古代秘宝の伝承地 2

 扉が静かに開く音がして、振り返った。

 すっとした執事服を着た男性と、細やかなレースがついた足元まで丈がある仕事着を翻す女性が、銀細工の配膳台と共にこちらに来た。

 あれだけ誰もいなかったのに、他にも人がいたことにかなり驚いた。


 洋菓子のケーキを並べるように、綺麗なお皿にカステラが見事に飾られている。包装紙だろうか、折り紙が下に敷いてあった。

 ポットカバーに包まれた温かそうなティーポット、おそろいのティーカップ、見事に磨かれた、カトラリーもテーブルに置いていく。

 別に置かれたマグカップには、どうやら温かいココアが入っているようで、甘くて美味しそうな香りがした。

 「ありがとうございます」とお礼を言うと、二人はぺこりと頭を下げて、再び扉の向こうへと帰っていった。



 見送った後、こともあろうに、ふと今日あった嫌な事を思い出してしまった。

 とても喉に詰まる感じがして、喜んで食べたいという気分が湧き上がらない。

 用意してくれたものだ。食べなければと顔を隠すように少し俯く。

 それを見た彼女が、また微笑んだ。


「こちらのカステラは、昔、ある店主が生涯をかけて完成させたものです。ふっくらして絶妙に甘く、ザラメも美味しい、とっても素晴らしい出来栄えです。毎日、お店は並んでも滅多に買えない程の行列、晩年には世界まであっという間に賑わせました。私もとっても大好きなお菓子です」


 彼女は、少し寂しそうな目元をして、星空を見上げた。


「けれども頑なに弟子を取らなかった店主が亡くなってしまい、普通ではもう二度とこの味は食べられなくなってしまった。そんな、とても珍しい一品です。コクを出す為に一晩寝かせてあります。しっとりと柔らかく、ふわふわな今、一口でも食べてみることをお勧めしますよ」


 ここまで聞くと、不思議と少しばかり食べたいという気持ちになっていた。


「……どうして今食べられないものがここにあるの?」


「ここでは、不可能な事が可能になることもあるのです」


 夢の中ならそうか、と妙に納得する。


「とっておきのココアをご用意しました。温めた新鮮な牛乳とあわせて淹れてあります。どうぞ。きっと心が落ち着きます」


 星明かりの下、蝋燭の灯りがテーブルを照らしていた。

 ふかふかの椅子にもたれて、美味しい温かいココアを飲むと、痛かった胸の内もほころんだ。


「あったかい……」


 ゆっくりと落ち着くと、少しばかり食べてみようと、カステラをフォークでつつき、一口食べてみる。


「うわぁ、本当に美味しい!」


 確かに、これまでに食べたことがない程の出来栄えであった。程よく甘く、しっとり、ふわりとした食感で、次々とフォークを運びたくなる。ざらめもしっかり入り、ザクザクと良い音がした。


