遊び人の適性があると言われた男、悪人相手に最強無敵の存在になって断罪する

@chest01

第1話

「この者が持つ適性の職は遊び人だ」

 少年を前に、神官が言った。

 この世界では5歳になると、適性のある職業の神託を受ける。


「そんな……王都裁判所の裁判官として代々司法に携わってきたゴルディア家の後継ぎが、私の息子の適性が遊び人だとは」


 少年の父は嘆いた。

 彼は目深にフードを被ったローブ姿で、顔はヴェールで覆われている。

 この国では犯罪者から逆恨みされて命を狙われないよう、フルネームを名乗らず、外見を隠すのが裁判官の正装だ。


「遊び人は奔放な生き方をし、道を誤る者も多いという。しかし私は我が子を見捨てたりはしない。愛をもって正しく接すれば、きっとしっかりとした人間に育ってくれるはずだ」




 ──20年後。


 深夜、王都近くの港で、倉庫から商船に荷物を運び込む一団があった。


 照明は最小限で、こんな時間に船荷ふなにを積み込むことなどありえない。

 闇の中で作業している者たちもチンピラのような風体をしており、非合法の匂いばかり漂っていた。


「急いで、さっさと運び込んでしまいなさい」

「へい」

 高級そうな仕立てシャツを着た小柄な中年の男、商人コアクトは部下に命じた。

 誰かに見られる前に積込を終わらせなければ。


 警戒しながら作業の進捗を見ていると、やたら目立つ者が1人混じっている。


 肩まで無造作に伸ばされた金髪、ピアスやブレスレットなどアクセサリーも金色だ。


「見ない顔がいますね、誰なんです?」

 問いに隣にいた男が答える。


「ああ、あいつは酒場で見つけた遊び人で、俺らの目の前で王都警官たちをのしちまうような腕っぷしの持ち主なんでさぁ。どっかで悪さして王都に逃げてきた結構なワルだとかなんとか。金さえ払えばなんでもするってんで、少し前から使い走りに使ってるんです」


 おい挨拶しな、と兄貴分に呼ばれて、その金色の男は愛想を作って頭を下げる。

 そのこめかみの辺りには、洒落た小さな花のタトゥーがある。


「どうも旦那、俺はトーヤってケチな遊び人です。しばらく世話になりやす」


「そうかい。まあいい、人手が多いに越したことはない。早く仕事を済ませなさい」


「ええ。ところでさっきから運んでる箱の中身、下手に売り買いしただけで首が飛ぶってえ違法薬物ブツの、原料になる干し薬草じゃありやせんか?」


「おい、トーヤとやら。余計な好奇心は持つんじゃありませんよ。お前も運河に浮かぶことになる」

「運河、ってのは?」

 トーヤに別のチンピラが得意気に答える。


「この間、運河で男の死体があがったろう? あれは警察の犬でな、うちらの仲間のふりして仕事を嗅ぎ回ってたから始末したのさ。お前も積み荷のことを誰かに話せば、どうなるか」


「その辺は承知しとりますよ。こちらは銭さえいただければ構わねえってタチなんでね」


 トーヤは作業に戻るが、

「しかし、よくこんなヤバいブツを隠し底もねえ普通の商船で運べますね。どっかのお偉方に袖の下でも渡して、検査を見逃してもらってるんですかい?」


「ああ、そうとも。副大臣のゴワルド様が世話してくれてるらしいぜ。こっちは商売がしやすいし、向こうは裏金を溜め込めるしで、持つべきは権力者様の後ろ楯だよなあ」


「へえ、なるほど、あのゴワルドがねえ」


 そのとき突然、空が昼間のように明るくなった。

 魔法仕掛けの照明弾によって辺りが過剰に照らされる。


「動くな! 王都警察だ!」

「違法な品の所持、及び密輸未遂で逮捕する!」

 突如あらわれたバケツ兜に鎧の王都警察官たちが警棒と盾を手に、突撃してくる。


「どうしてバレたんだ!?」

「おい、ずらかれ!」

「くそっ、散り散りに逃げろ!」


 蜂の巣をつついたような騒ぎになると、

「うあ、いてて、放しやがれ!」

 トーヤは警官たちと掴み合いになり、乱闘の中に消えていった。


 その夜、港にいた者たちはすべて逮捕された。



 数日後、裁きの場へ。

 法廷にはフォース・ゴルディア裁判長と裁判官が3名。

 いずれも黒い目深なフードにヴェールの姿だ。

 その向かいにはコアクトが立っている。


「商人コアクトよ。お前が所有する商船に違法な品々が積まれていた件についてだが、なにか申し開きがあるのならここで申してみよ」

 とフォース・ゴルディア。


「もちろんですとも裁判長。これは何かの間違いでございます。我々は指定された倉庫にある荷物を船で運べという、普段通りの仕事を請け負っただけでございまして。まさかそこにご禁制の品が入っていたとは夢にも思いませんでした」


