第41話「少女たちは前を向いて」



 前提として、メイザース家とスターリー家は主従関係にある。

 それは初代スターリー家当主ローラ・スターリー――旧姓ローラ・が、マグレガー・メイザースという偉大なるの弟子であったことに起因する。


 でありながら、その後自身の血筋に仕え続けることになる家系の初代……そんな色々と複雑な人物と同じ名を持つ、メイザース家の次期当主ローラ・メイザースは、ある人物と対面していた。


 長めの銀髪を後ろで緩く縛った、優しげな風貌の青年。

 エドワード・スターリー。

 スターリー家の現当主であり、アンジュの実の兄でもある人物。


「さて――」


 声をかけると、妹と違ってどちらも青色をしている瞳がこちらに向いたのを感じ取り、ローラは切り出す。


「そちらに教団からの接触はあったかしら?」

「いいえ、特には。もとより我々『黄金』の子孫とてん教団は敵対関係にありますからね。今回のことがあっても、変わりませんよ」

「そう」


 その落ち着いた声音は、妹が被害にあったとは思えないほどいつも通りで。

 しかし彼の心中は煮えたぎる怒りによって荒れ狂っているであろうことは、ローラも長年の関わりから気付いていた。


「これを見なさい」


 言って、ローラは懐から取り出した写真をテーブルに置いた。

 対面に座る青年は、「失礼」と断って写真を手に取り、


「……ほう。これは、これは……」


 と頬を緩ませた。

 その様子にローラは首を傾げ――気付く。、と。


「……、それは違うわ。見せたかったのは別のものよ」

「ですがローラ様、こちらはたいそう素晴らしく……」

でニヤニヤしているんじゃないわよ、気持ち悪いわね」


 ――端的に言えば、エドワード・スターリーという人間はシスコンなのである。こいつの個人使用のパソコンに数百ギガバイトの「妹様フォルダ」なるものが存在するくらいには。

 こうして妹の写真を手に笑みを浮かべているところを正面から見ると大変気色悪い……のだが、ので、ローラはギリギリ矯正に踏み切っていない。


 ちなみに間違って渡したアンジュの寝顔の写真は、睡眠薬で眠らされたアンジュが目覚める二時間くらい前に撮影したものだ。……いちおう言っておくが、ローラはきちんとアンジュを起こそうとしたが、薬が強力で起きなかったので、暇つぶしに撮影しただけである。


 誰にするでもない言い訳はともかくとして、この素晴らしい一枚を目の前のシスコン野郎にくれてやるつもりはないので、ローラはエドワードの手から素早く写真を取り上げる。「ああっ……!」などと情けない声を上げる青年に蔑みの視線を向けつつ、ローラは写真を丁寧な手つきで懐にしまった。


「…………同志であるローラ様には、私を非難する資格はないように思いますが」

「同志と言うのはやめなさい。教団と被るわ」

「む、それは嫌ですね……では同胞、あるいは盟友、と」

「黙りなさい」

「はい」


 しゅん、としたような雰囲気を出すいい年した大人に、ローラは溜息を一つくれてやる。とはいえ渡すものを間違えたこちらにも非が……一ミリくらいはある気がするので、それ以上の罵倒は控えた。

 なお、影に潜んで会話を聞いていたミュリエルは、「そもそもローラ様はなんで同僚アンジュの寝顔の写真なんて持ち歩いてるの……?」と疑問符を浮かべていた。


「……見てほしかったのは、これよ」


 今度はきちんと確認してから写真を渡す。すると、受け取ったエドワードは「なんだ、の写真じゃないのか……」などと残念そうな声を漏らしたが、ローラが咳払いするとシャンと背筋を伸ばして写真を確認した。


