古代秘宝の伝承地 5

 来た時に出会った2人の精霊だ。初めて見た時と同様に、支給人の姿をしていた。


 精霊の姿を、本で見かけるような、小さくて羽の生えた妖精のような姿を想像して目を閉じ、瞬きしてみると、本当に思った通りの容姿をして現れ、ひどく驚いた。


 薄い羽は虹色のような、美しい色の光沢。服装は支給人の服装であるけれども、白く上等な布地でできていて、2人ともピッタリ似合っている。


 めいっぱいに羽ばたき、小さな体でティーポットを持ちながら、温かいお茶を淹れてくれた。香りの良いハーブティーのようだった。


 見せてもらったバラは、持ち帰ることができないらしい。小さい鉢植えをテーブルの上に飾る。

 膝掛けをふわりとかけて、談笑する。


「ありがとう。悩んでいたこと、ちょっと小さくなった」


「けれども、その悩みは無くなってはいない」


 これもバレている。


「悩みがある時は、一人で悩まないこと」


 少し俯いてしまう。

 やっぱり、言えない。


「……では、未来に向けて、前を向きましょうか」


 番人はバラの花を指先でそっと撫でた。


「夢、これからやってみたいことはありますか?」


 唐突に聞かれると少し、いや、かなり困った。

 最近も聞かれた。これまで選択肢なく、日常生活を送りつつ学校に通っていたのに、突然、親や先生に聞かれるこの質問。


 夢なんて、進路希望でぼんやりと考えた位で、あんまりきちんと考えたことはない。


 小さい頃は、お金持ちになりたいだとか、世界旅行に行くとか、ケーキをお腹いっぱい食べるとか、突発的に答えていたけれども、現実に今、何かと引き換えて本当に実行したい? と聞かれると少し違うと思った。

 あとは、周りと同じように、流行の職業を夢として適当に答えてはいたのだが、もうそういうわけにはいかない。

 

 そして、それが自分にとって最善の物なのかも、よくわからなかった。少しだけ自棄っぱちで思い浮かんだものを答えてみる。


「うーん、そうだなぁ…………。やっぱり一番は、遊びたい、かな。色んなものを見てみたい。まだまだ学生だし」


 漠然としているなぁと思う。けれども、番人は嬉しそうに頷いて聞いてくれた。


「そう、良かった。その気持ちがあるということは、素晴らしいことですよ。……他にもありそうですね?」


 この間少しばかり考えていたことを思い出して話す。


「……けど、実は勉強したり、本を読むことも好きなんだ。それを誰かに教えることも。だから、そういったことができる、そんな仕事ができればなぁって、何となく思ってる」


「他には?」


「それと、その……恥ずかしいけど、一回、小テストでもいいから百点満点をとってみたい、と思う……」


 少しづつ声が小さくなるが、それを拾い上げるように、番人の言葉が紡いだ。


「……未来はつくるものです」


「やってみたいことを大切に。たとえ誰から何を言われようと、関係ない」


 未来はつくる。

 半信半疑だった。あまりそんな事は考えたことはなかった。漠然と、自分の未来はとうに昔から決まっていて、閉塞感の中で何となく過ごして、何となく決まった道に進んでいる、とそんな風に考えていたけれども。

 つくれるものだろうか。


 つくれるものなら、つくってみようか。

 思わず、顔を上げる。


「……そんなこと、僕にできるかな?」


「あなたなら、必ずできます」



 閉ざされていた物が開いたような感覚。

 やってみようという気持ちになる。

 少し吹っ切れ、前を向く。



「ここに来るまでは一人になりたかったんだ。でも、冒険して、喋って、新しいことを見つけると、何だかちょっと、楽しいって思えてくる」


「ここに来た時、あなたは人を呼び、そして私と出会った」


 僕は「そうだったね」とティーカップに口づけ、残りのハーブティーを口に含んだ。


「本当に一人になりたい訳では無いのです。一人になって、一人で決断する。それが時に、ひどく悪い決断となる時もある」


 ティーカップを置き、彼女の方を見ると、艷やかな髪を揺らし、立ち上がっていた。

 どうしたんだろうと思っていると、こちらに近付いて、深く見つめてきた。

 大切な話だろう。少しばかり距離が近い。

 さすがにドキリとして思わず目を逸らしたが、真剣な話だと、その澄んだ瞳を真っ直ぐに見返した。


「決して、一人になって、倒れてしまわないで。必ず、誰かに支えて貰うこと。両親でも、兄弟でも、友達でも、先生でも。誰かに必ず。もし誰もいなければ、私が必ずお助けいたします」


