最後の報告書 後編
背を向けた為、その後どうなったか、わからない。
すぐに村の自警団達を連れて駆け戻った。
しかし、そこには何一つ残っていなかった。
手分けして隅々まで探してみるも、ただいつもの景色があるだけで、何も無い。
痕跡すらない。
気にかけていた保護されている一角獣達も、皆無事であった。
仲の良いやつから、寝ぼけてたんじゃないのか? と笑いかけられると、隣家の息子が本当だよ、嘘つかないよ、と証言してくれた。
大罪の災いが起きたに間違いない。
精霊が生み出す光と、動けなくなっていたドラゴンが消えた事が何よりの証拠だ。
その結論に至った。
皆が黙祷を捧げた。
「その二人は誰だったのだろう」
男と女の特徴は皆に話して、察署に届出し、手がかりを探してもらえることになった。しかし、この辺りに住む人物では無いことは明らかであった。
「さぁさぁ、働きに戻らないと。精霊様からの天災をくらうぞ」
集まってもらってすまないと頭を下げると、いいよいいよ、その男と女とドラゴンのことが気になるが、あんたも皆も無事で良かったんだよ、と皆がそう言ってくれて、帰っていった。
そして、災い後の弔いの重い空気が残る中、何事も無かったように、また同じ日常に戻る。
「おっちゃん、ドラゴンどこいったの?」
「きっと、お家に帰ったんだよ」
「ぼく、お友達が欲しくって、ドラゴンにお友達になってもらうと思ったんだけどな」
「……また、会えたらいいね」
二人もドラゴンも生きている可能性もある。
まだ賊は潜んでいるかもしれないのだ。
しばらくの間、王族直下の兵士を派遣してもらい、街の警護達と共に周辺警備に当たってもらう事となった。
もしも何事も無ければ、男と、城と男を襲った賊と思われる女が災いを受けたと見られると、王族への報告書を作成しなければ。
そして、皆の弔いも。
家に帰り、すっかり眠りこけたこどもに、薄手の掛け布団をゆっくりとかけた。
香りの良いハーブティーを、お湯で温めたカップに注ぐ。
温かい湯気に触れると、心が落ち着いた。
息をつく。
この出来事の初めの報告書を記録する。当時の状況を思い出しながら、頭の中で、男の問い、女の回答をぼんやりと繰り返していた。
「人であり、自分であるのは今しかない。だから、今を大切に生きる」
謎が残る。
男が話した、世界が変わるとはどういう事だろう。
城では祭りが行われていた際に賊が入った。この男も祭りに来ていたのだろうか。
また、賊と呼ばれた彼女のあの回答は、なんだか男に生きる事を諦めるなと語ったようだった。
そして自分を逃してくれた。
城に入り込むなど、やはり金品や宝が目的だったのだろうか。
なんの因縁があってかは知らないが、精霊を使う技術を持ちながら、自らを犠牲にしようとしてまで、何故あの男を襲ったのだろう。
ドラゴンも、あの場所で落ち、災いに巻き込まれるなど全く予測していなかったろう。
「皆、もっと生きたかったのでは無いか」
あの場にいて、助けられなかった。
命が尽きた時に立ち会ってはいない。皆生きていて欲しい。
そう思うが、当時の状況と残された何も無いという証拠の現実が襲う。
今、自分に命はある。
今を大切に生きる。少しでも明るい方向へ進む。
自分は独り身で、植物と漠然と暮らしてきた、ただの人だ。
果たして、自分はこうしているが、あの女が伝えたかった言葉通り、明るく向かい、日々を過ごしていると言えるのだろうか。
漠然と考えていた所、ちょうど隣家の母親が息子を迎えに来た。
顔を擦りながら起きて出てきた息子を母親は良かったよぅ、と抱きしめた。
「あんた本当、危ないところ、末っ子が世話になったねぇ。ありがとう。すまんかったよ。本当、無事で良かった。あんたに命あって、災いから守ってくれたおかげで、うちの息子も命があったんだ。あんたが生きてて良かったよ」
思わず、一瞬言葉に詰まる。
生きていて良かった。
そう言ってもらえたのが、素直に嬉しかった。
「いえ、こちらこそ、ご心配をおかけしました」
「おっちゃん、ありがとう!」
「ほんと、命あって良かったよ。今日息子を守ってくれたこと、職場の娘達に話しとくよ」
「職場の娘?」
「あんたにぴったりな、良い縁談が見つかるよ。王城お墨付きの庭師だろ? とびっきり素敵な恋が、あんたを待ってるからね。期待して待っときな」
はは、ありがとうございます、とこれには思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「お母さん、今日のご飯ね、特別にスペシャルな・・・、それから、そう! お母さん特性、手作り煮込みカレー! が食べたい!」
「はいはい、ちゃんと言えたね。災い後の儀礼が終わってから、無事だったお祝いに、市場に行ってとびっきり美味しい食材、買ってくるからね」
「やったぁ!」
「そうそう、枝垂れ桜のとこのお菓子屋の新作! 果物ケーキも買わなきゃね。皆、美味しいって、すっごい評判なんだよ。庭師さんの分も、お礼に買ってくるよ」
「重ねて、ありがとうございます」
「やったね! あっ! お母さん、おっちゃんも見て!」
「ほら、ほら、見て、虹だよ! すっげぇ!」
遠く上の方向を見上げると、雨上がりの空に、透き通った七色に輝く虹が、淡く、天に大きく掛かっていた。
「すっごいラッキーだね。珍しいものいっぱい見た!」
「ほんとだね、こりゃきっと、何か幸運の良い事がこれから起こるよ」
他愛のないやりとりだったが、気持ちが前を向く。
自分は今も今までも、この時間を大切に、精一杯に生きてきた。
命があるから、このやりとりができる。
幸せを感じる事ができる。
今から、明日から、この先も、生きている限り、どこかで必ずまた、このような幸せに出会える。
生きて、明るい方向に進んでいくのだ。
そう答えが出てきて、女の言葉と結びつき、胸がすっとして、笑顔が込み上げた。
あれから数日、数週間、数ヶ月と経ったが、男も女もドラゴンも再び現れる事はなかった。行方不明者は現れていない為に、他に巻き込まれた者もおらず、関係ある情報も全く入らなかった。
まだ生きていて欲しいと願ったが、仕来りに倣い、弔いを密やかに行い、大切に育てた花を捧げた。そして、王族へ最後の報告書を送った。
当時は何も知らず、日常を過ごしていた。
あの王国の騎士のトップである、城の騎士長。そんな雲の上の凄いお方が、ひどく憔悴して青ざめた様子で、当時の状況を聞きにこの家を訪れるまで。
あの日、あの時、あの場所にて。
古より続いた精霊と人の争いは、終止符を迎えたのであった。
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