「……、ふむ。ローラ様、これは――」

「アンジュと私、そして勇者候補カレンが戦った『星の敵』よ」

「……なるほど、これが」


 エドワードに渡した写真に写っているのは、馬に乗った真っ白なボディの騎士。カレンが「ルーラー」と呼んでいた化け物だ。


「これまでに見たことはあるかしら?」

「魔法協会の秘匿資料で、少々。うちの蔵では見かけませんでしたね」

「識別名称は『ルーラー』だそうよ。勇者候補曰く、ね」

「ルーラー……定規、いえ支配者でしょうか」

「さあ……由来は知らないけれど」


 一度そこで言葉を切り、ローラは脳裏にあの時の光景を思い浮かべる。

 アンジュが大魔術を使い、ルーラーを倒した姿を。


 ――あの時のアンジュは、彼女自身が保有する体内の魔力ではなく、外界の魔力を操っていた。異常なことだ。特に、カレンの聖剣抜刀によって星の力が満ちていた、あの状況では。


「……、アンジュはあの時、使わ」

「――っ!」


 ローラの呟きに、エドワードが肩を跳ねさせた。


「使わなければ倒すのは容易でなかった、というのはわかっているけれど……あの子に自覚があるのか、微妙なところね。誤魔化されてしまったし」


 カレンが浚われた場所に向かう途中、車内でアンジュと交わした会話を思い出し、ローラは溜息を吐く。

 惚けたように首を傾げていたが――何よりも魔導を追求する少女だ。彼女の師匠にも関わることであるはずなので、彼女が知らないわけがない。

 それでも誤魔化すような反応をしたのは……ローラに言う気がなかったのか、本当にわかっていないのか、――


「歴史は繰り返す――だなんて言うけれど。使

「……、世界法則の魔王システムは、五百年前に破壊されたと聞きます。それに、傾向として語るほど、勇者パーティーの魔法使いが魔王になった前例はありませんよ」

「『本来の意味での魔王』――魔王システムの魔王が生まれなくとも、『現代の魔王』は存在するでしょう? もしかしたらアンジュは、その後釜かもしれないわね。なぜならアンジュの師匠は恐らく――」

「そんなことにはッ!!」


 いきり立つエドワードを抑えるように、ローラは言葉を被せる。


「ええ、させないわ。絶対に。……星のためを思うなら、間違ったことかもしれないけれど」

「これ以上あの子に背負わせるだなんて、私は認めない。そのために私は、スターリーの当主の座を奪ったのですから」

「……メイザースを、そして御三家を支配したとしても、彼女をことはできないかもしれないけれど」

「だとしても――……だと、しても。あの子はもう充分苦しんだ。これ以上の責め苦を、どうして許せるでしょうか。!?」

「……、そうね」


 ローラとエドワードは、同志だ。彼の感情は理解できるし、同意している。


 とはいえローラはすでに一つ失敗している。アンジュを勇者パーティーのメンバーにさせないこと……これはアンジュに拒否されたため、断念した。「アンジュがしたいことをさせよう」という考えで自らを納得させ、代わりに監視を付けることにしたが。


(ままならないものね……)


 そも、これは感情の押しつけだ。アンジュはローラをうざったく思うだろう。嫌いになるかもしれない。

 けれど――。

 それでもローラは、願う。

 あの日の、決意の言葉を胸に。


(何があっても、私があの子を守る。苦しんだ分だけ、幸せでいられるように――)


 世界はそれほど優しくない。

 それでもアンジュの見る世界が、柔らかなものであるように。

 ローラ・メイザースは、今日も力を注ぐのだ。


   ◆ ◆ ◆


 天華教団信徒パトリック・ニコルソンの魔法工房アトリエ(あるいは魔獣研究所モンスター・ラボ)は、表向き「元の持ち主が魔法実験で事故を起こし、その後始末のために土地の権利ごと受け取った魔法協会が管理する」として、解体することになった。対応が早いのも、真実が隠されているのも、ローラが手を回した影響である。


 もちろん裏では彼の研究の成果、及び天華教団の情報を得るため、魔法協会所属の魔法使いたち――さりげなくメイザース家の息がかかっているものを中心に集めたメンバーが内部をくまなく探っている。


 そんな中、魔法協会所属ではない……というか人間ですらない存在が、密かに工房の内部に侵入していた。


「にゃーん(さて、と。監視カメラの情報は……まだ抜き取られていないか。よし)」


 その正体は、一匹の黒猫である。ただし目は赤く、意志を感じられる。見るものが見れば誰かの使い魔と看破するだろう。

 もしアンジュがこの黒猫を見れば、懐かしいものを感じると同時、「なんかの動画で見た気がする」と言うかもしれないが――まあ、魔術師の少女はこの場に居ないのであり得ないことである。


