オーバーナイト・オールナイト

霜月はつ果

O/N・all night

「先輩、オーエヌってなんですか?」


 試薬をとって戻ってくるやいなや、待っていたように乃木琴葉のぎことはが顔をあげた。


「オーエヌ?」


 なんのことやら意味がわからず顔を寄せると、乃木がずいっと紙を差し出してくる。さっき僕がプリントアウトして渡した実験の手順書だ。


「あー、O/Nオーバーナイトね。一晩置くってこと」


 慣れた今では何とも思わないが、確かに初めて見たらわからなくても仕方がないと思う。というか、僕も聞いた気がする。ピンと来てなさそうだったから「染色して四時間放置とかあるだろ」とつけ加えると、少し寄っていた彼女の眉がもとに戻った。


「オーバーナイト……。なんかめっちゃ陽キャな言葉ですね」

「オールナイトと混ざってない?」

「間違いない。天才ですか」


 実験用語に陽キャ味を感じる後輩に言われてもなにもうれしくない。


「オーバーナイトの間中起きてたら楽しそうですね」

「いやただただ辛いだけだろ」

「絶対楽しいですよ。カラオケしたり、カップラーメン食べたり、恋バナしたり、花火したりしたいです」


 きらきらと目を輝かせて言うが、もはやオーバーナイトなんて関係ない。ただのオールじゃないか。


「それならオケオールとかでよくない?」

「うち門限厳しいのでオケオールできないんですよ」

「じゃあオーバーナイトも無理だろ」

「いや研究室で実験という名目ならいける」

「ウソつけ。だいたい誰も研究室オールなんてつきあってくれないだろ」

「それはそうなんですよね。だから先輩につきあって欲しいなあーって」

「はいはい。いいから手動かそうね。チューブの蓋に番号書いて」

「はあい」


 抗議するみたいに間延びした返事をしながらもせっせかペンを動かしていく。


 乃木琴葉は、同じ部活の二つ下の後輩だ。そしてつい二週間ほど前に同じ研究室の後輩にもなった。


 うちの大学は三年生の二か月間を除いて、研究室に入るのが必須ではない。だからまあ、乃木のことは随分と物好きな子だと思った。四年生になっても来ている自分のことは棚にあげるけど。


「おつかれ様です」

「「おつかれ様でーす」」


 乃木が番号を書き終わって、僕が試薬を準備し終えたところで部屋に入ってきたのは六年生のあまね先輩だった。


「琴葉ちゃん今日も来てるの、えらいね」

「先輩に会いたかったので!」


 乃木がふにゃりと笑って返す。調子のいいやつめ。


「紺野くんもCBT前なのに来ててえらい!」


 CBTは四年生が病院実習の前に受けなくてはいけないテストだった。落ちると実習に行けない。進級には実習が必須なので自動的に一発留年になる。落とすわけにはいかない。


「勉強しなきゃとは思ってるんですけど、乃木に行くって言っちゃったので」


 先輩に会いたかったので、なんて言えるはずもなく、しかたなく僕はそれっぽい言い訳を並べた。乃木のジト目には気づかないふりをした。


 許して欲しい。あまね先輩こそが僕が物好きにも研究室に通っている理由で、僕の片思いの相手なのだから。




 あまね先輩に僕が出会ったのは一年前、三年生の六月だった。


 六年間で唯一みんなが研究室に所属する期間である三年生の夏はどこに行くかで命運がわかれる。楽な教授か、めんどくさい教授か。週一出勤か、休日返上か。希望調査という心理戦と抽選という運の要素が絡み合った一大イベント、配属先決定――。


 紆余曲折あって僕の配属先に決まったのは、第四希望のところだった。週五日、十時~十七時というまあまあに忙しく微妙に人気のないところだ。


 配属初日。微妙に気乗りしないまま登校した僕は、教授に紹介されてあまね先輩に出会った。きれいな黒髪を後ろの低い位置できっちりと結んだ先輩が、明るく僕に言ってくれたのを覚えている。


「初めまして紺野くん。五年の鬼塚あまねです。名字が強そうすぎるから名前で呼んでくれるとうれしいな」


 ぱっちりとした目を細めた、いたずらっ子みたいな笑顔を向けられて、僕の心臓が跳ねた。前言撤回、この研究室は最高だと思った。


 あまね先輩は研究にもともと興味があって、今の乃木みたいに二年生のころからずっと通っているのだという。教授が忙しくて放っておかれて僕が暇そうにしてると、たいていあまね先輩が声をかけてくれた。


