幸せにならない薬

ちびまるフォイ

幸せになる瞬間は突然に

「ハッピーバースデーー!!」


クラッカーが鳴り、サプライズの数々に友達は目を白黒させた。


「え……これ全部準備してくれたの!?」


「もちろん、これもあれも欲しいって言ってただろ?」


「あ、ああ……!」


「今日のために全部準備してたんだ。

 絶対によろこばせてあげたくって!」


「ありがとう!! 今、人生で一番幸せだーー!!」


そういった友達は幸せな顔のまま仰向けにぶっ倒れた。


「お、おい……? どうしたんだよ? きゅ、救急車ーー!!」


まもなく緊急搬送された友達だったが、病院で死んでしまった。


「こんな若さで死ぬなんて……」


霊安室に移動した友達の顔はやっぱりまだ笑顔のままだった。

そこに処置を担当した医者がやってきた。


「このたびはお悔やみ申し上げます」


「友達は……救えなかったんですか?」


「ええ、この世界では幸せになりすぎると死んでしまいます。

 病院に来たときにはもう幸せの絶頂だったようです」


「はい?」


「ですから、幸せになりすぎると死ぬんです。

 そうなってはもう手の施しようがありません」


「それじゃ友達の死因は?」


嬉死うれしです」


「聞いたことないよそんな病気!!」


「あと、恥ずかしすぎても死ぬ恥死はずかしというものありますよ」


「知らねぇよ!!」


友達のばかみたいな死に方にシリアスムードは破壊されてしまった。

けれど、あんなに元気だった友達が幸せになった途端に死んでしまった。


「ってことは、俺にも嬉死する可能性があるんじゃないか……?」


そのことを意識した瞬間に世界が変わった。

こんな若いうちから死にたくない。


すぐに来月テーマパークの予約をしていた友達に電話をかけた。


「もしもし!?」


『どうしたんだよ。ずいぶん慌ててるじゃないか』


「来月のランドなんだけど、俺は行かないから!」


『なんでだよ! 誰よりも楽しみにしてたじゃん』


「ばかやろう! 楽しすぎて幸せになったら死んじゃうだろ!!」


とにかく身を守らなくてはならない。

予定していた旅行はすべてキャンセルした。


そして次。


「ごめん……別れよう」


「どうして急に別れるのよ! 私のなにが不満なの!?」


「不満なんかない。ただ……」


「ただ?」


「君と一緒にいると幸せになりすぎて死んじゃうのが怖い」


「乙女みたいな理由でフラないでよ!!」


なんとか彼女とも別れることに成功した。

次は部屋の整理。


自分の部屋にあった漫画や好きなプラモデルは全部撤去。

もしも、代わり映えしないけれど、平穏な毎日が幸せだったと感じてしまったら死んでしまうかもしれない。


自分の部屋はまるで独房のような殺風景さを手に入れた。

さすがにこの部屋で寝泊まりして幸せにはなるまい。


「よし、これで完璧だ。もう死なないぞ」


あらゆる幸せ要素を排除して完璧な布陣が完成した。

もう幸せになりすぎることはない。




それからしばらく過ぎたころ。


美味しくて幸せになりすぎないように、

あんまり美味しくないけど安い弁当をコンビニで買って帰った。


その帰り道でかつての同級生とすれちがった。


「あ、〇〇だよな?」


「え?」


「ほら、同じクラスのTだよ」


「あ、ああ~~面影ある!」


Tだと名乗られないとわからなかった。

本名がアルファベット1文字というインパクトあるキャラなのに、すっかり忘れていた。


「最近はどうよ? ……てか、お前だいじょうぶ?」


「大丈夫ってなにが?」


「なんか……目が死んでるっていうか。生気が感じられないんだよ」


「はは、ほっといてくれよ。そっちこそ最近はどうなんだ?」


「ああ、俺は結婚して子供ができたんだ。

 今は家族で暮らしてるよ。大変だけど毎日たのしいよ」


「ば、ばかお前! 子供なんかこさえたら……幸せすぎて死んじゃうだろ!?

 お前が死んだら残される子供を考えないのか!?」


「死ぬなんておおげさだな。でも……確かに、毎日死ぬほど幸せだよ」


「だったら……」


「でもさ、一度しかない人生なんだぜ。

 幸せを味わえずに死ぬくらいなら、

 短くても幸せを味わってから笑って死にたいじゃん」


「……」


そのときのTの笑顔に何も言い返せなかった。

ひるがえって自分を考えたときに、なんて不幸せな人生だろうと思ってしまった。


幸せにならないように友達を遠ざけ、

幸せにならないように趣味やリフレッシュを捨て、

幸せにならないように不味いものばかり食べている。


この生活のかいあって何十年と長生きしたとして、

はたして自分は死ぬ瞬間に「生きててよかった」と思えるのか。


幸せを追求しない人生に価値なんてあるのだろうか。


「く、くそ……わかっている。わかってるはずなのに……」


自分も死の恐怖に怯えることなく、幸せを追求していきたい。


だけど臆病な自分はどんなに楽しいことをしていても、

「これ以上楽しんだら死んでしまうかも」とチラつく。


それを意識したらもう100%楽しめなくなる。

常に死なないように幸せを抑え続けてしまう。


「どうすれば……はっ! そうだ!

 幸せになりすぎても死ななくすればいいんだ!」


有名大学出のさえわたる頭が久しぶりにエンジンをふかした。


幸せになりすぎないための薬の開発がはじまる。

設計はすでに頭の中にできあがっていた。


その薬を飲めば、人間の高幸圧こうさちあつが一定以上を超え、幸せになりすぎたとしても薬の効果で死ぬことがなくなる。


大事なのはその効能だけでなく

「薬を飲んだから大丈夫」という安心感。


この薬さえ開発できれば、自分だけでなく世界中の人が

幸せを最大限に楽しめ味わうことができるだろう。


今、俺の背中にはまだ見ぬ世界中の人たちの期待がかけられている。


「くじけるわけにはいかない!!」


俺は新薬の開発に打ち込んだ。

開発は難航を極めた。



何度やってもうまくいかない配合。


作っても人体へ吸収されないという壁。


別の素材を合わせた瞬間に失われる効能。


睡眠不足。


体力現象。


不眠。


ストレス。



ありとあらゆる人生の苦労が凝縮されて襲いかかってきた。

それでも何度も折れた自分の心をつなぎとめて研究に没頭した。


そうして、ついにその時がやってきた。


「で、できた……ついにできたぞーー!!」


幸せになりすぎても死なない薬がついに完成した!


ここまでできるのに10年かかった。

本当に、本当に長くつらい10年だった。


何度も何度も試行錯誤を繰り返し、

幾度もの失敗をかさねてはチャレンジを繰り返す。


地獄よりも辛く険しい毎日をついに乗り越えた。



「ついに……ついに成し遂げたんだ……!!」



頬を嬉し涙が伝った。


脳裏には苦しかった思い出が走馬灯のようにめぐる。

あの地獄のような日々も今、この瞬間の達成感のためにあったのだろう。


体を今まで味わったことのない満足感が包んだ。



「ああ……すごく幸せだ……!!」




その後、幸せにならない薬を握りしめたまま博士が死んでいるのを発見した。

死因はどうやら「嬉死」らしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸せにならない薬 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