「にゃあ……(ふむ……魔法協会の動きが速いな。おかげで工作に走る教団の対応を任せ、我がこうして楽に作業ができるわけだが……)」


 この部屋は、監視室。工房全体を一挙に把握できる場所だ。数々の魔獣を閉じ込めていたのであろう檻のほか、魔法協会の人員が調査を行っている資料室、何のために用意されたのか不明なロリータ部屋など、六つの巨大モニターに細かく分割してリアルタイムの映像が映し出されている。


 映像は、監視システムを組み込まれた装置のストレージに、七十二時間ほど保存されるらしい。

 映っていてはまずいものが記録され、その映像が誰かの手に渡っては困るので、こうして黒猫がのである。


 魔力のかいなを使って自前の小型端末を部屋の装置に接続し、データの移動を行いながら、黒猫は思考する。


「にゃん(しかし……勇者への覚醒、か。パーティー内にはあの方を師匠と煽ぐやつもいるようだし、これからはアラヤ王族の娘を本命に育てるのだろうか……)」


 しばらくすると、端末から転送完了を知らせる電子音が鳴った。黒猫はコードを引き抜いて異空間収納に片付けると、監視装置の内部データを削除する。バックアップの存在も見つけ出して消去すると、最後に魔術で物理的に装置を破壊してから部屋を出た。


 破壊音を聞きつけ、何事かと魔法協会の魔法使いたちが集まってくるだろう。

 黒猫は念のため視覚、聴覚、嗅覚で発見されないよう魔術で自身の存在を隠すと、その小柄な体を活かして人間には通れない場所に潜り込んだ。


「にゃにゃ(これを主に送って……いちおうユイメリアとメロディアにも送ってやるか。小娘どもには見つからないように、我も後で確認しておこう)」


「星の敵」と勇者パーティーの戦闘という貴重な映像が秘密裏に奪われたことに気付くものはいない。

 誰にも見つからずに目的を遂行した猫――使は、静かに工房から去って行った。


   ◆ ◆ ◆


 携帯端末が着信を知らせ、アンジュはぼうっとしていた意識を引き戻す。

 電話をかけてきたのはカレンだ。


 会って話したい、という彼女に了承の旨を伝えると、ちょうどお昼時なのでいつぞやのファミレスで落ち合うことになった。

 いつの間にか時間が経っていたことに驚きつつ、アンジュは学園を出て店に向かう。カレンから勇者パーティーに勧誘された、記念すべき場所だ。


 数分で到着すると、カレンは先に着いて待っていた。


「や、アンジュ」


 こちらの姿を認めた瞬間、ぱっと顔を明るくしたカレンに、アンジュはやや遅れて笑みを返す。


「早いわね、カレン」

「ちょうど近くにいたから。――入ろうか」


 カレンに促され、入店。前と同じように二人掛けのテーブル席に案内され、手早く注文を済ませる。

 ドリンクバーで飲み物(アンジュはメロンソーダ……はなんとなく避けてリンゴジュース、カレンはミルクティー)を淹れてきて、さて、料理が来るまでの間、メニューと一緒に置いてある「間違い探し」でもして気を紛らせるか――と手を伸ばしかけたアンジュに、カレンが声をかけてきた。


「――改めて、ありがとう、アンジュ」


 えらく真剣な顔で言って頭を下げるカレンに、アンジュは一瞬きょとんとしてから、昨日の誘拐事件の件だと思い至る。


「その礼はもう受け取ったわよ」

「何度言っても言い足りないくらいだよ。アンジュたちが助けに来てくれなかったら、私は二度と笑うことはできなかったと思う」

「大げさね」


 昨日、きちんと礼を言われたはずなんだけど――と苦笑するアンジュに、カレンは首を横に振る。


「ううん、大げさなんかじゃない。……キミがいてくれたから、私は聖剣抜刀が……勇者をやる意味を見つけることができたんだから」

「? よくわからないけど……あ、聖剣抜刀ができるようになったんだから、これからは配信でも聖剣を振って良いのかしら?」


 カレンは、『聖剣抜刀ができるようになるまで、仲間以外の前で聖剣を振るう姿を見せるな』と賢者メロディア――カレンのギルドのリーダーである人物に言われていた。今回の事件で条件を達成し、制限は解けたのだろう……という意味のアンジュの問いに、カレンは頷いて肯定する。