「紺野くん今待ち時間? ちょっとわたしの実験手伝ってもらってもいい?」ってな感じで。


 あまね先輩はなにも知らなかった僕にめちゃめちゃ丁寧に教えてくれて、最後には「手伝ってくれてありがとう。助かった!」なんて言ってくれるもんだから、僕がその気持ちに完敗するまでにはそう時間はかからなかった。


 天国のような研究室期間は飛ぶように過ぎていった。最初はあまね先輩をモチベーションに行っていた研究室もできることが増えるうちに楽しくなってしまた僕は、教授に相談して研究室期間が終わったあとも研究を続けさせてもらうことにした。もちろん、あまね先輩に会えなくなるのが嫌だったというのは否定しない。


 とはいえ、一年経った今も研究室の先輩後輩の関係は変わりそうにない。部活と違って遊びの計画が立つこともないし、飲み会だって開催されない。昼休憩が被ったら雑談するだけの先輩と後輩のままだ。健全すぎる。自分で誘えないんだから文句は言えないけど。




「そうだ、あまね先輩! 聞いてください! さっき、オーバーナイトの意味教えてもらったんですけど、オーバーナイトってちょっと陽キャっぽくないですか」

「なになにどういうこと?」


 よほど気にいったらしい乃木があまね先輩に話を振ると、あまね先輩は楽しそうに話を聞いてあげている。乃木はすっかりあまね先輩に懐いていて、あまね先輩も乃木のことをだいぶ可愛がっていた。


 四つ学年が離れているはずなのに、ふたりが打ち解けるのは早かった。あまね先輩のフレンドリーさもさることながら、乃木の人懐っこさが発揮されているのだと思う。ふたりだけでご飯まで行ってた。ちょっとだけ、……いやかなりうらやましい。


 悔しいが乃木はだれかと仲良くなるのがうまいと思う。部活の新歓では体験に来た新入生たちの心を鷲掴み、部員獲得に多大な貢献をしていたし、同期とはお前ら兄妹かとときどき思うし、先輩たちからも可愛がられている。僕もなんだかんだ乃木とは仲良くしている自覚があるし、なんなら部活のなかでは乃木に懐かれている方だと思っていた。だから出会ってすぐ懐かれたあまね先輩に、ほんのちょっとだけ悔しさを覚えてしまう。両方にやきもちを焼くなんて、我ながらめんどうなやつだというのは自覚がある。


「――。それ楽しそうだね!」


 あまね先輩の明るい声のあとにふたり分の視線を感じて、僕は本能的に厄介事が回ってくるのを感じた。気づかないふりをして、ピペットで試薬を取り分け続ける。こういうのは無視をしたところでどうせ巻き込まれるものだが、せめてもの抵抗は見せたかった。


「ですよね! でも、先輩はつきあってくれないって言うんですよ」

「ええー、紺野くんつき合ってあげればいいのに。代わりにわたしと研究室オールオーバーナイトやる?」

「いいんですか!」

「いいよいいよ。琴葉ちゃん誕生日いつ?」

「誕生日ですか? 七月七日ですけど」

「じゃあ、そこらへんで誕生日祝いオーバーナイトしようよ」

「うわ、ありがとうございます!」


 予想に反して、話はふたりだけで進んでいるようだった。あまね先輩とふたりでオールだなんてうらやましすぎるけど、ここから自分も入れてとは言えない。……なんていう僕の心を読んだように、乃木が僕に話を向けた。


「先輩はやっぱり無理そうですか?」

「……」

「ピザ食べて、カップラーメン食べて、ケーキ食べて、恋バナして、花火して、トランプする予定なんですけど」

「…………」

「あまね先輩はやってくれるって言ってるんですけど。先輩は無理そうですか?」

「………………参加させてください」

 かくして、夏の研究室オール、もとい、オーバーナイトの開催が決定した。




 翌日に響いてもいいようにと決行日に設定された金曜日は、じめじめとした暑い日だった。令和ちゃんはあいかわらず気候管理が下手らしい。今年の梅雨は短すぎだ。雨が降らないのに無駄に湿度だけが高いんだから嫌になる。


