キツネ憑き

口羽龍

キツネ憑き

 学校の帰り道、良太郎(りょうたろう)は同級生の裕也(ゆうや)と歩いていた。この辺りは片田舎で、田園地帯の中に新興住宅地がある。


「もうすぐ夏休みか」


 良太郎は夏休みを楽しみにしていた。もうすぐ夏休みだ。何をして遊ぼう。最新のテレビゲームをして遊ぶか。それともどこかに行こうか。


「何して遊ぼうか?」

「特に考えてないなー」


 良太郎は特に何も考えていないらしい。ただ、いつものようにテレビゲームをして、宿題をするだけだ。どこかに行きたいという気持ちはない。


「家でテレビゲームでもしようよ」

「そうだね」


 交差点に差し掛かった。良太郎はまっすぐ行く。だが、裕也は右に曲がる。


「じゃあね、バイバーイ」

「バイバーイ!」


 良太郎は一人で家に向かっていた。家までは10分ぐらいだ。あと少しだ。暑いけど頑張ろう。


「夏休みまであと少し。楽しみだなー」


 雑木林まで差し掛かったその時、声が聞こえた。


「こやーん」


 良太郎は雑木林を見た。だが、何もいない。良太郎は首をかしげた。


「あれ? 何の声だろう」


 と、良太郎は思い出した。この雑木林の奥には昔、稲荷神社があった。だが、後継ぎが見つからずになくなってしまった。そこには廃墟だけが残っているという。


「ここ、神社の中だったよな」


 良太郎は雑木林の中に入った。雑木林の中はとても静かだ。セミの鳴き声も聞こえない。


「誰もいないな・・・。おかしいな・・・」


 良太郎は辺りを見渡した。あるのは木々だけだ。稲荷神社の建物はまだまだ奥のようだ。


「はぁ・・・」


 その時、何かの気配を感じた。ここに誰かいるんだろうか?


「えっ!?」


 良太郎は後ろを見た。だが、誰もいない。


「だ、誰もいないな・・・」


 良太郎は疲れてきた。早く帰って、エアコンの効いた部屋でのんびりしよう。


「疲れたな」


 良太郎は雑木林を抜け、道に帰ってきた。周りには誰もいない。静かな道だ。


 良太郎はふと、下半身を見た。と、ズボンから尻尾が生えている。キツネの尻尾のようだ。尻尾は可愛らしく動いている。


「えっ!? 尻尾?」


 だが、良太郎は信じていなかった。人間に尻尾なんて、ありえない。ただの錯覚だ。


「ま、まさかな・・・」


 良太郎は苦笑いをした。きっと疲れているんだろう。帰って家でのんびりすればいいだろう。


 良太郎は家の前に戻ってきた。良太郎の家は2階建てで、2階に良太郎の部屋がある。


「ただいまー」

「おかえりー」


 母の声が聞こえた。母は専業主婦で、良太郎が帰ってくる頃にはたいていいる。


「ねぇお母さん、お尻から何か生えてる?」


 母は驚いた。突然、何を言い出すんだろう。尻尾? 人間にそんなの、付いてないのに。


「えっ、何も生えてないわよ」

「あれ?」


 良太郎は首をかしげた。母には見えないんだろうか? 良太郎には見える。普通に尻尾を振っている。


「どうしたのよ。人間に尻尾なんてないわよ」


 母は笑みを浮かべて、良太郎の頭を撫でた。そうだよな。尻尾なんてないに決まっている。だが、喜ぶと、尻尾を激しく振ってしまう。


「そ、そうだね・・・」


 良太郎は舌を出して照れた。どうしてそんな事を考えてしまったんだろう。


「何言ってんのよ、良太郎」

「ごめんなさい・・・」


 良太郎は2階に向かった。冷房の効いた部屋で少し頭を冷やしてこよう。


 夕方、良太郎はベッドに仰向けになって、自分の尻尾を見ていた。母には見えない。自分には見える。何だろう。あの神社の跡に入ってからおかしくなった。まさか、呪われたんだろうか?


「この尻尾、何だろう」

「良太郎、ごはんよー」


 母の声が聞こえた。今日は晩ごはんは何だろう。早く見たいな。


「はーい」


 良太郎は1階にやって来た。そこには父もいる。父は仕事を終えて帰ってきたようだ。


「おいしそー」


 だが、テーブルの稲荷ずしを見た瞬間、意識が飛んだ。一体何だろう。全くわからない。


 気づいた時には、稲荷ずしが全部食べられていた。良太郎は驚いた。何があったのか、全く理解できない。


「あれ? どうしたの?」


 両親は怒っている。良太郎は何か悪い事をしたようだ。だが、良太郎は呆然としている。意識が飛んで、気が付いた時には稲荷ずしが全部食べられていたのだから。


「良太郎、どうした? 行儀が悪いぞ! 稲荷ずしを見て飛び掛かって手づかみで食べたんだぞ!」

「えっ!?」


 良太郎は驚いた。まさか、そんな事をしていたとは。意識が飛んだ時に、やってしまったのかな? でも、どうしてそんな事をやってしまったんだろうか?