「ああ、それについてはOKが出たよ。といっても、聖剣を見世物にするのは遠慮したいけど……」

「する気はないわよ。だってあたしの配信は、魔術の素晴らしさを広めるためのものだし」

「そう。……ありがとう」

「何回言うのよ」

「何度でも。感謝を示したくなったら口を衝いて出るものでしょ?」

「……、とりあえずカレンの育ちが良いのはわかったわ」


 なんというか、カレンは明るくなったと思う。前は少し、張り詰めたものがあったというか、常に背中を押され続けて止まれなくなってしまったような、どこか痛ましいものが感じられたが……今は雰囲気が和らいでいる。良い変化だ。


「……そうだ。そのことについて、アンジュには言っておこうと思う」

「どのこと?」

「私の身元について」


 そういえば以前、ビアンカから「カレン・メドラウドは偽名」という話を聞いていた。それに関わる話だろう。


「……それ、他人に聞かれたらまずいやつ?」

「あー……うん。人の耳がある場所でする話じゃないね」

「とりあえず周りの人間に聞かれなきゃ良いんでしょ? ――〝遮断しろ〟」


 アンジュが呪文を唱えると、透明なカーテンが二人を囲むように現われた。音声遮断の結界。内緒話をするには最適な魔術だ。


「これで外に声が漏れることはないわ」

「ん、ありがとう」


 カレンは礼を言ってから、自らの出自について語った。


 ――カレンの本名は「カレン・ミク・アヴァロン」と言い、アラヤ王国の第一王女なのだという。「メドラウド」と偽って探索者をしていたのは、公式にアラヤ王族が勇者候補であるのは政治的にまずいかららしい。


「……ごめん、騙すようなことになってしまって」

「別に騙されたなんて思ってないわよ。政治の話とか全然わからないけど、事情があったのなら、あたしは責めないわ」

「うん……ありがとう」


 カレンはゆるく微笑んで。

 それからすぐに真剣な表情を作ると、「――今から言うことは信じられないかもしれないけど、本当のことだから信じてほしい」と前置きした。アンジュが首を傾げつつ先を促すと、カレンはゆっくりと語り出す。



 ――世界にはしばしば、転生者と呼ばれる存在が現われる。

 生まれ直し……死んだ誰かが、同一の精神を保ったまま、新たな命として生まれてくること。魔導を学ぶものとしては「人為的にはそこそこ、偶発的にはごく少数、神などの超存在によるものがまあまあ起こりうる」ことなので、アンジュの口から反射的にこぼれたのは「へえー」という気の抜けたものだった。

 思っていた反応と違ったのか、カレンは小さく首を傾げて、


「……えっと、あまり驚かないね? やっぱり信じられない?」

「いや、信じるわよ? 驚かないのは……まあ、あたしが通う魔法学園にも魂魄学なんてものがあるくらいで、魔導を学ぶ人間にとっては『貴重なサンプルがいる』程度の感覚だからかしら」

「サンプルって……」

「あ、別にあたしはカレンをどうこうする気はないわよ。いちおう言っておくけど」

「いや、まあ、そこは疑ってないけど……」


 なにやら複雑なものがあるのか、眉を八の字に曲げたカレンは少しの間言葉を選んだ後、「そういえばシオンさんもやけにあっさり納得してたし、そういうものなのかな……」と小さく呟きをこぼした。

 自己解決したカレンは、おほん、とわざとらしく咳払いをして、続きを口にした。


「私は、前世においても勇者だった。……ううん、今思えば、勇者候補止まりだったかも。でも、私はそこで勇者と呼ばれて……『星の敵』と戦った。人類最後の生存圏を守るために。戦って、戦って……私の前世における最後の記憶は、世界が星の敵によって終わりを迎えるところ」