 買い出しの担当を決めるじゃんけんで一人負けした僕は、大学から十分ほどのピザ屋に行くことになった。乃木が飲み物担当で大学から数分のコンビニ。あまね先輩がケーキと花火担当で同じく大学から数分のコンビニだった。各々、ひまなタイミングで買いに行くようにとのあまね先輩からの指令である。ちなみに、カップラーメンは常備されているのをもらうことにした。そんなに食べれるのかは疑問であるが。


 夕方の授業を終えて研究室に向かうと、僕以外はもう買い出しを終えた状態だった。「あれれー、ピザが見えないぞ~」なんて乃木がにやにや言うから急いで外に出たのだが、歩き出して一分も経たないうちにじんわりと汗をかいて、自分の運のなさを呪った。帰ってきたところを乃木に「お勤めご苦労様です」なんて言われながら敬礼されて迎えられ、自分の運のなさをもう一度呪ったのは、僕の心の狭さ故でないと信じたい。


 ピザを広げ、ケーキを一人一つ選んで、紙皿を配ると準備が整った。


「では、これよりオーバーナイトを開催させていただきます」


 プラスチックカップになみなみと注がれたコーラを持ち上げると、乃木が乾杯の音頭をとった。お酒じゃないのは大学構内で飲酒するのはさすがにまずいとだろうという三人の了解と、一応研究室で実験という名目のオールなので実験をする可能性があり飲むわけにはいかないという乃木のこだわりによる。


「今日はおつきあいいただきありがとうございます。乾杯!」

「「乾杯!」」


 プラスチックカップがこつんと三つ合わさって、オーバーナイトが始まった。


「琴葉ちゃんの誕生日に乾杯!」

「先輩の合格を願って乾杯!」

「あまね先輩に日頃の感謝を! 乾杯!」

「オーバーナイトに乾杯!」


 中身が本当にコーラなのか疑いたくなるようなテンションで乾杯を続けてからピザを頬張る。


「せんぱいおいしいです、ありがとうございます」


 口をもごもごさせながら乃木が言い、


「うん、おいしい。遠くまでありがとう、紺野くん」


 上品に小さめに口に入れたのを食べ終えてからあまね先輩が言う。それだけで馬鹿みたいに暑い二十分間が報われた気がした。気づけば乃木は早くも二切れ目に突入している。


「先輩食べないんですか? わたし食べちゃいますよ」


 そう言いつつピザを僕の皿に取り分けてくれるあたりが憎めない。


 ピザを食べ終え、ケーキも食べ終えてもお腹には余裕があった僕たちは、アイスを食べないかという話になった。


「暑いですし、やっぱりここはアイスだと思うんですよ。クーラーが効いててこの暑さですよ? アイスがないとやっていけないと思うんです」

「いいと思うよ。でも乃木、問題がある」

「……?」

「この暑さの中アイス買いに行きたいやつはいない」




 本日数回目のじゃんけんに負けた僕は、乃木とふたりでアイスの買い出しに出ていた。もう十八時を過ぎているというのに、外はまだ暗くなかった。あまね先輩は一人勝ちだった。「暗くなりだしたし、ひとりじゃなくてふたりで行ったら?」というあまね先輩の鶴の一声でひとり寂しくコンビニに行くことは免れたけど、暑いし、何よりじゃんけんに負け過ぎなのではないかと思う。今日はまだ一回も勝っていない。


