第24話 フラッド
ジョージが倒れた時が分水嶺だったのかもしれない。
それ以降は危なげなく立ちふさがる敵を処理することができた。
なんなら、床に転がった魔力塊を回収する余裕すらあったほどだ。
そして、僕たちは、負傷者こそいたものの、一人も欠けることなくダンジョンを脱出することができた。
救出に入った10人、無事だった3人の13人ともなれば、いくらそれなりの幅を持つ螺旋階段でも、前後に伸びた隊列になってしまう。
一同は疲れ果てており、言葉もなく、とにかく長い螺旋階段を上がっていく。
中層の扉の横を通り、そして上層の扉が並ぶあたりまで来た時に、何人かが異変に気付いた。
「おいっ、なんか様子が変だぞ」
気が付くと、上の様子がいつもとちがう。
この時間であれば、いつもなら大勢のにぎわう声が聞こえてくる。そして、時には諍いの怒号が流れてくるのが普通だ。
だが、今は妙に静かだ。
そして、そのことに気付いた時、上から白いものが落ちてくる。
「
落ちてきたのは白い人骨。
当然人間ではないだろう。
たとえ、死んだにせよ即白骨になるはずもない。
「まさか、溢れフラッドか?」
フラッド、すなわち洪水になぞらえて、ダンジョンからモンスターがあふれることをそう呼ぶ。
これはダンジョンが起こす最悪の被害であり、これを防ぐために冒険者が日々ダンジョンに出向いていると言っても過言ではない。
かつて、ダンジョンはモンスターがはびこる人外未踏の地として認識されていた。
あえてそこに踏み込もうとするものはおらず、放置されていた。
その結果としてダンジョンから外へモンスターがあふれることになり、その周辺の国は対処に追われることになった。
中には何とか押し返し、モンスターをダンジョン内に押し込めることに成功したところもある。だが、それに失敗して、結局町や村を引き払うことになった場所もあったという。
その結果どうなったか?
モンスターがはびこるダンジョンの周囲が、新たにダンジョンになってしまったのだ。
いわば、ダンジョンという国が周囲を侵略し、領地を広げるような状態になった。
ここで、ようやく人々はダンジョンというものの厄介さに気付いたのだ。
人が、動物が、生きるための土地が、ダンジョンに奪われていくのだ。
ここから、冒険者という職業がダンジョンを攻略するという図式が生まれる。
中には、総力を挙げてダンジョンを攻略し、その最奥にいる主たるモンスター、通称魔王を倒すことに成功したところもある。
攻略されたダンジョンは跡形もなくなり、その跡地は未開ではあるものの人が開拓し、住むことのできる土地となった。
こうして、今でも世界各地では人の領域を増やすためのダンジョン攻略が行われているのだ。
一般的なダンジョンは一本道だ。
パランデラ大森林がそうであるように、手前から最奥までが一本道で、冒険者は手前の層から優勢にしていき、だが進めば進むほどモンスターが強くなってある程度のところで均衡し、階層の優勢を人間とモンスターが取り合う一進一退の攻防が続いているのだ。
だが、ここサイオンは特殊だ。
早くから奥の階層まで足を運ぶことができ、階層を飛ばして優勢にすることができる。
そのため、どういう状況になれば攻略が進展しているといえるのか、どういう状態であればフラッドを防ぐことになるのかは、最初から議論されていた。
今の管理局の見解としては、最低でも一階層が優勢であればフラッドは起きないということだが、これは希望的観測だろう。
実際の冒険者の間では、少なくとも上層とされる10階層までは優勢が保たれている状態でないと安心できないと言われており、実際にそのように努めることになっていた。さらには、それが今のサイオンの冒険者の力量としても現実的な線だということもある。
だが、本当にそれでフラッドが抑えられるのか、どこまで攻略すれば安心なのかは手探りの状態であり、まだできて3年ということもあって良く解っていない。
だから、大丈夫だと思っていても、どこかで安心できない僕たちは、この状況に即フラッドを連想したのだった。
「まずいな……よし、敵を蹴散らして門に走ろう」
「どっち?」
門は東と西にある。
「地上に出てから考える。敵の薄い方を見極めるんだ」
