古代秘宝の伝承地 4
夜空に天馬が翔けていく。
戻ってきた星空の輝く部屋の窓に飛び込み、そのまま床へと舞い降りていった。
番人は再び本を開くと、突然床に階段が現れた。
天馬は飛翔しながら階段の上を降りていく。
階段が終わると、やがて薄暗い洞窟の中に入っていった。
ここはどうやら鍾乳洞のようだ。天井は低く、道の左右には冷たそうな水が流れている。澄んだ水滴が水面を打って、小魚のような影も見えた。奥からは、小さな滝の流れるような音が響いている。
ひんやりとした空気に、胸の奥がワクワクした。
この先に、何が待ち受けているのだろう。
「まさか、怖いものは出てこないよね」
「ええ、ここは私が守る地ですのでご安心を」
伝わったのだろうか。歩きながら、天馬は羽でそっと、僕の体を包みこんでくれた。
洞窟の中を進む。
所々に置いてある蝋燭等の灯りが自動的に点灯していく。
「……これって、センサー式?」
「目には見えませんが、精霊達が点けてくれています。目の前に現れる必要が無い時は、あのように自然に溶け込み、姿を消しているのです」
精霊が側にいるんだ……。
目に見えないと聞いたけれども、一体どこにどれほど存在しているんだろうか。
不思議に思いながら、しばらく進む。
奥の方に木製の棚が壁に設置されていて、棚の上にキラキラ光るものが見えた。
そして、その光は、奥に行くほど輝きを増していった。
「さぁ、古より引き継がれし秘宝……見えてきましたよ」
「これが…………秘宝? 全部?」
「目に見える価値あるもの、全てです」
数々の宝石、金貨、宝箱。
美しい価値ある秘宝が天井まで積み重なっている。
ランプや蝋燭が点灯していく。
その光を反射して、宝は黄金に輝いていく。
道は広がり、やがて鍾乳石が取り囲み、高い場所から滝が流れる広場のような場所に出た。
奥の方は光が届かないが、とてつもなく広い洞窟の空間だとわかる。
広く暗い中、先程見た天の川のごとく、金色に光る海のように、金貨や金の延べ棒が床一面に広がり、色とりどりの磨かれた宝石が彩っていた。
「うわぁぁ……! すごい、すごい! 本物? 触ってもいい?」
前のめりになりながら、天馬に降ろしてもらい、急いで床に足をつく。身体の重力が戻り、まだ揺れているような感覚に陥って、少しふらつき、地面を踏みしめた。
「えぇ、傷付けないようにして触れて頂ければいいですよ。全て、本物ですからね」
夢中になって宝に触れる。
「この結晶、すごい綺麗だ……」
「アメジストの結晶。このようなものが自然にあったのですよ」
「これは?」
「サンゴの宝石。美しい色をしている。そっちのは螺鈿の器。今でも虹色の輝かしい光沢をしています」
「金貨の海、飛び込んでみていい?」
「もちろん!」
あんなに抑揚の無い自分だったのに、こんなに楽しんでいる自分がいる。
靴を脱いで、金貨や金の延べ棒を背にして、大の字で転がる。
金貨を空に投げると、灯りに反射して、きらきらと光り、カチカチと音を立てて、金の山に重なっていった。
宝石のネックレスや王冠が転がっていて、つけてみる。
ちょっとばかり王様気分だ。一度はやってみたかった、宝石を着飾ることができて、嬉しく思った。
番人にもつけてあげた。ごてごてに飾り付ける。そして、お互い笑い合った。
「楽しい事、嬉しい事はまだ出会えていないだけ。これからのあなたは、たくさん出会う事が出来ます」
「本当だね。まさか、こんなに宝物があるなんて、夢にも思わなかったよ」
ふと奥の方を見ると、壁面が木造の本棚になっている部屋の入口のような場所があった。
「あっちは?」
番人は、奥の一点を見つめ、頷いた。
「……あちらは、この地で一番大切な宝がある場所」
「一番大切な宝?」
思わず、身を乗り出してしまう。
「そう、守らなければならない最も重要な宝であるのが、古の記録書。……これらを大切に仕舞ってある書庫です。ここから見える本棚にある本、全てがその記録書です。どの宝よりも価値が有るので、あのように特別に飾られています。近くに行ってご紹介しましょう」
「この中で一番大切な宝が……記録書……」
こんなにも価値ある宝物が沢山ある。こんなにあるのに、その中で、本が一番大切であるとは……。一体どれほどのことが書かれた本なのか。
見てみたいという気持ちが、心の奥底から体を突き動かした。
薄暗い中、近付いていくと、古い図書館のような、隠れ家のカフェのような、なんだか秘密基地の一部屋にも見える、本に囲まれた少し落ち着く空間があった。さらに奥にも扉があり、中を覗いてみたが、同じように壁一面に書物が並んでいるのが見えた。
番人はとても大切そうに、本棚の木枠と、本の背表紙を撫でた。