「せんぱいあづずぎまず」

「その声どっから出てんの」

「生まれる時代を間違えました。もっと涼しい時代がよかった」

「氷河期とか?」

「死にますよ」

「ご愁傷様です」

「先輩も道連れですからね」

「なんでだよ」


 そんな会話をしながらコンビニに着き、スーパーカップを三つレジに持っていく。チョコと抹茶とチョコミント。気だるげな店員さんは無言でスプーンを三つつけてくれた。


 コンビニを出ると再び熱風に包まれる。


「あつい……」

「会話それだけになっちゃうから暑いって言うの禁止」

「えぇー。息するみたいにあって言っちゃいますよ」

「じゃあ暑いって言いたくなったら代わりにアイスって言うルールで」

「アイス」

「さっそくすぎる。低温室よってから戻る?」


 室温が四度に設定された低温室は、夏の間だけオアシスになる。太陽に焦がされかけた身体を冷やしに、外から来た人たちが実験より先にまず向かう場所がそこだ。


「めちゃめちゃ魅力的な選択肢ですけどあまね先輩が待ってるので却下です」


 アイスたぶんもう溶けかけですし、と付け加えられて、それもそうだと思った。


 大学前の信号は赤だった。しばし流れた沈黙をうめるように口を開く。


「……そういえばさ、この前あまね先輩とふたりでご飯行ったんでしょ? どうだった?」

「楽しかったですよ。シカゴピザもおいしかったし」

「いいじゃん。なに話したの?」


 乃木は一瞬だけこっちを向いてから、また前を向いて答えた。


「そうですね……。テスト勉強は過去問ゲーじゃなくなる日が来るぞ、とか。大学生にもなって無理に合わなそうな人と仲良くする必要はないんだぞ、とか。好きでもない男の人とふたりでご飯行ったり遊んだりしたらダメだぞ、とか。恋バナとかですかね。てか先輩、女子トークの内容は聞いちゃダメなもんです」

「ごめん」


 いいですけど、と言ってから乃木がまたこっちを向く。ゆるやかに上を向いた長いまつげが影を落としていた。言おうか言うまいか迷うように口を動かしてから、乃木は言葉を発した。


「先輩って、あまね先輩のこと好きですよね」

「うぇっ!」


 とっさのことに変な声が出た。なんでもっとましな対応ができなかったのかと悔やまれるがもう遅い。


「めっちゃわかりやすい反応するじゃないですか。いや先輩見てたらわかりますよ」


 信号が青になる。僕よりも一歩早く歩き始めた乃木が振り返る。ポニーテールがゆらりと揺れた。


「このことはどうか――」

「大丈夫です、言ったりしませんよ。ひみつです」


 口元に人差し指を当てて笑う乃木が、なぜだか少し寂しそうに見えて、僕は気づいたら訊いていた。


「乃木は好きな人いないの?」


 信号を渡り終えた乃木が足を止める。


「いますよ。あまね先輩との恋バナもそれですし。でも先輩には教えません」


 いつもみたいなちょっと生意気な笑顔とともにそう言うと、彼女は再び歩き始めた。あまね先輩に言ったのに僕には言わないんだ。なんていうちっぽけな悔しさは乃木には内緒にした。


