百合の淑女

天田れおぽん@初書籍発売中

第1話

 推し。

 それは、人生にとって重大かつ重要な存在。

 なくてはならない存在。

 それが、推し。


 わたくし、勝龍あかねにとっての推し、それは西条しずくであった。


 ―― ああ、しずくちゃん。今日も可愛くってよ ――

 セーラー服のリボンをなびかせながら歩く、しずくの姿を目で追いながら、あかねは思った。


 しずくとの出会いは偶然だった。

 中学2年生の秋頃、あかねは学校から帰る途中、河川敷で泣いている女の子を見つけた。

 その女の子はどうやらいじめられていたらしく、ボロボロになっていた。

 既にボロボロだというのに、いじめっ子どもは、しつこく女の子をいじめ続けている。


 あかねの血はたぎりにたぎった。


 いてもたってもいられなくなり、あかねはいじめっ子どもを殴り飛ばした。河川敷は血で染まった。

 女の子は呆然とこちらを見ていた。

 当然だ。

 

 ―― こんな小さな女の子に血まみれの暴力を見せるなんて。わたくしの、バカ、バカ、バカ ――


 そんなふうに思っても、もう遅い。早く立ち去ろうと、あかねはクルリときびすを返す。


『あっ……あの、ありがとうございました』

 あかねの背後から怯えを含んだ可愛らしい声が響いた。

『わたし……しずく、といいます。たすけていただいて、ありがとうございます』

 

 ―― 可愛らしいだけでなく、礼儀正しいとは ――


 あかねの胸はキュンとした。そして高鳴る。


 ―― ああ、この気持ちは……なに? ――


 この日を境に、あかねの人生は変わった。自分の『推し』を手に入れたのだ。


「ちくしょう」

「なんでお前ばっかり」

「いい気になってんじゃねぇ」

 夕焼けは茜色。通学路にある河川敷では、今日も今日とて、しずくがいじめられていた。

「あなたたち、おやめなさい!」

 そこに割って入る凛とした声。

「なんだよ、お前っ!」

「文句あんのかよっ!」

 荒くれ者の雑な大声をスパンと切るがごとくの凛々しい声が響く。

「文句はありますっ! いじめも、暴力も、よくありませんわ!」

「ちっ。めんどくせー」

「やっちまえ」

 あかねは、今日も今日とて、いじめっ子どもを蹴散らし、河川敷を赤く染めた。


 その姿、百合のごとく気高く麗しく。

「恥を知りなさい」

 凛として他の追随を許さない。彼女はしずくに笑みを見せるときびすを返し、夕焼けの中へと消えていった。

 セーラー服の襟とリボン、スカートの裾は揺らしても、その奥にある肌は一切見せない優雅な動きで悪を打つ。彼女の名は……。


 ―― ああ、百合の淑女、セーラーレディさまぁ~ ――

 その後ろ姿を見送るしずくの瞳はハート型。


 推し。

 それは、人生にとって重大かつ重要な存在。

 誰にとっても、なくてはならない存在。

 それが『推し』なのである。

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