桃太郎・オブ・ザ・デッド

瘴気領域@漫画化してます

桃太郎・オブ・ザ・デッド

「桃太郎、お前をこの鬼退治パーティから追放するわん!」

「は? いきなり何を言い出すんだ。玉ねぎでも食べておかしくなったのか?」


 それは、いよいよ鬼ヶ島に攻め入ろうという前夜であった。

 4人で焚き木に当たっていると、イヌが桃太郎に対して突然追放を宣告したのだ。

 桃太郎は驚いたが、すかさず言い返した。


「追放って言っても、そもそも俺のパーティじゃないか。不満があるならお前が出ていくのが道理ってものだろう、イヌよ」

「ウキキキ、そうとも限らないもん。桃太郎さん、じつはあんたこそ仲間はずれなんだもん」


 今度はサルが口を挟んだ。

「俺こそが仲間はずれとはどういう意味だ」と桃太郎は尋ね返す。


「ケーンケンケンケン。質問に質問で答えるバカ発見だけん。簡単なナゾナゾけん。そんなこともわからない脳筋サムライモドキにはついていけないけん」

「くそ、はぐらかさないではっきり言え!」

「はぁ、教わらなければわからないのかわん。イヌとサルとキジには共通していて、桃太郎、あんただけは違うことを考えてみるわん」

「俺だけが違うこと……だと……」


 桃太郎は必死で考えた。

 俺だけが違うこと……多すぎて逆に正解が絞り込めない。

 しかし、悩んでいても話は進まない。

 思い切って答えてみる。


「ふん、簡単なことだ俺は人間で、お前らはけだものだ。だからお前らは、俺に従わなければ――」

「ワーンワンワンワンワンワン!」

「ウーキキキキキキキキキキキ!」

「ケーンケンケンケンケンケン!」


 けだものどもの哄笑が桃太郎の耳を突く。


「こりゃあ傑作だわん。自分を人間だと思っていたのかわん」

「当たり前だろう! 人間でなければ俺は何だ!」

「桃に決まってるもん。桃から生まれるのは桃だもん」

「は……? 俺は桃から生まれた桃太郎で……」

「桃から人間は生まれないけん、常識的に考えるけん」

「そ、んな……バカな……」

「ワーンワンワンワンワンワン!」

「ウーキキキキキキキキキキキ!」

「ケーンケンケンケンケンケン!」


 桃太郎の視界がぐにゃりと歪む。

 ぐるぐる、ぐるぐる、目が廻る。

 ふらふら、ふらふら、立ち上がる。

 ずるずる、ずるずる、後ずさる。


 桃太郎は刀を抜いた。

 木が引き裂けるような奇声を上げて、イヌたちに切りかかった。


「植物野郎が正体を表したわん!」

「やっちまうもん!」

「叩き割って薪にしてやるけん!」


 桃太郎がいかに剛力無双とはいえ、所詮闘いは数。

 奮戦虚しく桃太郎はその身を横たえた。

 しかし、流れ出るのは赤い血ではなく、茶色の樹液。

 なんということか!

 イヌたちの主張は正しかったのである!


「まったく、薄気味悪いやつだったわん」

「だいたい、こいつの育ての親ってのも本当にいたのか怪しいもん」

「考えるだけ無駄けん。こういう妖怪変化は火に弱いと決まってるけん。焚き木にくべて、まるごと灰にしてやるけん」

「うん、そうするわん」

「土に埋めたらまた生えてきそうだもん……」


 イヌたちは、桃太郎の身体を引き裂き、一晩中かけてそれを燃やした。

 桃色の煙がもうもうと天に昇っていく。

 朝日が半分顔を出したところで、ようやくすべてが灰になった。


「ふう、ひと仕事済んだわん」

「少し仮眠を取るもん」

「賛成だけん。もうくたくただけん」


 イヌたちは、その場で横になって寝息を立てはじめた。


 * * *


 そのはるか上空では、桃太郎を焼いた煙が雲まで届いていた。

 煙の粒子が核となり、雲の水分を大きな粒に変えていく。

 桃色の雨粒となって、地面に降り注いでいく。


 * * *


「ひゃあ! 冷たいわん!?」

「わっ、雨だもん!」

「これはたまらんけん! 雨宿りするけん!」


 三匹は近くに漁師小屋を見つけ、そこに逃げ込んだ。

 すっかりずぶ濡れで身体が冷えていた。


「お、囲炉裏があるわん」

「こっちには薪があるもん」

「ああ、助かった。火をつけるけん」


 火打ち石がカチカチと鳴り、ぽっと火がつく。

 三匹の身体が炎に照らされる。


「サル、頭に木の枝がついてるわん。取ってやるわん」

「あいてててて! 何をするもん!?」

「イヌこそ耳に小枝が入ってるけん」

「キジだって、左目から枝が……ひぃぃ、動いてる!?」

「うきき、もも。もごぉぉぉおおももももん」


 三匹の体から、でたらめに木の枝や根っこが生えた。

 枝も根も、ものすごい勢いで伸びていく。


「わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛」

「も゛も゛も゛も゛も゛も゛も゛」

「け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛」


 一刻とかからず、三本の桃の木へと変じる。

 囲炉裏の火が燃え移り、盛大に桃色の煙を上げる。


 桃色の雨は拡がっていく。

 鬼ヶ島に降り、人里に降り、都に降る。

 大陸に渡り、唐国に降る、天竺に降る、太秦に降る。

 ありとあらゆる生き物が、桃に変じる。


 こうして地球は、桃という単一生物種に支配される惑星となったのです。


(了)

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