「星の敵……って、昨日戦ったみたいな……」

「うん。『ルーラー』も、星の敵が用いた兵器の一つだよ」


 だからカレンは詳しかったのか――と納得すると同時、アンジュの中にある疑問が生まれた。


「……ちょっと待って。カレンの前世って、異世界よね?」


「世界の終わり」を経験した――というのなら、過去からの生まれ直しではないはずだ。どこか知らない別の世界で終末を経験した。似たような敵、似たような役職……という話、になるのだろうか?

 アンジュの問いに、しかしカレンは首を横に振る。


「ううん。同じ世界……いや、シオンさんの言葉を借りるなら――『別の歴史を辿ったこの世界の未来』かな」

「……未来……って、シオン師匠が言ったの?」

「うん。八年前、シオンさんに助けてもらったって話はしたよね? その時に私は前世の話をして、シオンさんから、そう言われた」

「そっか……師匠が言ったなら、間違ってないのかもしれないけど……」


 ――魂は、時間を越える可能性を秘めている。

 だから魔導理論的には完全に「あり得ない」話ではない。

 人為的に行うのは到底不可能だし、偶発的にというのはさすがに無理があるが――超存在なら、あるいは。

 ……いや、未来の魔導技術が凄まじい発展を遂げていた場合、時間跳躍の理論が完成している可能性もあるのか。

 ともあれ――。


「ま、理論云々は後で良いわ。――それで……ああ、?」

「え――」


 カレンが短く息を吐いて、硬直する。

 その様子にアンジュは首を傾げつつ、


「違うの? 終末の光景を覚えていて、それが未来のことだと知ってしまったから、どうにかしなきゃって焦ってたんでしょ? あ、自覚していなかったのかしら?」

「いや……焦っていたのは、うん、そのとおりだよ。今もその気持ちはあるし」


 やや呆然としながらも認めて、それからカレンは言いにくそうに言葉を紡ぐ。


「その……信じてくれるの? 未来から来た……だなんて」

「え、だって本当にそうなんでしょ?」

「そうだけど……そうなんだけど、そんな…………ああ、魔術師にとってはそんなに珍しいことじゃないとか?」

「いや珍しいなんてレベルじゃないわよ。人類史上初めてじゃないかしら? しかも別の歴史を辿った世界から……なんて、魔導理論的にもとんでもないことよ」


「まあ未来の世界では確立した技術だったのかもしれないけど」と付け足せば、カレンには「いや前世……未来でもそんなファンタジーな技術はなかったよ」と返された。カレンの前世がどのくらい先のことなのかは知らないが、やはりそう簡単にできることではないらしい。

 それはともかく――カレンがどこに引っかかっているのかなんとなく察したアンジュは、ふんっ、といつものように鼻を鳴らして、


「カレンが本気で『信じて』って言うなら、終末論だろうが宇宙生命の実在だろうが信じてやるわよ。その上で本気で対策に協力する。……だって、あたしたちは勇者パーティーの仲間で……と、友達でしょっ!」


 こう、真正面から「友達」と言うのはどうにも恥ずかしい。もしかしたら頬が赤く見えるかもしれない。

 カレンは目を見開いて、再び硬直した。

 それから数秒かけて立ち直り、もにゅもにゅと唇を動かして――しかし言葉にはならず。

 ややあって、ふっと笑みを浮かべた。


「……ありがとう、アンジュ」

「何回言うのよ……礼なんて一回で良いわよ。纏めて言いなさい」

「纏められるほど軽い気持ちじゃないよ。――信じてくれてありがとう。友達って言ってくれて、ありがとう。本当に、嬉しいよ」

「んっ……まあ、その、……うん。良いなら、良いわ」


 返す言葉が思いつかなくて、ごにょごにょと濁してしまう。凄く顔が熱い。なんか恥ずかしい会話をしている気がする。

 妙な空気を払拭するように、アンジュはこほんっと咳払いを一つ。


「そっ、それで? その星の敵による終末ってのは……まさか、天華教団が引き起こすの?」


 教団は、星の外から来るものを「天恵」と崇めている。そして実際にパトリックが薬を使って変化した「ルーラー」は、星の敵だった。単純な連想だが、終末に教団が関わっているという推測は間違っていないのではないだろうか?

