28.この物語が終わりを迎えるまで
ナトスは魔王アモルことエロースを倒した後、残りの四天王も難なく倒してしまった。もちろん、アンデッドになったエロースの説得も加わったことも大きい。
エロースは、さすが魔王、たとえアンデッドになっても死霊術師の拘束がほぼ効かず、死霊術師を傷付けることができない程度の制約に留まっていた。
「【死者蘇生】」
まず勇者たちが蘇生された。蘇生した瞬間に眩い光に包まれて、勇者たちは身体が入れ替わり、勇者でなくなった。この仕組みを知る人間は、エロースに話を聞いたナトスだけである。
ナトスはこのことを誰にも話さないと心に誓う。
次に勇者以外の人間たちのほとんどを蘇生した。ナトスは蘇生する際にある程度の記憶操作ができることに気付き、ご都合主義の塊だと思いつつもそのご都合に乗じて、勇者以外の人間がアンデッド時の記憶を失うように蘇生した。
すべてはナトスが平穏に生きるためだった。
そして、ニレとレトゥムを蘇生した。
「ん? パパ? 帰ってきたの!? おはよう! もう終わったの?」
「あぁ……終わったよ。これで終わったんだ」
ナトスは涙を流し、レトゥムを優しく抱きしめる。彼は彼女から作り物でない温かみを感じ、小さな嗚咽をこぼしていた。
その隣で、ゆっくりと起き上がる人影があった。
「ママ! おはよう!」
人影はニレだった。彼女は見知らぬ豪華すぎる部屋を目にして、キョロキョロと落ち着きなく部屋をくまなく見てから、ナトス、レトゥムを見つめる。
「……あれ? ここは……? はっ! レトゥム! 大丈夫!?」
ニレは目を見開き、ナトスに抱っこされているレトゥムの身体をペタペタと触り、ケガがないかを頻りに確認していた。
ナトスは彼女がアンデッドになっている間だけでなく、あの惨たらしい夜の記憶を消したはずだった。しかし、あまりにも衝撃的な記憶だったためか、彼女の記憶は完全に消えることなく残っていた。
一方のレトゥムは、周りの人間との記憶の整合性を取るためにアンデッドの間の記憶を持っていて、ニレの行動が不思議で仕方ない。
「ママ、どうしたの? 私は大丈夫だよ? ママこそ大丈夫?」
「え? あ? え……私、トラキアに……ああっ! 私、トラキアに!」
ニレが髪を振り乱して顔を横に振り始めるので、ナトスがレトゥムを抱き留めながらも、彼女も同じように自分の方へと抱き寄せて、背中を優しくさすった。
「ニレ、君は病気で倒れて、それからしばらく経っているんだ。だから、おそらく、記憶が混濁しているんだ……そう、悪い夢を見ていただけだよ……」
ナトスは悪い夢と言いきって慰めた。
「ナトス! うっ……ううっ……怖い夢を見たの……レトゥムが……私が……」
ニレはレトゥムの前ということもあり、あの惨たらしい夜の話をぼかしながら、怖い夢を見たと涙を流す。彼女はもはや記憶が正しいのか間違っているのかの判断さえできない。
ナトスは微笑んで彼女たちを離さなかった。
「そうか。大丈夫だよ……俺がいるから……」
そうしていると、遠くから近付いてくる足音がナトスの耳に入ってくる。
「兄さま!」
「きゅ、キュテラさん!?」
「え? 嘘……パフォス王女殿下? え? キュテラさん? え? ……兄さま?」
「私の……私の……うわああああん! 私の……私の……ああああああああああんっ!」
「キュテラさん、落ち着いて」
「ナトス? 私にも分かるように、説明してくれるかしら? あなた、まさか……」
「ニレ、完全に誤解をしているようだけど、キュテラさんは……ほら、昔に一時期いた、包帯グルグル巻きのパピアで……」
こうしてナトスと勇者たちの魔王を倒す戦いが幕を閉じ、その報せは全人類に安堵と新たな時代の幕開けを覚えさせた。
ナトスは結局、勇者とともに魔王を倒したということで、温泉町を含む一帯の領主として、領地と領民をキュテラの父である国王から授かることになる。
彼は領主として、公務を必死の思いで覚えてこなす傍らで、キュテラとの付き合いが続いてしまうことになってしまったが、授かった子どもを失った彼女の心の傷を考えると無下にできない彼の優しさが、契約をしても意味ないなと若干の自嘲をしつつ、その状況を仕方なしと諦めさせた。
