古代秘宝の伝承地 1
学校でとんでもなく嫌なことがあった。
家に帰った途端、布団に駆け込んだのは覚えている。
何がなんでも、がむしゃらに、一人きりになりたかった。
暗い布団の中で、ひたすら、体を丸くしていた。
それが今、真っ白な色をした部屋の真ん中にいる。
白い飾り細工が精巧に施された鏡があり、まっさらで丈が余る制服を着て突っ立っている少年の姿が写っている。
……間違いなく僕だ。
しばらくじっとしていたが、何も起こらない。
ここはどこなんだろう。
スマホの電源が入らない。不安が募る。
焦って辺りを見回すと、この部屋の壁にひとつだけ、これまた装飾が施された、立派な趣をした重厚な白い扉があった。とりあえず恐る恐る手をかけて押してみる。すると、ずっしりと重そうな見た目とは裏腹に、扉は軽々と簡単に開いた。
眩しく光が差し込み、思わず目を細める。
部屋の中に風が入ってくる。
扉は外に繋がっていた。
陽の光に慣れてきた瞳をゆっくり開け、一歩前に出ると、古くも美しい日本家屋のような、木造の渡り廊下に出た。苔むした庭に面しており、椿、水仙、たんぽぽ、チューリップ等など……春の花々が咲き誇っていた。足元がひんやりする。
昼頃だろうか、木々の間から木漏れ日が優しく覗いていたのだった。
こぶしの花がよく咲いていた。
廊下を歩くと、突き当たりにまた廊下があり、様々な形をした部屋の扉がいくつも並んでいた。
日本風の廊下では見られないような扉で、統一感はなかった。
勇気を出して、一つ目の扉をちょっと覗いてみたが誰もいない。
その次も、その次も。
何より不思議なのが、扉の見た目通り、全ての部屋が普通じゃなかった。
水族館みたいな部屋、砂漠の真ん中にある部屋、チョコレートの部屋。
おかしな部屋ばかり。
けれども共通して、椅子、テーブル、本、ティーセット、それとひざ掛けブランケットが必ず置いてあった。どれも品の良さそうな物ばかりで、一度是非とも使ってみたい、と思わせるような上等な品だった。
しかし、とにかく今は出口を見つけたい。尋ねられる人はいないか探したい反面、見つかったらどうしよう、という相反するこの感情に耐えながら、何も無い状況を打開する為に次々と扉を開けていった。
現実離れした場所。
そして、どこにも人がいない。
少しばかり怖くなっていた。
「すみません、誰かいませんか」
小さく声を出してみるが、返事はなかった。
このまま、見知らぬ場所で、ずっと一人だったらどうしよう。そう思った時だった。
次の扉に手をかけようとして、思わず手を引っ込めた。ドアノブが一瞬氷でできているように見えたのだ。しかし、落ち着いてよく見ると、透き通った宝石のような物でできているようだった。
その扉をよく見ると、水晶の結晶のように輝き、ひときわ目立って綺麗であった。
吸い込まれるように、思わず前に立ち尽くしてしまう。
ここには、何かあるだろうか。
触れると壊れそうな程の美しいドアノブにもう一度手をかける。
そして、扉を開けた。
今度の部屋の中は暗かった。
外は昼なのに、この部屋の中は、夜だ。
全面に施された窓ガラスの天井は透き通り、満天の星が広がっている。
プラネタリウムのドームのように、大きく広い部屋だった。
部屋の真ん中に目を配ると、夜空を映し出すような、黒いグランドピアノが置いてあった。
その椅子に、煌びやかで美しい衣装を身にまとう女性が書物を手に座っている。
やっと人を見つけた!!