東はトーマスの一党が管轄している。それに対して西は『トカゲ』と『子供』だ。
螺旋階段の終点、地上は北の管理局正面にあるので、ここから東西の距離に違いは無い。後は東と西のどちらを選ぶか? トーマスは頼りになるししっかり門を守っているだろうし、西の『トカゲ』は所属に冒険者が多いことで知られている。
恐らくどちらもたどり着けさえすれば何とかなるだろう。
「よし、走るぞ」
ここまで疲れているが、だからといって死ぬわけにはいかない。
僕たちは、地上に飛び出した。
戦士を中心に展開する。
「東だ!」
マテルが指示する。
僕の目にはどっちがいいかはわからなかったが、言われてみれば確かに少し敵の密度が薄い気がする。
気がする、だけで一面に骨の白い姿があるのには変わりない。
幸い、それより強いモンスターは出て来ていないようだ。
ここでこの一面が
僕たちは、というか前線に立った戦士たちは骨を切り捨てながら移動する。
ダンジョン街は、中央にダンジョンの大穴があり、その周囲は第一通りとしてそれなりのスペースが取られている。その外側に建物が丸く囲んでおり、切れ目は東と西の二か所だ。
第一通り沿いの建物は冒険者管理局のものであり、北側には窓口など普段僕たちが出入りする施設があり、この間ホリーが運び込まれた治療室は南側の半円にある。
そして管理局の建物の外に第二通り、その外に第三通り、第四通りと続き、第五通りの外側が城壁になっており、門もそこにある。
僕たちが住んでいるサイオン外壁と違い、ダンジョン街は外壁にくっついた建物が無い。
これは、万が一にもモンスターが出てきたときに少しでも外壁を越える可能性を減らしたいとのことで、そのような構造になっている。
僕たちは、建物に沿って、敵の位置を制限しながら東の通りを進む。
やはり、モンスターは外に向かって広がろうとしているようで、だんだん増えてきた。それに、
下層で活躍する戦士たちの敵ではないが、臭い。
密閉空間ではないのだから、むしろ臭い自体はましになっていておかしくないのに、なぜか外の方がひどく感じる……ああ、そういうことか……
骨は骨のままそのあたりに転がる、同様に腐った死体も腐った死体のままに通りに転がっている。
ダンジョン内とは違って死体が消えないので、その分の死体の臭いがそのまま残り続けるのだ。
「ひどいな……」
誰かがつぶやく。
「後が大変だな……」
そうだ、後始末もしないといけない。こんな死体を放置してダンジョン街を再開するわけにもいかない。
幸いなのは、この場でダンジョン街の住人と思われる死体を見ていないことだ。
きっと門から外に逃げることができたのだろう。
それはそれで、門の外が大変な人込みになっているだろうが……
「見えたぞ、戦っている」
誰かの声に前を見ると、門の周囲で剣を振っている冒険者の姿が見える。
「あと一息だ、気を付けろ!」
これはマテルだ。今も剣を大振りして先頭を切り開いている。
もう彼も含めて剣を振っている皆はゾンビの汁まみれで、ひどいありさまだ。
それに対して、後衛の僕たちは汁まみれは避けることができているが、臭いは逃れることができない。
我慢しながら、ようやく城門にたどり着く。
門の前に陣取っているのはトーマスの腹心、大男のグレッグさんだった。
「災難だったな、だがよく生き延びた」
「外はどうなってますか?」
「大丈夫だ。こちらも、西も、何とか封じ込めに成功している」
「そうですか、良かった」
そこに、マテルさんが割り込んでくる。
「悪い、俺たちはしばらく休憩できないか?」
「そうだな、今のところ余裕がある。段々敵が強くなってきたらお願いしよう」
「すまないな」
「これから強くなっていくんですか?」
「ああ、ベイズはまだそのあたりは知らないか……出てくるのは弱い方からだ。最後にはかなり奥のモンスターも上がってくるぞ」
「そうですか……それは……大丈夫でしょうか?」
「わからん。このダンジョンがどれぐらいの深さかわからんしな……だが、逃げるわけにもいかん。とにかく、今は体を休めるぞ」
「……はい」
冴えない彼に許された、たったひとつの冴えたやり方 春池 カイト @haruike
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