古代秘宝の伝承地 3
「毎日がつまらないんだ」
「嫌な事があると、どんなことも味気がなくなる」
本当は、その嫌な事を話さないといけないかもしれない。
けれども、番人は何も言わずに聞いてくれた。
「例えば?」
「今の僕には、ここがただの夜にしか思えない」
そう話すと、彼女は微笑み、言葉を紡いだ。
「星々が輝きを放つ夜空、満天の星」
番人は、星々を見つめている。
「世界を彩る。これが大切なこと」
「過去や今生きている人達が、今と未来の為に、私達に生きる楽しみを下さってきた。それを忘れてはいけません」
更に番人は微笑む。
「私と今から旅をしましょうか」
「旅?」
急に思ってもいなかった事を提案され、驚いた。
「この地には、たくさんの部屋、つまり、たくさんの旅する場所がある。実は、それも秘宝の一つ。忘れてはならない情景が保存されている。今から、ひとつの絶景にお連れしましょう」
「景色ならスマホで調べたら出てくるよ」
「気温や湿度、風、音。触れて実物を体感しないと。実物に近付いて、気が付くこともあるのです。天馬に乗って、空高く。ほら、行きますよ!」
彼女が大事そうに抱えていた本を開けた。
突然、天井から風が吹いてきた。見上げると、夜空を写した天窓がぱっと開いた。
「天馬って……ペガサス? うわっ!」
彼女が僕の腕を掴むと、驚くことに、体が宙に浮いた。水の中に入っているような、ふわふわと空中を動ける感覚。
そこに、天窓から美しい立髪を揺らした一頭の純白の天馬がかけてきて、ポンと背に乗せてくれた。後ろには番人が乗り、体を少し支えてくれた。初めて見たと驚きつつ首にしがみつくと、体全体から温かみが伝わってくる。
夢だ。これは夢なんだ。あり得ない体験に対して自分に言い聞かせる。
再び天窓を目掛け、天馬は羽ばたき、勢い良く上昇する。
そして、星が輝く空に、駆け出し、飛び出した。
夜風が心地良い。
星空の絨毯を駆けていく。
明るい星々がずっとよく見え、遥か遠くの方に、人々が住む灯りが見えた。
まるで、宝石の中にいるようであった。
「わぁ……綺麗!」
「星空の奥には未知の世界が広がっています」
天馬が翔けていく。星をこぼしたかのような、見事な天の川が天上に広がっていた。
「天の川は銀河を映し出している。ほら、あそこ。いつ消えるかわからない、星々の光が色とりどりに美しく瞬いている。そちらには星座があるとも聞いたことがあります」
星雲の合間に覗く、細い三日月を指差す。
「あれは、月? ここにも月はあるの?」
「月のような星であり、地球の月とは異なりますが、わかりやすく、月と呼びましょう」
番人は月を見つめた。
「そう、月明かりが優しく包み、我々を見守ってくれている。そして、この暗闇は私達を夢へと誘う」
天馬は数回羽ばたき、一目散に進んでいった。かなりのスピードだと思うが、先程の水中にいる浮いたような感覚のおかげか、風圧は全く感じず、ただ心地よく天馬の背中に乗っていた。
「一見すると、ただの星空。けれども、過去から人々が生み出してきた表現は尽きることがない程。数多くの星々は、今も昔もずっと、私達の希望でした」
走り抜ける内に、遠く離れた位置にあった、街の灯火が近づいてきて、見えてきた。思ったより、ずっとずっと広く、栄えた街のようであった。暗闇の中、一つ一つの灯りが光り輝いている。山の上等で夜景を見たことが無かったのだが、これ程にキラキラと瞬き、綺麗だったのかと、目を丸くした。
「すごい……」
「窓からでは見えなかった、街の灯り。たくさんの光が見えるでしょう」
「うん、近付かないとわからなかった。こんなにたくさん。眩しく光っていたんだ」
「世界は広い。辛い事をあなたの世界にしてはなりません。暗闇に流れる涙もあるけれども、光り輝く笑顔も沢山ある。それを思い出す事です」
心を揺さぶられる。たくさん、こんなにたくさん、人がいる。
今まで暗闇しか見えていなかった。けれども、視点を変えて、全体を見てみると、きちんと明るい光も灯っている。
自分の存在がとても、とても小さいものだと改めて認識する。
抱えるこの悩みも、ごく小さなちっぽけなものでしかない、と不思議と気持ちが軽くなっていた。
「この星、この世界には、あんなにたくさんの人がいるんだね」
「……これらは本物では無く、秘宝の一つ、太古の記録」
「本物じゃないの? 確かにここは夢の中のようなものだけど……太古の記録ということは、昔の映像みたいなもの? みんな、どうなっちゃったの?」
「ご安心を。ここにいた者は皆、新天地にて天寿を全うしました。記録では、昔この場に人々は生活を営み、このような情景が広がっていた。ということです」
この景色は今は無いのか。そう思うと、なんとなく胸を締め付けられた。
けれども、目の前に広がる光景は、本当にそこにあるみたいだと実感する。ぽつりとつぶやいた。
「なんだか、魔法みたい」
「魔法では無いのです。出来ないことも多々あります。……けれども、おっしゃるとおり、確かにこの技術は充分に魔法に値していると言えるでしょう。自信を持つべきものですね」
しばらくの間、浸るようにその美しさに目を奪われていた。
そして、天馬は旋回して、二人を乗せながらいなないた。元の部屋に戻るのだろう。再び街の光は小さくなり、夜空の星が深く光り輝いた。
「……良いものを見れた。さっきまで、なんであんなに塞ぎ込んでたのか、ちょっともったいなく思えてきたよ」
「今、この瞬間も自分の人生です。落ち込んでいては勿体ない、元気でいることが一番です」
山がせり出して、大きく滝が流れている側を通り、水が落ちる地響きのような音が会話を遮った。日常では聞くことのない、この大きな響きが身体の奥底から響き、エネルギーが伝わり、なんだか元気が出てくるように思えてくる。音が遠ざかるのを待って、番人は話し始めた。
「つらいと思った時は、今を動かしてみる。時間が止まっているから、辛く思えてくるのです。精一杯今を充実させてみると、不思議と前に進めるものですよ」
この番人も、昔つらい思いをしていたのだろうか、と思わず見てしまう。
「うん、ありがとう」
元の部屋の窓が小さく見えてきた。
ここで、気になっていた事を聞いてみる。
「ねぇ、さっき言ってた宝物」
後ろを覗き込む。
「金、銀、財宝、あるの?」
長い髪が風に揺れ、顔がよく見えた。番人は、ぱあっと弾けたように、嬉しそうな笑顔になった。
「もちろん! 約束でしたね。お見せしましょう」
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