ただし、ナトスがキュテラと2人きりになることはなく、必ずニレやレトゥムを同伴させることが条件である。それをキュテラに認めさせたニレとレトゥムの圧は、圧を掛けられていないナトスでさえも余波で震えあがる。
ほかの勇者たちはそれぞれ元の生活に戻った。ただし、ナトスが未だに死霊術師や正義の勇者としての力を残していることを知っているため、傲慢になることもなく、粛々と生きることを決意していた。
「そういえば、ライアお姉ちゃんはどこにいったの?」
「げほっ!」
とある日、家族でお茶をしているときにレトゥムの思わぬ一言に、ナトスがむせた。誰も言い出さなかったので、彼はすっかりニレにアストレアのことを説明し忘れていたのである。
「ライア……お姉ちゃん……? 誰?」
「え? ママのお友だち、じゃないの? ママが病気で寝ていたときに看病してくれていた人だよ? ね、パパ?」
ナトスは観念して、努めて静かな表情で、ニレとレトゥムの2人に優しく小さく微笑みかけていた。
「あぁ……そうだな……」
すーっとニレの方を見たナトスには、彼女の笑顔の裏でゴゴゴゴゴという轟音が聞こえてくるようだった。
「……レトゥム、ライアお姉ちゃんは綺麗だった?」
「うん! 綺麗だった! すごい美人さん! ……ね、パパ? どういうこと?」
レトゥムはニレの味方である。彼女の視線が厳しいものに変わっていき、ナトスを突き刺さんばかりに見つめていた。
「……ナトス? どういうことかしら?」
「……話せばすごく長くなる。俺がトラキア以外の勇者たちと冒険することになったきっかけの人だよ」
ナトスは無理に繕うことなく、淡々と事実を少ない言葉で述べる。
「そう……今はいいけど、絶対に話してよね」
「あぁ……いずれ話すさ……アストレア……元気にしているといいけどな……」
ナトスは魔王城に向かって以降、アストレアの姿を見ることも声を聞くこともなかった。役目を終えたからと言わんばかりに忽然とまるで最初からいなかったかのように存在が消えている。
彼がキュテラにアストレアのことを訊ねてみると、キュテラの身体が眩い光に包まれた直後にアストレアはどこかへ消え去ったとのことだった。
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神々が住む天上界。人間が住む地上界と異なり、何もせずともすべてが豊かに存在する楽園のような場所。
そこに彼女はいた。
「ようやくだ」
正義の女神、アストレアである。
彼女は少し小高い丘からある方向を見据えていた。彼女の視線の先、そこは石造りの神殿のような建造物がいくつも存在する天上界の中心で神々が主に生活する場所である。
「ようやく、私の正義が執行されることになる」
アストレアは今まで決して取ることのなかった分厚い目隠しを自ら取り去った。
さらに閉じていた瞼が開かれて、彼女の鮮やかな虹色をした瞳は初めて世界を映している。目隠しは彼女が生まれて目を開ける前に自ら課していた制約であり、正義が揺らがないようにとする彼女の意志の表れでもあった。
「正義の勇者、ナトスには感謝しなければならない。彼がタナトスであったことや性別が異なることで彼自身の身体を奪うことができなかったものの、彼の得た力は私にも無事に共有された」
もはやアストレアの正義は、目に見えてくる外乱でどうにかなるようなものではなくなった。さらに、彼女の中に宿っている確固たる正義が、彼女の肌や髪を他の色に染まることのない暗い灰色や黒色へと染め上げていく。
「さあ、傲慢なる神々よ……正義の下にひれ伏すといい……脆弱な正義ではなくなった……私の名は……アスタルテとでも名乗ろうか」
アストレアは過去の弱かった自分と決別するために、自身の名前を変えた。
ナトスとかつてアストレアと名乗っていたアスタルテの物語が天上界にて交差することはもっと先の話である。
【完結】追放された男、勇者を使い、魔王を倒す ~死霊術師に覚醒した男が家族を生き返らせるために~ 茉莉多 真遊人 @Mayuto_Matsurita
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