「な、何が起こったんだろう」


 呆然とした良太郎の姿を見て、父は何かおかしいと思った。


「えっ、わからないの?」

「稲荷ずしを見て、気が付いたらこうなってた」


 良太郎は素直に話した。父は信じられない表情だ。こんな事があるとは。


「そ、そうなの?」

「うん・・・」


 父は首をかしげた。今日、何をしたんだろう。まさか、あの稲荷神社に行ってしまったんだろうか? 行ってはいけないのに。行ったらだんだんキツネになってしまうのに。


「はて、何だろう」


 母も首をかしげている。良太郎は口元を見た。稲荷ずしの酢飯が口の周りに付いている。




 その夜、良太郎は夢を見た。気が付くと、良太郎は稲荷神社にいた。稲荷神社はとても静かだ。でも、どうしてここで目が覚めたんだろう。


「ねぇ?」


 良太郎は振り向いた。そこにはキツネがいる。まさか、キツネがしゃべっているとは。


「えっ、君、キツネ?」

「そ、そうだけど・・・。って、君もキツネじゃん!」


 慌てて良太郎は両手を見た。確かに、両手がキツネになっている。そして、足もキツネだ。


「えっ!? ど、どうして僕がキツネに?」


 キツネは良太郎を見て喜んでいる。友達ができたと思ったようだ。


 と、良太郎は目を覚ました。夢だったと改めて感じた。そう思うと、ホッとする。まさか、自分がキツネになってしまう夢を見るとは。稲荷神社の跡に入ったからだろうか?


「ゆ、夢か・・・」


 良太郎は窓を開け、外の景色を見た。そして、背伸びをした。


「よく寝た・・・、って、あれ?」


 と、良太郎は驚いた。両手がキツネになっている。あれは夢の中での出来事じゃなかったのか?


「どうしてキツネの手に?」

「良太郎、朝ごはんよー」


 母の声だ。いつものような日常だ。それを聞くと、少しほっとした。


「はーい!」


 良太郎はダイニングに行く間、手を見ている。どこからどう見てもキツネの手だ。母はそれに気づくんだろうか?


「どうしたの? 手を見て」

「お母さん、普通の手だよね」


 良太郎は母に両手を見せた。だが、母は普通に見ている。どうやら人間の手だと思っているようだ。


「うん。どこからどう見ても普通だよ」

「あれ?」


 良太郎は首をかしげた。尻尾同様、やっぱり母には見えない。


「どうしたのよ、昨日から。尻尾が生えてるかだとか、手が気になるとか。どうしたの?」

「な、何でもないよ」


 良太郎は考え込んでしまった。明日になったら、僕はどうなってしまうんだろう。不安で仕方がなかった。




 朝、良太郎はいつものように学校の教室にやって来た。教室には裕也がいる。


「おはよう」

「おはよう、って、良太郎くん、どうして尻尾が生えてるの?」


 良太郎は驚いた。裕也には見えるとは。どうして裕也は見えるんだろう。子供だからだろうか?


「えっ、見えるの?」


 良太郎は後ろを向き、尻尾を見せた。良太郎は尻尾を立てた。裕也は良太郎の尻尾を撫でる。


「どうしたの? こやーんって言って」

「あれ?」


 良太郎は首をかしげた。普通に話しただけなのに、こやーんと聞こえるとは。まさか、声までキツネになってしまった?


「また言ってる。どうしたの?」

「えっ!? 尻尾が生えてるの、昨日から気付いてたんだ」


 裕也は驚いた。今度は人間の言葉で聞こえたようだ。まさか、昨日からそうなったとは。昨日のお昼、良太郎と別れてからこうなったんだろうか?


「うん。でも、お母さんには見えないって」

「そんな・・・」


 裕也は思った。この近くにある稲荷神社に行ったんだろうか? あそこに行ったらキツネになってしまうと言われているが、良太郎はあの稲荷神社の跡に行ってしまったんだろうか?




 その夜、良太郎は寝ていた。明日はどんな姿になっているんだろう。寝ているが、不安でしかない。あとどれぐらい、人間の姿でいられるんだろう。


「良太郎くん、こっちに来て・・・」


 その声で、良太郎は目を覚ました。誰だろう。母のような、優しい声だ。辺りを見渡しても、誰もいない。外で待っているようだ。


「誰?」

「いいからこっち来て・・・」


 言われるがままに、良太郎ははだしで外に出た。両親は寝ていて、起きない。


 良太郎は雑木林に向かった。今夜も雑木林には誰もいない。本当にここに誰かがいるんだろうか?


「ここに来るのかな?」

「いいから来て・・・」


 と、その奥から声が聞こえる。どうやらあの先の建物の中のようだ。


 ふと、良太郎はお腹を見た。すると、服を全く着ておらず、体が全部キツネになっている。まさか、もう自分が人間じゃなくなったんだろうか?


「えっ、手が? そんな・・・」


 良太郎は水たまりから自分の顔を見た。そこには、キツネの顔になった自分がいた。良太郎はびっくりしている。その近くでは、キツネが嬉しそうにその様子を見ている。


 それ以来、良太郎の姿を見た者はいないという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キツネ憑き 口羽龍 @ryo_kuchiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説