 カレンはどうしてか少しだけ目を伏せてから、


「原因の一つではある、と思う」

「確定ではないの?」

「前世の私が生きていたのは、すでに星の敵の侵攻が進んで、人類生存圏も崩れかけていたときだからね。始まりがどうだったか、なんて話はとうに忘れられていたよ。……ただ、転生してから色々と調べてみて、天華教団が一番の原因であるとは思った」

「なるほどね……」


 納得の声をこぼしてから、アンジュは「つまり」と話を纏める。


「あたしたち勇者パーティーの役割は、星の敵と戦うこと。天華教団が星の敵を呼ぶのなら、奴らを倒すのも勇者パーティーの責務ってことで良いかしら?」

「そうだね。もともと奴らは勇者パーティーを目の敵にしているから、襲ってくる可能性は充分にあるし、そういう心持ちで良いと思う」

「……、」


 カレンと話して、考えが纏まった。

 天華教団はアンジュの敵。

 そして――後輩の少女、ナディアは天華教団のメンバー。


 ナディアは、アンジュと敵対したくなかったから、勇者パーティーからの脱退を願ったのか。真意はわからないが、アンジュが勇者パーティーのメンバーとして活動を続けるのなら、いつかは対峙する日も来るだろう。

 その時に、アンジュはためらいなくナディアと戦えるのか……それは、実際にその場面になければわからないが――。


「ああ、そうだ。あたし、カレンに謝らないといけないことがあったんだわ」

「アンジュが私に、謝ること?」

「うん――」


 不思議そうに首をひねるカレンに、アンジュは伏し目がちに頷いて、


「『賢者の逆さ塔』で食べた、睡眠薬入りのお菓子。あれのせいで、カレンは誘拐されてしまった……。だから、ごめんなさい、カレン」


 頭を下げる。

 ナディアの言葉から違和感を抱き、疑うことができれば、誘拐事件は起こらなかったかもしれない。

 そういう思いからの謝罪に、カレンはそっと息を吐いた。


「……それはアンジュが謝ることじゃないと思うけど。あれって、アンジュの後輩さんから貰ったものだったんだよね?」

「そうよ……。あたしが仕込みに気づければ――」

「うーん……普通、後輩からの贈りものを疑うことなんてしないだろうから、そこは仕方ないんじゃないかな。それに……」


 結果論だけど、とカレンは苦笑して、


「私は無事で……しかも事件を通して聖剣抜刀までできるようになったんだから、結果オーライじゃないかな?」

「いや……でも、カレンは辛い思いをしただろうし」

「そりゃあのロリコンはキモかったけど……うん、わかった。謝罪は受け取る。でもアンジュが申し訳なく思う以上に、私は感謝しているから……お菓子の件に関してはこれで終わり。いいね?」


 そう言って、カレンは強引に話を打ち切ってしまった。

 後悔の念が渦巻くアンジュとしては謝り足りないのだが――いや、これは誤魔化しか。ナディアの企みに気づければ、あの後輩の少女は言い逃げするようにアンジュの前から去ることはなかったかもしれない。その後悔を埋めるための、謝罪。……そんなものを受け取っても、カレンは困るだけだろう。