「この本が一番大切な物なの? たくさんあるね。ひとつ、あけてみていい?」
「秘宝の一つ。太古の記録。そのうちの新しいごく一部の物です。人間と精霊が争いを繰り返し、その終結が書かれている」
「秘宝、全然、隠されてないね」
お互い、少し笑ってしまう。
「我々しか知らない宝です。書物は、読んでもらうことで価値がある。誰かに知られることで宝となる。全て読んで良い本ですよ。よければ、開いてゆっくり読んでみてください。驚くかもしれません」
「これ、さっき庭で見た花の名前」
本を開けて、文字を読む。
瞬きした瞬間、なんと、目前に美しい草原が広がっていた。
大気が揺れ、風が巻き起こり、通り過ぎていく。
「えっ? 本棚の部屋にいたのに」
青空が広がり、少し肌寒い風が頬を撫でた。
広大な土地に、豊かな緑が生い茂っている。
遠くの山々には雪が積もり、白くなっているのが見える。
精霊が住む地と聞いたが、この自然を見ると頷ける。
創り上げられたかのように美しく、胸のつかえが取れて、景色の中に飛び込めるような感動が押し寄せる。息をするのも忘れそうだった。
天馬を見た後であったので、心づもりは出来ていたが、見たこともない大きな鳥や、翼竜のような生物が雲の合間を通り抜け、空を舞っている。地上には、首長竜も何匹か垣間見えた。
うわぁ、と声が出て、思わず両手を広げる。
夢中になって、近くが見えていなかった。
ふと、草を踏む音が聞こえて、驚いてはたとそちらを見る。
草原に、同じ年頃位の女の子が立っている。
清々しい優しい空色を背に、大地色の髪が風に揺れ、白の衣服がはためいている。
瞳が、こちらの方向を見ているようだ。
思わずじっと見てしまう。
吸い込まれそうだった。
手に持つ本の感覚を思い出し、本を閉じると、その景色も彼女も消え、また元の蝋燭の明かりが灯る、本棚の部屋に戻ってきた。
番人は、嬉しそうにこちらを見ていた。感想を待ち構えているように、ワクワクとした顔をしている。
「いかがでしたか?」
「今……今のって、僕、どこかに行ってた? それとも、プロジェクション、マッピング……?」
「現代の技術ではそのように呼ぶみたいですね。そう、本を開けば、この世界の昔、当時の記録が蘇ります。今の現実、本物では無いのです。けれども、それに近い形で再現された、記録の中に入ることができます」
「記録の中……この記録の当時の風景の中にいてたってこと? 今さっきのが……?」
記録の中とは言うが、景色は本物と寸分違わなかった。これも夢に等しい世界が創り出したものなのだろうか。体験したことがあまりに衝撃的で、放心した。
「お気に召しましたか?」
「すっごい! とっても! わぁ……もっと読んでみたい!」
「そちらに上等な椅子と机がありますので、もし良ければかけてご覧頂いて構いません。元の部屋でも、別の部屋でも、何処でも、ゆっくりと目を通してください」
思わず本を開きかけた。けれども、少しだけ漠然とした不安のような何かが動きを止めた。先程の光景は本当に本物のようで、開いてしまうと、しばらくは動けなくなりそうだった。
あの少女は、何者なのだろう。姿がはっきりと目に浮かぶ。きちんと知りたいと思った。
そして、今開くのはもったいないような、そんな気がした。
「……うーん、やっぱり、ちょっとストップ。これ、全部でしょう? たくさんあるから、時間があるときにちゃんとゆっくり読んでみたい。それに、番人さんとも、もうちょっとお話してみたいし」
「ふふ、ありがとう」
「次の楽しみにとっておくよ」
そう言った途端、番人は何かを思い出したように、ハッとしたように動きを少しとめて、次に寂しそうな表情をして微笑んだ。
「……そう、そうでした。もしもこの本を気に入った方がいらっしゃったら、見せてあげてくれと、前にここに来られた方から、お預かりしていたものがあったのです。あなたにお見せしましょう」
「本当? なんだろう」
番人は、本を開きながら、奥の部屋に入ると、手に何かを持って、すぐに出てきた。手元がランプの灯りで照らされる。
それは、綺麗に見事な花弁をつけたバラの鉢植えであった。
「うわぁ、綺麗な花……」
「花が好きな彼も記録を残しています。共にまた読みましょう」
「……うん、ありがとう!」
再び天馬に乗って、元の星空の部屋に戻ってきた。番人が本を閉じると、天馬は天窓から飛び出してどこかに行ってしまった。背中に向かって、お礼を言った。
再び星空の下、席につくと扉が開き、誰かが入ってきた。
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