 真剣な目をしている。本気で、心配してくれている。


「そして、再び立ち上がった時、今度は倒れそうになっている周りを、あなたの力で支えてあげてください」


 こちらも、真剣な眼差しで頷く。

 心に思ったことを、そのまま声に出した。


「……会えて、良かった」


 番人を見る。


「君は、一人じゃ無いの?」


「私はここで大切な人と暮らしています。精霊達も、そして、訪れる貴方達もいます。温かく支えられ、励まされていますよ」


「だったら、大丈夫、かな。僕も、やりたいこと、やってみたい。その……名残惜しいけど、そろそろ現実の、元の自分の部屋に戻ろうと思うんだ。帰ってから、またここに戻ってこれるかな」


「もちろん。すぐに帰れますよ。こちらにも、あちらにも」


 初めの扉に向かって、帰ろうと立ち上がったが、何となく身体が重く、椅子に再び腰掛けてしまった。その様子に番人は「そのままで」と微笑んだ。


「人は皆、幸せになる権利がある。あなたも幸せになっていいのですよ。つらい時は何度でもいい、ここに帰ってきて」


「ありがとう。……そうだ、聞いておかなきゃ。番人さんは、なんて名前なの?」


「私のことは、そのまま『番人』と呼んでください。この世界の者は個人の名前という概念は無く、呼び名を自分や周りで決められるのです。通り名もありますが、周りは皆、番人と呼び、私もそれをとても誇りに思っています」


「決まった名前が無いの? 番人さん、でいいの?」


「はい。私もその呼び名が一番安心します」


「……そう、番人さん、だね。じゃぁ、そのルールに合わせようかな。僕のことも好きに呼んでもらえたら良いよ。その、改めてこれからも、よろしくね。あとは……ここの場所は皆なんて呼んでいるの?」


「そうですね、皆、ここは『宝の部屋』だと呼んでいます」


「そのまんま! じゃあ僕も、ここにある部屋は『宝の部屋』って呼ぶことにしようかな。でも、他にもうちょっと良い名前も考えてみるよ。ねぇ、またお茶でも飲みながら記録書を読みに来て良い?」


「えぇ、いつでも来ることができますから、好きな部屋で、好きな食べ物や飲み物を頂きながら、ゆっくりとお過ごしください、小さな学生さん」


 微睡むように、頭がぼうっとしてきた。けれども、番人の声ははっきりと届いた。


「貴方は、素敵です」


「それをどうか、決して忘れないで」


 鈴のような声が響く。


「戻った際は、良い方向に、自分も周りも導いて」


「うん、今なら出来るよ」


 急激な眠気に襲われ、目を閉じる。


「全ては、あの人から受け取った言葉。私を力付けてくれた。あなたも支えられ、立ち上がることができますように」


 声が遠くの方で聞こえた。


 そして、全てが途切れた。






 ふと目を覚ますと、自分の部屋の、暖かく柔らかい布団の中だった。

 時計を見たが、ほとんど時間は経っていない。

 しかし、思う存分に休んだ後のように感じる。


 素敵だと言ってくれた。

 たったそれだけで、強くなったと自覚する。


 嫌だった事を乗り越えて進める。


 自分の部屋の鏡を見る。一番初めに来た部屋で見た鏡と同じ姿の自分が映っている。

 けれども、間違いなく、顔付きが変わっていた。

 さっきよりもずっと良い表情だ。


 今、この瞬間も自分の人生。

 そして、この今を目一杯に充実させる。


 髪型を整えて、持っている中でとびきりの部屋着に着替えた。

 宿題の本を開ける。

 いつか、あの子や、誰かに教えてあげる日が来るだろうか。

 家の皆が帰ってきたら、ご飯の支度を手伝おうと思う。喜んでくれるかな。


 カレンダーに目を配る。今年こそ、夏祭りに行って、目の前で大きく開く花火を見たい。雪の降る冬に雪だるまを作ってみたい。

 そして…………。


「……『古代秘宝の伝承地』」


 『宝の部屋』に行って、あの秘宝を見に行くんだ。


 世界を彩る。周りも、自分も良い方向に導く。


 僕は、目の前の問題に向き合い、次々と解を出していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こぶし伝 和柄 雅 @wagara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