「――よしっ」


 パンッ、と頬を両手で叩いて、意識を切り替える。

 唐突なアクションに、カレンがぎょっと目を剥いた。


「ど、どうしたの、アンジュ?」

「情けない心に活を入れたのよ」

「は、はあ……?」


 首を傾げるカレンに、アンジュは笑いかける。すると、カレンは目をぱちぱちとまたたかせて、それから一つ頷いた。


「うん、確かに活が入ったみたいだね。いつもの自信に溢れた笑みだ」

「?」

「私の好きな笑み」

「は――!?」


 いきなりなにを言うのかこの勇者は!? と思わず音を立てて立ち上がってしまう。その反応に「大げさだなぁ」とカレンは笑った。

 アンジュは顔に上った熱をパタパタと冷ましつつ、座り直す。


「……あんた、やっぱり変わったわね」

「そう?」

「焦りがなくなったというか、気を張り詰めすぎなくなったというか……ま、良い変化だと思うわ」


 言ってから、「そうだ、仕返ししてやろう」と思い立ち、アンジュはにやりと笑う。


「――今のカレン、素敵だと思うわ。あたしは好きよ」


 さあどんな反応を見せるかな――とにやつくアンジュに、カレンは一瞬きょとんとした後、頬を淡くピンクに染めて、


「ありがとう。私も好きだよ、アンジュのこと」

「はっ、はあ!?」


 望んだ反応ではなかったというか、よくもそんな小っ恥ずかしいことを真正面から言えるものだこの勇者様は……!

 と全力で赤面しつつ戦慄するアンジュに、カレンはぺろりと舌を出して、


「私いちおう、アンジュの倍は生きているからね。人生の先輩をからかおうだなんて考えちゃ駄目だよ?」

「ば――」

「ババアって言ったら聖剣抜刀だからね」

「……、そんな気軽に使って良いものじゃないでしょ、勇者の奥義……」


 さすがに友人に向かってババアだなんて言わない。馬鹿にしやがって、と言おうとしただけである。うん。


 というかどうせカレンの言う「好き」は友人同士のあれなやつだろう。あれなやつとはなにか? 友愛とか親愛とか、そんな感じのやつだ。たぶん。おそらく? 自分の狭い交友関係ではそれが普通の感情表現なのかわからない……!

 などとぐるぐる頭を明後日の方向に向かわせたアンジュであったが、自分でもわけがわからなくなったので、適当なところで「友人同士の軽口!」という結論を打ち出し思考をぶった切った。


「……もしかしてアンジュ、友達少ない?」

「どうしてそう思ったの!? え、どこからそう判断したのよ!? そもそも友達が少ないからってどんな関係があるのよ魔導の追求のためには不要だわ! ……あ、切磋琢磨するライバルは別枠だから!」

「わざわざそんなこと突っ込まないよ……。まあ、私も人のこと言えないけど」

「?」

「でも、あれだね。アンジュはこう、周囲から遠巻きに見られてそうだから、友達作り大変そう」

「ううううるさいわねっ! 数が少なくたって関係の深い何人かがいれば良いのよ! ――この話は終わり!」


 強引に打ち切ると同時に、展開しっぱなしだった音声遮断の魔術を解除する。


「……そうだね。私も、アンジュがいれば、寂しくないよ」

「は、はあっ? なに言ってんのよ、あんたはもうっ」

「ふふっ。ううん、気にしないで」


 カレンの柔らかい微笑み――憑き物が落ちたような表情に毒気を抜かれ、アンジュは小さく息を吐いた。

 それから、少しだけ思考を回して。


「……よし。決めたわ」

「なにを?」

「次の配信の内容よ」

「え、配信?」


 金色の瞳をぱちくりさせるカレンに、アンジュは鼻を鳴らして、


「せっかくの休日だし、日の高いうちからやるのも良いじゃない?」


「ダンジョン内なら太陽の位置なんて関係ない気もするけどね」と茶々を入れるカレンに、「視聴者の側は関係あるでしょ! 時間帯的な話で!」とアンジュは叫ぶのだった。


   ◆ ◆ ◆


 今は少しだけ、教団と、ナディアのことを考えないようにしたい。――そんな、気分転換、あるいは現実逃避のような行動だったのかもしれない。

 あのファミレスから一番近い上級ダンジョン『あかていの檻』はまだ封鎖されているので、もう少しだけ時間をかけて移動し、最上級ダンジョン『黄昏の妖精郷』にやってきた。


「そういえば、前にもここで配信してなかった?」


 というカレンの問いに、アンジュは記憶を掘り返しつつ、


「あー……三回目の配信だったかしら? なんか『騎士王の居城』をソロ攻略したのがバズって人が一気に来たときだったと思う。見たの?」

「うん。メロディアさんが教えてくれて……。それを見て、アンジュを勇者パーティーに勧誘しようと思ったんだよ」

「へえ……って、賢者にも見られてたの?」


 驚いて声を上げれば、カレンはこくりと首肯した。

 賢者メロディア――魔法目録スペルリストの完成以前の魔術師であり、恐らくアンジュ以上の魔術の腕を持つ人物だ。どうにかして魔術戦の申し込みでもできないか、などと思ってしまう。