そう思った矢先、女性と目があった。
全く知らない人だ。
人がいた、と少し安心した途端、いや、向こうからすれば、自分は部屋に勝手に入った不審人物じゃないか、とぶわっとしたものが込み上げる。
思わず扉に隠れてしまった。
同時に、女性は椅子から立ち上がった。
「ようこそ、いらっしゃいました」
鈴のような声が響いた。
やはりバレている。
そりゃそうだよね! と心の中で叫ぶ。
あの、すみません。えーと……。
考えるが言葉が出ない。
どうしていいかわからなかった。心臓がバクバクと、これでもかと音を立てている。
察してくれたのだろうか、柔らかく微笑んで、向こうから話してくれた。
「はじめまして。私は、この地を守る番人」
番人と名乗った彼女は、こちらに近づいてきた。
歩く揺れで、長い髪が艷やかに背から流れていく。
扉の前に来ると、立ち止まり、考えるように持っている書物を抱えた。
「あなたは……。……おそらく、何か深く傷ついてこちらに来られた」
その言葉に思わずハッと顔を上げてしまった。
もう消えてしまいたい、そう強く願って、気が付いたらここにいた。
……そんなこと人にはとても言えなかった。でも、何故、わかったのだろう。
「……生きていて良かった」
彼女が安心した顔で微笑み、つぶやくように言葉を放った。
「命を落とせば、ここに来ることができなかった」
澄んだ瞳に深く見つめられる。心を読まれているのだろうか。
驚きながらも、優しい言葉に、少しばかり落ち着きを取り戻す。
どうやら、相手は悪い人では無さそうで、こちらも不審人物とは思われていないようだ。
こちらに気付かれている以上、隠れていても意味はないかと、扉の影から出てくると、女性はお客様を招くような仕草をしてくれた。
「これまでの道中、さぞかし不安で、疲弊したことでしょう。よくここに辿り着きました」
彼女は一礼して嬉しそうに微笑む。
僕はただ、どうすればいいかわからず、何も言えずに佇んでしまった。
「せっかく来られたのです。美味しい物を頂きながら、少しお話しませんか? ここでは何でもご準備できます。とびきり美味しい、食べ物やお菓子、飲み物、何でもありますよ」
知らない人からこんなことを言われたら気をつけなければいけない。ずっと前に夏休み前に聞いた全校集会の注意事項を思い出して少し戸惑った。
どうしよう。
顔に出ていたのだろうか、彼女が続けて話し出した。
「ここは夢の中に等しい場所。ここで何が起こっても、元の場所に戻ったあなたには何の影響もありません」
「夢の、中……?」
思わず、初めて声が出た。
彼女は何を言ってるのだろう。
どう見てもこれは現実なんだけれど……。
「そう。ここで、どんなものを召し上がっても全く問題ございません。遠慮せずに、ごゆるりとお過ごしください」
頭の中で都合良く解釈する。
確かに、直前まで布団の中でいたということは、夢なんだろうか。今まで見てきた数々の部屋も、本物のようだったけれど、実在するとは考えられない。
いや、夢ということにしておこう。夢なら、せっかくなら覚めるまでここにいよう。
……何しろ今は、現実に戻りたくない。
そう思った。
「さぁ、どちらのお部屋でお話しましょうか? 今までお部屋をたくさん見られたと思います。その中で、あなたのお気に入りの場所はありましたか?」
お気に入りの部屋、と考えたが、なんとなく、今の部屋が一番落ち着くような気がした。この部屋を見渡した為に伝わったようだった。
「星空は思い入れがある、とっておきの場所。特別な、私のお気に入りの場所。……もしよければここで、美味しいものを頂きましょうか」
こくんと頷いてみた。
「それでは、おもてなし致しましょう。ごゆっくり、おくつろぎください」
窓際にある机と椅子に案内される。
座るよう促され、席につく。椅子は座り心地良く、テーブルも花瓶や蝋燭でおしゃれに飾られていた。ハーブだろうか、主張しない程度のふんわりとした、とても良い香りがした。
「食べたい物をおっしゃって頂ければ、どんな物でもご用意できますよ」
そう言ってもらえたが、緊張して何も浮かんでこない。その様子を見ると、椅子に座った彼女が手を叩いた。
「ちょうど美味しいカステラがあります。一緒に頂きませんか?」
提案してくれた。再び頷く。
「では、まずはこちらを頂きましょう」
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