27. 死霊術師が魔王を倒すまで(後編)
エロースはナトスの驚いた顔を見て面白かったのか、再びケタケタと腹を抱えて笑い始める。
「あっはっは! もちろん、代わりに何の変哲もない、まあ、普通の人よりはもちろん強くて美しくて賢くて、それでも替わったとバレないような似せた容姿の身体をプレゼントするけどね」
「なんでわざわざ……」
ナトスは今一つ理解できておらず、口ごもりながらもぶつぶつと呟く。
「そりゃ、勇者が忽然と消えていなくなるなんてことが知れ渡ったら、勇者の成り手がいなくなったり、魔王を倒すことをしなくなったりするだろうからね。まあでも、新しい身体だと神器は使えないし、勇者の時ほど強くないよ」
「まだきちんとは理解できていないが……だとすると、魂はそのままで……身体が新しいものと入れ替わる?」
エロースの話はナトスを惹きつける。それは彼にとって、今まで聞いたどの話よりも奇抜で劇的で絶望的だったからだ。
「そう。まあ、人間にとっては、勇者がその役目を終えて神々の力を失う、ってニュアンスで捉えられているみたいだけどね。そもそも、勇者やそのパーティーに付与される利点である不死性、身体が神々の力によって再生されるのは、いずれ勇者の身体が神々のものになるからさ」
「身体が十二神のものに……」
ナトスは一瞬、キュテラのことが頭に過ぎった。彼女が執念でお腹に宿した彼女の宝は一体どうなるのか。
さらに、彼の頭に思い浮かぶのはアストレアである。彼の中で謎が深まっていた。彼女はこのことを知っていたはずだ。それでもなお、彼女は彼とキュテラが交わるように約束した。
その謎の行き着く先を彼は分かっている。神にとって、人がどうなろうと知ったことではないのだ。いくら話したとしても、いくら仲良くなったように見えても、神と人では決して相容れることのない隔たりがある。
「そう、十二神は力が強すぎる。だから、他の神が不死性をほぼ永遠のものにできるのに対して、十二神は皮肉にも強すぎるが故に皮肉にも不死性を保つことができないのさ。まあ、普段は何をされても不死性によって死なないけど、そのまま身体を酷使するといきなり寿命でバタンみたいな? ピンピンコロリだっけ?」
「嘘だろ……」
エロースは笑う。その笑みはどの宝石よりも輝き眩しいものだ。
「あっはっは、嘘じゃない。だから、何故、何故、の辿り着く先、真実はね。何故、魔王がいるのか、答えは人間に勇者を認めさせるためだ。何故、人間に勇者を認めさせるのか、答えは人間に支援をさせることで勇者を効率良く鍛えるためだ。何故、勇者を鍛えるのか、答えは十二神が勇者の身体を召し上げて自分の身体にするためだ。何故、勇者の身体を召し上げるのか、答えは十二神が不死性を保つだめのワガママだよ。要するに、魔王と勇者のやり取りなんてね、定期的に発生する、人間全体を巻き込んだ茶番劇のようなものさ」
エロースは話し終えたのか、満足したように口を一度閉ざす。その後、動揺を隠せずにいるナトスを見つめて楽しんでいる。
彼はナトスを殺さない。殺したくても殺せない。
ナトスは既に魔王の強さを超えていた。
エロースの目的である十二神の討伐は、仮にナトスを倒せた先に見据えられるとしても、実現が果てしなく遠のく。彼は仲間を欲している。とてつもなく強力な仲間を欲していた。
「嘘だろ……十二神のせいで……俺の家族は……」
その点で言えば、ナトスは、十二神のうちアプロディタの力や神器以外をその身に宿し、自身がタナトスであった名残の能力を持ち、その果てに死の概念を具現化した黒紫蝶を呼び出すことができる最強の人間である。
エロースが神に匹敵するナトスを仲間にしない手はない。究極的には自分が亡くなったとしても、ナトスが十二神の討伐に興味を持てばいいのである。そうすることで十二神への復讐は成就する。
「ちょっとは十二神を倒したくなった?」
最後の一押しとばかりに、エロースはナトスに再度提案する。
しかし、ナトスの首は決して縦に振られることはなかった。
「……いや、そうだとしても、俺のやることは変わらない」
ナトスは聞いたことを全て今投げ捨てたと言わんばかりの面持ちで、ただ真っ直ぐに見つめながらサイフォスをエロースへと向ける。
「……はあ、だめか。まったく、相変わらず頑固者だね。死んでも変わらないってのは、もう何と言うか、頑固だね」
エロースは肩を竦ませて口の端を下げられるだけ下げて困り顔をしていた。
「大人しく倒されてくれ」
「……そうだね。いいよ」
エロースは二つ返事で了承し、さらに両手まで小さく挙げて白旗のサインを送る。
「え……嘘だろ?」
言ったはずのナトスの方が信じられなかった。
抵抗するような素振りも見せず、エロースが地上へと降り立ち、目をゆっくりと閉じて、無防備なままに命を差し出す仕草を取る。
罠はない。目の前にただただ命を差し出される感覚に、ナトスは手が震えた。今までは互いの言い分をぶつけ合うように戦ってきたからこそ躊躇なく、力も剣も振るうことができた。
しかし、彼の目の前に映るのは無防備な突っ立つ年端もいかない少年である。
「いや、どうせ勝てないしね。死の概念そのものである黒紫蝶、そんなものを出せるようになったお前に勝てるとは思わないから、やるだけジリ貧だよ。確実に負けると分かっているなら諦めるさ。それに」
「それに?」
「……これまでがんばってみたけど、魔物じゃ、魔王ごときじゃ限界があったんだ。だからこそ、お前がいないと十二神に勝てそうにない。でも、仲間に引き入れることができなかった。悔しいけど、お前がさらに力をつければ……いや、もういいんだ……ただ疲れただけさ。まあ、アレウスに一矢報いたから良しとしよう。あいつだけは心底嫌いだからね」
エロースは何かを言いかけて濁した。ナトスは問いただすこともせずに頷く。
「……そうか」
「あー、生まれ変わったら、またティモルやデイモス、アンテロス、ハルモニアと一緒になれるといいな。それだけが堕ちた中で唯一の宝物だよ」
エロースは過去の記憶を思い出し、その記憶たちを慈しむかのように少しばかり恍惚とした表情を浮かべる。
最も美しい神だった魔王の最も美しい表情に、ナトスは魅了されたかのように息を呑む。
「……しばらくしたら、生き返らせるさ」
「え? 本気?」
「俺は【死者蘇生】の能力が欲しいだけだ。ただし、魔物で人間を苦しめないでくれよ?」
ナトスはエロースを直視し、真剣な眼差しで曇りなき言葉を伝える。
エロースは小さく微笑んだ。
「……後は任せたよ。君の信じる正義にね」
こうして、ナトスは拍子抜けしてしまうほどにあっさりと、魔王アモルとの戦いを終わらせた。
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