 お気に入りの場所。

 美味しい食べ物と飲み物。

 緊張がほぐれ、元気になってくる。


 やっと笑顔を出すことが出来た。


 落ち着いてくると、疑問が泉のように湧き出てきた。


「あの……すみません、その、質問をしても良いですか?」


「もちろん。それと、敬語は使わなくて良いですよ。あなたは大切なお客様ですからね」


「……あなたは、何者? ここを守る番人って言っていたけれど、ここに何か守る物があるの?」


「私はただの番人。ここは、古より存在する、数多くの秘宝が眠る地。秘宝を守ることが私の役目です」


「秘宝??」


 宝物と頭で変換されて、目を見開く。


「それって、どんな?」


「数々の宝があります。一口には説明できませんので……。そうですね、主だったものを後でお見せしましょうか」


「……大切な秘宝なのに、見せてくれるの?」


「ええ、ここに来たお客様には隠さず、全てお見せして良いことになってるのです」


「ほんと? うわぁ、どんなものなんだろう、楽しみだなぁ」


 番人は、声を落とし、真剣な面持ちで話し始めた。


「但し、くれぐれも、周りにお話しないこと。話をしてしまえば、ここの出来事は全て忘れます。そして、ここにも二度と来れなくなってしまいます」


 二度と来れなくなる。来て間もないけれども、それは絶対にしてはいけない、そんな気がした。


「……うん、わかったよ、必ず約束する」


「ええ、約束ですよ」


 口にカステラを運び、運び終えると、ココアを口に含んだ。ゆったりとリクライニングして、天井の星を眺めた。

 ちらりと横目で彼女を見ると、長いまつげを伏せ、何やら本を手に取り眺めていた。

 正面で一緒に食べていると、大人がするデートってこんな感じなんだろうかと、少しだけドキリとする。


 せっかくなので、別の質問を投げかけてみる。


「さっき、ここは夢の中に等しいって言っていたよね」


「考えて自由に動けますので、正確に言えば、夢とは少し違います。けれども、わかりやすく言えばそうです」


「僕は家にいたと思うんだけど、夢の世界に来たってこと?」


「ここは、あなたの住む地球から遠く離れた星」


 あまりにも当たり前のように話すため、そうなんだと相槌を打ったが、話の内容が頭に伝わると、驚いてむせそうになった。


「星? 地球から遠い星って、宇宙!? そんなことありえる? 僕はどうやって来たの?」


「そう。ですので、あなたの体自体は来ることができません。家で寝ている状態にあります。けれども、来ようと思えばいつでも来れて、すぐにでも帰ることができる場所なのですよ。ここは夢に等しい場所ですからね」


「……? えっと……確かに夢ならすぐ来ることができるのかな」


 星空を見上げて、地球は無いか、と探してみるも、そのような青い星は見当たらなかった。

 夢の中。

 そう言っているが、食べ物の味も確かに美味しく、お腹も満たされている。現実と全く変わらない感覚がある。

 あんなに喉元も通らないと思っていたのに、食器は見事に空っぽになっていた。

 夢の中なら、もう少し楽しんでみようかな。


「ごちそうさま。とっても美味しかったよ。ちょっと元気、出たと思う。ありがとう」


 再び扉が開き、先程の支給人の二人が現れる。使い終わった食器を下げていき、礼儀正しく戻っていった。丁寧に、清潔そうな、ほかほかのおしぼりを置いていってくれた。


 温かいおしぼりを手にして、安らぐ。


「今の人達はここで働いているの?」


「いいえ、少し違います。彼らは秘宝の一つ。精霊です」


 ポカンとする。聞き間違いだろうか。


「精霊??」


「自然を制し、人の上に立つもの。普段は自然に溶け込み、彼らの居心地の良い世界にいる。姿を現していませんが、必ず存在します」


 ファンタジーの本でしか見たことがない。

 突然現実にいると言われて、呆然として口を開きかけたが、そうだ、ここは夢の世界だ、と自分を納得させた。


「ここには数多くの精霊達が住んでおります。

あなたの中で、見たいイメージが精霊の形を作る。どうやら、貴方のイメージした姿に模したようですね」


 お菓子を持ってくる人、と僕が考えた姿に変身した、という事だろうか。確かに、給食着の人より先に、この間テレビで見たメイドさんや執事さんがぱっと出て来た。

 次はもっと神聖な姿を想像してみようと思った。


「どうして、こんなにおもてなししてくれるの?」


 彼女は改めてこちらに向き直った。番人としての職務を果たそうとしている。そんな表情が垣間見えた。


「人の温かい心。幸せ、楽しみ、喜び等。この世界の精霊達は、これらの活力を元にして生きることができます。あなたが心休まることにより、精霊達は生きながらえることができるのです」


 番人は、いつも以上に真剣に話をしている。


「私は番人ですので、この地で宝や精霊達を守る役目を担っています。そのために、来訪者達の心の傷を癒やし、その力で精霊達を生かしています」


「つまり、僕達をおもてなしして、励ましてくれることで、精霊達もご飯が食べられる、ということ?」


「そうです。もし差し支え無ければ、あなたの抱えるものをお話頂ければ、苦しみの伴う心の傷を癒す、そのお手伝いを致します」


「僕の、心の傷……」


 思い出すとドキリとする。

 抱えていること。

 言ってもこの人にはどうすることもできないことだ。

 言ったところで、恥をかくだけでは無いだろうか。

 そんな気持ちが邪魔をする。


「……今日のことは、言いたくないんだ」


 うつむいてしまう。


「一人で抱え込む事は、絶対によく無いこと。遠慮なく、周りに助けてもらうのです。少しでも、あなたの言える範囲で、お手伝いいたします」


 そう言われて、窓から見える儚い光を届ける星を見ながら、ぽつねんと言葉を話し出した。

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