「……コラボを持ちかけてみたいわね」

「無理だと思うよ。メロディアさん、メディア露出ほとんどしないし。そもそも忙しいだろうから、スケジュールを空けてもらうのが難しそう」

「むぅ……」


 そんな会話をしつつ、配信準備を完了させた。

 ふよふよ浮遊する高性能カメラを見上げつつ、顔を隠すためのウサギの仮面を付けたカレンが問いかけてくる。


「それで? どんな配信をするの?」

「それはもちろん、魔術を格好良く披露するのよ!」

「つまり、いつものね。なにか企画があるわけじゃなかったかー……」


 呆れたように息を吐くカレンに、アンジュは頬を膨らませながら、


「しょ、しょうがないじゃない。配信内容の引き出しなんて、あたしには全然ないのよ」

「人気を稼ぎたいなら他の配信者の動画を見て勉強を……ああ、でもアンジュは魔術が広められれば、広告料とか高評価率とかどうでも良いのか」

「ある程度の再生数が必要なのはわかっているわよ。人気を維持しなきゃいけないこともね。ただ、あたしは配信者として大成したいわけじゃないから」

「あはは、わかってるよ。他の配信者たちからは怒られそうだけど。……私がそこら辺をサポートしないとね。配信の相方として」


 そう言って苦笑するカレン。

 助手、とはもう言えないだろう。カレンは勇者の卵ではなくなってしまったし。

 そんなことを考えつつ、アンジュは切り替えるようにパンと手を鳴らした。


「――それじゃ、始めましょう。とりあえず、良い感じに魔術を披露しながら……そうね、最終的にボスをぶっ倒しに行こうかしら?」

「適当だなぁ……そんなノリで最上級ダンジョンを攻略するって……」

「でも、今のカレンならソロでも踏破できそうじゃない?」

「……、そうかな? ん、そうかも」


 くすりと笑って、それからカレンはふと気付いたように言う。


「というか、こんな突発的に配信を初めて人なんて集まる? アンジュはSNSもやってないからそっちで告知して誘導もできないし」

「…………面倒だから配信開始っ!」

「うおおーい……まあアンジュが良いなら良いけど」


 携帯端末を操作して、配信を開始させる。カレンの言ったとおり告知なんてしていないし、いつもと配信時間も違うので、最初の数秒は同時視聴者数どうせつはゼロから動かなかったが――。


【ちわー】


 と一言、挨拶のコメントが打ち込まれた。

 直後から、少しずつ同接の数字が増えていく。コメント欄も、挨拶、いつもと違う時間であることへの言及、背景からダンジョンの推測など、どんどん勢いを増して流れていく。


「ん、なんだ。ちゃんと人、来るじゃない」

「注目度のおかげか、張り付いているファンがいるのか……ありがたいことだよ、アンジュ」

「わかってるわよ」


 なんだか保護者染みた台詞のカレンに軽い調子で返してから、アンジュは浮遊カメラに顔を向ける。

 そして、いつもの――カレンに好きだと言われた笑顔を浮かべて。


「こんにちはっ。魔術師のアンジュよ!」




 勇者の誕生、星の敵、天華教団――。

 それらのことはひとまず置いて。

 魔術の素晴らしさを広め、やがて自身の魔術を高めるために、アンジュは配信に向き合うのだった。






――――――――


 第一章・完、となります。ここまでお読み戴きありがとうございます。


 申し訳ありませんが、第二章は書き溜めができてから投稿する予定です。(そもそもこの話自体が、もう一作の第二章として考えた話が分離して生まれたものなのですが……)


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