第五話 喪主あいさつ
*******************
本日は、皆様ご多忙中にもかかわらず、
母・常原 紀代子の葬儀にあたりましてこのように多くのご会葬を頂き、誠にありがとうございました。
生前の母は学童クラブの先生として働いておりました。
皆さまご存じのように豪雨で夫・久彦を失いずいぶんと力を落としておりましたが、学童クラブで出会う子どもたちが生きる力をくれると申しておりました。
特に七夕は辛い思い出のある日でしたが、母は「七夕は逢いたい人に逢える素敵な日だから」と本当に楽しそうにイベントの準備に走り回っていました。
体調を崩し離職してからは、子ども達にかかわるボランティア活動に参加させてもらっていました。
皆様に支えられ職務を全うできましたことを、故人に代わりまして深く感謝申し上げます。
ここに、生前賜りました、ご厚情に対し、厚くお礼申し上げますと共に、今後私ども遺族に、変わりなきご厚情を賜りますようお願いいたします。
簡単ではございますが、これをもちましてお礼の挨拶にかえさせて頂きます。
親族代表 永山 佐奈子
*******************
「ねえ、みっちゃん。喪主の挨拶、こんな感じでいい? 」
「うーん、いいんじゃないかな。あ、でもさ。失うとか忌み言葉じゃなかったっけ。」
「うーん、ここ、やっぱりダメかな。」
今夜は母、紀代子の通夜だ。久しぶりに妹の美代子と枕を並べることになる。妹とゆっくり話すのは何年ぶりだろう。私たちの父が西日本豪雨で奪われてからもう10年以上の月日が経っていた。
父を失った直後生きる気力をなくしていた母だが、いつごろからかまた積極的に仕事に打ち込むようになっていた。母が住んでいるのは一人には広い家族用のマンションだ。なのでもっとこじんまりしたところか私の家に引っ越さないかと何度か提案したが、母は頑としてあそこから動こうとしなかった。入院を繰り返した最後の頃も絶対施設にはいかない、家に戻ると言い張っていた。
「ねえ、お姉ちゃん。コレどうかな。」
妹の声が私を思い出から呼び戻してくれた。
葬儀社の人から何かあの世に持って行かせたいものがあればお棺に入れてもいいと言われて、妹が母の荷物から可愛らしい巾着袋を持ってきた。母が入院するときも肌身離さず持っていたものだ。金属が入っていたらいけないと中を改めることにした。中にはペンとスケジュール帳、小銭入れと家の鍵が入っていた。それからもうひとつ。どこかのブランドもののハンカチに包まれた平らなものが入っていた。中には一時期母が良くつけていたブローチと亡き父の最後の免許、手のひらサイズの小さなメモ帳が入っていた。
「なんか古いメモ帳。ねえ、これお父さんの字じゃん。
何が書いてあるの? 」
「わかんない。お姉ちゃん、見てみてよ。」
「えー、みっちゃん開けてよ。」
妹が手帳を私の方に押しやった。私は躊躇しつつも受け取ると、よれて擦り切れた付箋の貼ってあるページを開いた。
――3.18 美代子誕生日、メールすること
――10.6 佐奈子誕生日、メールする
――11.7 オヤジ命日 和夫に連絡、花の用意とか
「これ、お父さんの覚え?
私らの誕生日も書いてあるよ。
そういえば毎年誕生日にメール来てたわ。お姉ちゃんは?」
「来てた。ケーキの絵文字付きのやつ。」
――7月9日、紀代さん 誕生日、何か用意すること
花× ケーキ〇 ハンカチ× クッキー△ ばら△ 映画〇 ブローチ……
「みっちゃん、見て。ブローチのところにお母さんの字でありがとうって書いてある。」
「うわ!ヤバい。泣けるわ。」
この手帳がいつどんな経緯で母の手に渡ったのか知らないが、私たちはこれこそ旅立つ母に持たせたいものだと思った。見つけた時のようにハンカチにメモと父の免許を包む。ついでに私たちからの一言も書き添えることにした。ブローチは燃えないのでこの世で母を見送ることになる。
ハンカチに包まれた父のメモ帳を固く組んだ母の手の下に滑り込ませた。二年間入退院を繰り返した母の顔はすっかり痩せていたが、化粧でほんのりとほほに赤みが差し微笑んでいるように見えた。
◇
葬儀は無事に終わった。
「お姉ちゃん、お疲れさまでした。」
「みっちゃんも、お疲れさまでした。」
「ところでさ、お姉ちゃん。お母さんのマンションの部屋さ。ソファーあったの覚えてる? 」
「覚えてるよ。テレビを見るのに使ってたやつでしょ。私らが良く寝そべってたやつ。」
「ソレ。お母さんの茶碗と箸を取りに行ったときにね、ソファーがテレビじゃなくて窓の方向いてたんだ。なんでか、お姉ちゃん知ってる? 」
「ベランダの方を? なんで? 」
「そうか。お姉ちゃんも知らないか。」
なんでかなぁと言いながら、妹は服を着替え日常へと戻っていった。私も荷物をまとめ、母の遺骨とともに家族の元に向かう。
「みっちゃん、また来週ね。お母さんの部屋の片づけも頑張ろうね! 」
「お姉ちゃんも! 来週から頑張ろうね! 」
そういえば明後日は七夕だ。
葬祭場の駐車場を出たところに和菓子屋さんがある。その店先に飾ってある笹飾りを見て思い出した。空を見上げると空は半分ほど雲に覆われていた。今年の七夕のお天気はどうなんだろうか。風にくるくる回っている七夕飾りを見て思った。
七夕・ガラス越しの再会 小烏 つむぎ @9875hh564
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます