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「……もう、いいよ」
彼女は、そんな風に言うのです。
「もう、って。なんで。……どうして」
私は、彼女の言いたいことが分かって、でも認めたくなくて、首を振ります。
「そろそろ、終わり。私は。もう、お話を聞き続けることもできなくなってきた。これ以上いても、あなたに迷惑をかけるだけ。だから、ねえ。お願いだから」
苦しい息の下から、彼女はそう言います。
そう、ローズの結核は末期に近づいていたのです。
「そんなこと……水曜日になったらお医者様が来るから。きっと、楽になるお薬を処方してもらえるから」
私の言葉はいかにも無力で、滑稽でした。だって、お医者様が持ってくる薬では、ほんの少し楽にはなっても、結核が治っていくことなんてなかったのですから。
「…………」
彼女は黙って首を振り、それから言いました。
「どうか、そんな顔しないで。ねえ、私は嬉しいの。だって、もしこの人生が終わったら、また別の人生に生まれ変われるかもしれないもの。エミリー、あなたが話してくれた、あのおとぎ話の世界に。だから、そう思って私は、それを楽しみにすることにしたの」
そんなことを語る彼女の表情は無邪気で、まるで子供のようでした。
「……この世界のどんなおとぎ話より、私にとってはあなたの方が、夢の世界の王女様だよ。ローズ」
私は彼女に言いました。
しばらく彼女も、それから私も無言でした。やがて、口を開いたのはローズの方でした。
「ねえ。お願いがあるの。エミリー」
「お願いって、何?」
「私、家族が欲しかったの。ずっとずっと。もし……良かったら。今だけでいいから。あなたが、私の家族になってくれる?」
「……いいよ」
それから、私は彼女の指に、指を絡めました。その熱っぽい体温を、今でも私は、指の間に感じることができます。
「ねえ、キスしてもいい?」
そう聞いたのは私です。彼女は黙って頷きます。
私は彼女の額に、二度、口づけました。
これが、私の恋の話です。
彼女は病院で死にました。たった二十歳でした。
私は彼女の死には立ち会えませんでした、どうしても人目を盗んで、病院まで行くことができなかったのです。
それからの私のお話も、少しだけ。私の両親はやがて、彼女の看病をしていた私のことを嗅ぎつけて、大喧嘩になりました。家に閉じ込められかけもしましたが、やがて親子の縁を切るような形で、家を出て一人で暮らすことになったのです。それから、私は仕事をして、一人で生きてきました。
両親が私の手に職を付けてくれたのも、それから家から追い出してくれたのも、実は幸いなことでした。なぜなら、彼女から伝染した結核が、私の体の奥には潜んでいたのですから。それは私の人生のほとんどの期間は発症せず、ただじっと体の奥に潜んでいただけでした。そして、今になってこうして現れてきて、今私は療養所のベッドで、この手紙を書いています。私も彼女と同じ病気で死ぬかもしれませんが、当時とは違って助からない病気ではなくなっています。
あなたは、私が不幸な人生を歩んだ女だと思われるかもしれません。ですが、私にとっては、彼女と出会ったこと、あの見世物小屋の月と薔薇を見たことは、私の人生で一番幸せなこと、私の人生を決定づける一夜、私の人生そのものだったのです。
(了)
見世物小屋の月と薔薇 平沢ヌル@低速中 @hirasawa_null
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