 研究室に戻ってから、アイスを食べて、ババ抜きをした。乃木にあまね先輩が好きなことがバレてたことに動揺したからか、ババ抜きは三回連続負けだった。


「紺野くんはババの位置わかりやすすぎるんだよなあ」

「ちなみに先輩、じゃんけんもですよ。いつも最初にチョキ出しますよね」


 乃木の言葉にあまね先輩も頷く。もっと早く教えて欲しかった。


「ん? そしたらどうしてさっき、乃木までチョキ出したの?」

「そろそろ先輩の一人負けは可哀相かなと思ったので」


 乃木の優しさだったらしい。一人負けするのと後輩に憐れまれるののどっちが可哀相かは微妙ではあるが。


 トランプの片付けも済んで時計を見ると、早いもので、もう十九時半になろうとしていた。


「次は花火しましょ!」


 無尽蔵の体力を持っていそうな後輩は、飽きも疲れも見せることなく目をキラキラと輝かせている。あまね先輩はスマホをちらりと見遣ると、謝るように手を合わせた。


「あー、ごめん。わたしちょっと教授に呼び出されちゃったから、花火はふたりで行ってもらっていいかな」

「え、あまね先輩今からですか」

「うん。一応教授には実験するのでって言ってるからね。それに言うてまだ十九時しちじ半だし」


 きっと今ごろこんなに遊んでるとは思われてないだろうな、とあまね先輩が笑いながら付け足した。


「あまね先輩が帰ってくるのを待ってますよ」

「いつ帰ってくるかわかんないし、あんまり遅くなると花火できなくなっちゃうからさ。ふたりで行ってきなよ」


 椅子の背もたれにかけてあった白衣に袖を通しながらあまね先輩が部屋を出ていく。


「せっかくなんだから遠慮せずに行くんだよ。たまには先輩の言うこと聞きなー」


 なんて言葉を残して行ってしまった。たまにじゃなくて、いつもあまね先輩の言うことは聞いていると思うのだけど。


「ふたりで行くかー?」


 部屋に置いて行かれた仲間の片割れに訊ねると、一拍おいて返事が返ってきた。


「そうですね、お言葉に甘えてあまね先輩の言うことを聞きましょうよ。線香花火大会もしたいですし」


 意外だった。てっきり、やめときますかとか言われると思っていた。


「ふたりで大会?」

「負けるのが怖いんですか? 決勝戦ですよ、頂上決戦です」


 ここまで言われたら、先輩として受けて立たないわけにはいかない。


 花火は、大学の裏の公園でやることにしていた。蚊に惜しみなく血を与えつつ公園の中央にある広場に向かう。水を汲んだバケツを置いて、少し離れたベンチの上に花火セットを開いた。


「最初は肩慣らしに線香花火以外をやりましょ」

「花火で肩慣らしとかいう概念初めて聞いた」

「一つ学びましたね」


 腹が立ったから、一本しか入っていなかったちょっと太いやつを先に選んでやった。シャーっと吹き出す花火を眺めていると、新たな花火をとって来たらしい乃木が隣に来た。自分のとは違うタイプの、パチパチとなる花火だった。


「先輩、勉強の進捗はどうですか?」

「まあぼちぼちかな」


 乃木の花火はパチパチと、規則的なんだか不規則なんだか、雪の結晶のような形に飛び続けている。


「落として留年しないでくださいね。あまね先輩と一・三マジックができなくなりますよ」

「それたぶん使い方違うから。一・三マジックって一年の女子が三年の男子に恋することだからな。あまね先輩と僕じゃそもそも逆だし、四年と六年ではマジックはおきません」


 花火が赤色から緑色に変わって、少しして終わりを迎える。


「……まあ魔法がそう簡単に使えたら苦労しませんもんね」


 燃え尽きた花火を水につけると、ジュっという音がした。


「先輩は、あまね先輩に告白したりしないんですか」


 新たな花火をとって戻って来ると、今度は乃木が終わったらしい。すれ違いざまにそんなことを聞かれた。


「そんな勇気はありません。てかあまね先輩たぶん好きな人いるし」


 戻ってきた乃木に言うと、ふうんという何とも言えない反応をされた。聞いてきたくせに。


 パチパチと、花火の音が静けさを打つ。偶然、ふたりの花火がほとんど同時に消えて、辺りがぼんやり暗くなった。ふたりで花火をとりにベンチに行く途中、乃木がぽつりと話し始めた。


「告白ってした方がいいんですかね。おっけーにしろ、お断りにしろ、関係を変えるわけじゃないですか。わたしは今の関係が楽しいならこのままでもいいのかななんて思ったりするんですよね。ほんのちょっと欲張ったがためにそれが壊れてしまうとしたら、怖いと思うんですよ。先輩はどう思いますか」


 線香花火以外はもう尽きていて、自然と線香花火の袋を開ける。


「どうなんだろうな。一概には言えないよな、してよかったこともしない方がよかったこともあるだろうし」


 一本渡して、一本持つ。いっせいので火をつけた。ぷっくりと火のつぼみが膨らんでいく。


「してよかったことって例えばなんですか」

「うーん、おっけーにしろ、断るにしろ、告白された側としては忘れられないんじゃない? 好きになってもらうってとても幸せなことだと思うから。……まあそう思わないやつもいるかもしれないけどさ。乃木が好きになるようなやつなら、そう思うと思うんだよな」


 パチパチと火花が弾け始めて、だんだんと勢いを増してきた。


「乃木は? 好きな人いるんでしょ?」

「まあ、いますね」


 四方八方に広がった火花が一つ、また一つと消えていく。


「告白しないの?」

「たぶんしません」


 しゅうっとしぼんでいった火玉が、紙の先に吸い込まれて消えた。線香花火の余韻を断ち切るように乃木が立ち上がった。


「でも、いつかしたいですね。そのときはよろしくお願いします」

「よろしくってなにを?」

「いろいろです」


 いつもの、ちょっと生意気な笑顔にどこか安心する。


「安心しろ、振られたらアイス買ってなぐさめてやる」

「なんで振られる前提なんですか」


 なんて言いながらひとしきり笑って、乃木は僕のほうに小指を立てた。


「約束ですよ、先輩」







(了)

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