「そうか。お前のコアクト商会が違法な品々を密輸している、との噂もあるが」


「それはとんだ風評でございます。当方はかのゴワルド副大臣にも優良だとお墨付きをいただいた善良な店、そんな悪どいことなど一切。すべて濡れ衣でございます」


「濡れ衣だと申すか。しかしな、今回は証人がいるのだ」

「しょ、証人?」


「遊び人のトーヤという男なのだが」

 コアクトの顔色が一瞬変わるが、すぐに平常を取り直す。


「その遊び人はあの、港にいて、ゴワルドが絡んだ裏取引の旨(むね)や、内偵していた捜査官殺害の話なども耳にしたそうなのだが」


「……さあ、なんのことやら私にはさっぱり。そもそもトーヤなどという男はまったく知りませんな。見たことも聞いたこともない」


「ほう、知らぬと、そう申すのだな」


「ええ。それに、そんなどこの馬の骨とも分からぬ、つまらない遊び人などを証人として信じるのですか? 遊び人とは我々が汗水たらして真面目にあきないをしているとき、酒を飲んで遊び歩いているような穀潰し。いかに名裁きで有名なゴルディア裁判長といえど、いやはや、この対応には常識を疑いますなあ」


 優勢になったかのようにコアクトは振る舞う。

 すると沈着だったゴルディアが、


 バンッ! と自らの机を激しく叩いた。


「おうおうおう! 黙って聞いてりゃ、次から次へとデマカセを並べやがって!」


「なっ!?」


「おい、コアクト。お前、トーヤなんて遊び人は知らねえと抜かしたな」

「そ、その通りでございます。私はまったくなにも」


「この期に及んでシラを切りやがって」


 ゴルディアは自分のフードとヴェールをつかむと、

「よく見ろ、コアクト。この顔を見忘れたとは」

 それを勢いよく剥ぎ取り、

「言わせねえぜっ!」


「なっ!? ま、まさか、そ、その顔は!?」


 コアクトは驚愕した。

 厳格と聞くゴルディアのヴェールの下から出てきたのは、金髪と花のタトゥーが入れられた、あの遊び人の顔。


「おうよ。このトーヤ・フォース・ゴルディア、お前の悪事はこの目、この耳でしかと確認した。つまらねえ言い逃れはできねえぜ!」


「う、うぐぐ、わ、私には、ゴ、ゴワルド副大臣の……」


「なんだ、あいつを頼ろうってつもりか。悪いがゴワルド副大臣は、俺からの報告を重く見た国王陛下によって任を解かれ、つい先ほど警察に捕まったところだぜ」


「え、ええぇ!? そ、そんなあ……」


「コアクトよ! ゴワルド副大臣と共謀し、その権力を悪用して、心身を壊す違法薬物をばらまき、汚れた金で私腹を肥やそうとは言語道断! 捜査官殺害に加え、人身売買にも手を染めていた証拠もこちらは入手している。まさに悪逆非道な所業の数々、断じて許せん。情状酌量の余地なし、よって厳しい裁きが下ることを覚悟せよ!」


「はっ……ははあぁぁぁ……」

 コアクトは力が抜けて膝から崩れると、その場でひれ伏すように腰を折った。

 土下座するような姿勢の彼は、両側から所員に抱えられて引きずられるように退廷させられる。


「これにて一件落着」

 きっぱりとそう告げると、ゴルディア裁判長はフードとヴェールを付け直し、堂々と法廷をあとにした。



 トーヤ・フォース・ゴルディア。

 父から正しく育てられた彼は司法の道に入った。

 警察と連携し、遊び人の適性を生かして悪党の巣窟に潜入しては悪をくじいていく。


 誠実に仕事をこなす遊び人。

 彼は今日も王都の治安と平和のために戦い続けている。

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