜んでいる。

「あ、これは」

 机のそばに近づこうとするルチアを見たフォンは、あわててパソコンの隣に置かれた小箱を右手で掴み、後ろ手に隠した。そのまま左手で机の上の壁を指す。

「ああ、このフラッグは僕の会社がサポーターになってるマリティのフットサルチーム。ここで採れる宝石にちなんで『ヘマタイツ』っていうんだ」

「ヘマタイトね。母がジュエリー会社に勤めてるから、宝石の話もよく聞いてるの」

「そうだ、こっちに君の写真もあるよ」

 フォンはルチアをベッドの上の壁に掛けられたボードに案内した。ボードには少年時代のフォンと亡き両親、ハイスクールの友人たちとの集合写真、伯父伯母とスーツ姿のフォンの写真が飾られていた。その中にトリュースの学校で撮ったルチアたちとの写真もある。

「遠足の時の写真だね」

 フォンは懐かしそうに写真に見入るルチアに、ずっと疑問に思っていたことを訊こうかどうか迷っていた。

(君はどうして、こんな砂漠の星に来たんだい)

 その時、ドアの向こうからマンナの声がかかった。

「2人とも、ダイニングにいらっしゃい」

「ああ。ルチアは先に出てて」

 フォンは返事をすると、ドアに向かったルチアを見送ってから机の引き出しに小箱をしまった。


 フォンとルチアがダイニングに入ると、先に腰掛けていた初老の男性、ダルエス・タウアーが立ち上がった。身長は170センチのルチアと同じくらいだ。テーブルには4人分の食器の準備が出来ている。

「ルチア・エンゲルさん。トリュースの幼なじみで、大学の夏休みを利用して宇宙旅行してるんだ」

 フォンに紹介されたルチアは改めて挨拶する。

「ディナーにお招きいただき、ありがとうございます」

「ようこそ。私は飲み物を持ってくるから、フォンと話しててくれ」

 それだけ言うと、ダルエスはキッチンに歩いて行く。

「伯父さん、ふだん家にお客が来ないから照れてるんだよ」

 フォンはルチアを安心させようと明るく言った。


 4人揃ったテーブルにはサラダやコーンポタージュ、大豆肉のステーキ、バケットなどが並べられた。マンナが笑顔で解説する。

「マリティの有機農場で育てた新鮮な野菜や小麦を使ってるの。飲み物は白ワインとミネラルウォーターがあるけど、ご希望は」

「ではワインを」

 ルチアの答えを聞いたフォンは、ダルエスが持ってきた白ワインの瓶を取り上げてグラスに注いだ。

「ここのオアシスで栽培したブドウから作ったワインなんだ。数が少ないから輸出はしてないけど、おいしいって評判だよ」

「フォンはルチアさんを車で送るからおあずけね」

 マンナが差し出すミネラルウォーターの瓶をフォンは受け取った。

「分かってるよ」


 夕食が終わる頃には、空は藍色から漆黒に移り変わっていた。

「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」

 礼を述べるルチアにマンナが尋ねる。

「いつまでいらっしゃるの」

「明日フォン君の仕事場を見学させてもらい、午後は一緒にオアシスに行って、夕方の便で出発する予定です」

 ルチアの答えを聞いたダルエスはジャンパーを羽織るフォンを見ながら呼びかけた。

「そうか。鉱山でルチアさんを危険な目に遭わせないようにな」

「フォン君と一緒なら大丈夫ですよ」

 ルチアはそう言うとバッグから紙袋を取り出した。

「トリュースのお菓子です。フォン君が懐かしがるかな、と思って買ってきました。皆さんで召し上がってください」

「これはこれは、わざわざありがとね」

 マンナの喜ぶ声を聞きながら袋をのぞき込んだフォンは、赤いキャラメルの箱を掴んでポケットに入れた。

「それじゃ、ルチアさんを送りながらちょっとドライブしてくる」

「遅くならないようにな」

 ダルエスの声に見送られ、2人は部屋を出た。

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