七夕の願いと祝福

@suzutukiryo7891

七夕の願いと祝福

 朝一の誰もいない教室にて、わたし、姫川愛花はうたた寝をしていた。うたた寝をしているというよりは、机に突っ伏してポケ〜っとしているといった方が正確かもしれない。

 わたしはこの誰もいない静寂の時間が大好きだ。聞こえるのは私の息と田舎によくいるでキジバトの鳴き声だけ。リラックスできて気分がいい。

机に突っ伏した顔を少し上げ、黒板上に掛けてある時計を見る。朝一に教室へと来たのだから当然ではあるけれど、ホームルームまでにはまだまだ時間がある。

 ぐっすり睡眠を取ろうと顔をまた伏せる。けれど突然、教室の後ろのドアがガラリと音をたてて開き、静寂を切り裂いた。私は音のした方へ顔を向ける。そこには幼なじみの星山麻里がいた。


麻里はわたしと違って、目覚めのいい方だ。しゃっきりキビキビ動いて近づいて来る麻里を見ていると、自然とわたしもシャンとなる。なーんてことはなく、だら〜っとしたまま、寝ぼけ眼を擦りながら麻里に声を掛けた。


「おはよ~……麻里ちゃん……」


麻里のことをぼんやりと観察する。タレ目な私と違って凛としたかっこいい目つき。濃い茶色のウルフカット。私と同じ紺色のブレザーの姿。身長は私より十センチくらい高い。

そんな麻里はわたしの好きな人だ。幼なじみだからというの意味ではなく、恋愛としての意味でである。麻里にはわたしが恋愛的な意味で好きなことを秘密にしているけど。

どこを好きになったのかと問われると、答えに窮してしまう。綺麗な容姿なのか。しっかり者な性格なのか。それとも両方か。あるいは自分でも気づいていないなにかなのか。

そんなことを考えているわたしの傍に来た麻里は、わたしに声をかけた。


「眠そうだね、愛花。まあ、いつものことだけどさ」


風鈴の音のような涼やかな麻里の声に、わたしは「ま~ね~」とだけ返した。


 麻里はわたしのクラスメイトではない。隣のクラスだ。けれど、いつもの日課のために私のところにやってきてくれる。私は机に突っ伏した体勢から、身体をむくりと起こし、背筋をピンと伸ばして正面へ向いた。

 麻里はスクールバッグからブラシを取り出し、私の黒く長い髪へと手とブラシを伸ばし、髪を梳く。これがいつもの日課だ。


「ん~、気持ちいい」


わたしは恍惚の声を漏らす。そんなわたしに対して、麻里は怒るとまではいかないけれど、強めの口調で言い始めた。


「まったく、綺麗な髪してるんだから、手入れくらいしなさいよ」

「えー、自分でやったら麻里にしてもらえなくなるじゃーん」

「……ったく。あたしの……だってのに」


最後の方になにかもごもご言ってた気がするけれど、聞き取れなかったためスルーすることにした。わたしは麻里のブラッシングに身を任せることにした。

 麻里のブラッシングは頭を撫でられているようで心地いい。心地よすぎてつい、うとうとしてしまいそうになる。けれど、コクコクと頭を揺らしてはブラッシングがやりづらいのでしっかり我慢。

数分もしないうちにブラッシングは終わった。のんびり屋のわたしではできない鮮やかな早業だ。気持ちいいから、このまま穏やかな時間が永遠に続けはいいのに、なんて思うのはさすがに大げさがすぎるか。


「終わった? じゃあ、おやすみ〜」


わたしはまた机に突っ伏そうとすると、麻里から「待って」と声をかけられた。

いつもなら誰かが来るまで沈黙の時間なのに、珍しいな〜とぼんやり思い、わたしは顔だけ動かし、麻里を見ながら声を出した。


「どったの、麻里?」

「身体上げて。そのままじっとしてて」

「どうして?」

「いいから」

「はーい」


麻里がなにをするか分からないけれど、わたしは言われるがままに返事して、言われた通りの体勢になる。

 気になるのでわたしは聞き耳をたてていると、がさごそと音がした。またスクールバッグからなにかを取り出そうとしているらしい。聞き耳をたてて間もないうちに、「あったあった」と呟く麻里の声がした。なにかを見つけたらしい麻里に問いを投げた。


「えー、なーにー?」

「プレゼント」


麻里はわたしの髪に触れると、頭の高い位置でまとめられた後、なにかで留められた。ポニーテールにされたらしい。留めたものの力加減から考えると、バレッタみたいな固い材質ではなさそうだ。ということは、ヘアゴムかシュシュだろう。


「どうしてプレゼント?」

「愛花に似合いそうなシュシュだったから」

「そうなんだ。へへ〜、ありがと」


時々、麻里はこうやってヘアアクセサリーをくれることがある。センスも良く、わたし好みにピッタリ合わせてくれる。


「麻里も髪もっと伸ばせば? 自分の髪でアレンジできるようになるし」

「あたしはいいの。この髪型が気に入ってるんだし、自分のいじるより愛花の髪いじりたいから」

「そっかー」


麻里と過ごす二人だけの穏やかな時間。それがわたしには幸せだ。しばらくのささやかで幸せな時間を満喫した後、なんとはなしにわたしは麻里へと問いかけた。


「なにかいいことあった?」

「ないわよ。強いて言うならこれから。で、プレゼントはこっちが本命」

「ん〜?」


麻里はわたしのポニーテールのまとめた部分をいじっている感じがする。なにか細工をしているようだ。


「なになに? わたし、なにされてるの?」


あたしは肩を抱き、わざとブルブル震え大げさに怯えてみせる。


「いいからじっとしてて」

「はい」


言われた通りに大人しくじっとする。これもまた、数分……いや、一分も経たないうちになにかされた。


「ん、できた」


麻里の声でそう聞こえた。わたしは麻里へと向き直る。


「ねー、なにしたの?」

「秘密」


麻里は微笑み顔をしていた。なにをプレゼントされたかますます気になってくる。


「取っていい?」

「ダメ。あたしが出てったら取っていい。じゃあね」

「うん、またねー」


 わたしがそう言って大きく手を振ると、麻里はすぐにスクールバッグを手にして教室を出ていった。いつもの沈黙タイムはないようだ。


「さてさて」


 麻里を見送ったわたしは、すぐに気になっている髪飾りに手を回し、仕掛けられたなにかを取り外した。

手にしたものは、手のひらサイズの短冊だった。紐が付いているので細工されたと感じた部分はここなのだろう。

紐と短冊は色は緑で、わたしの好きな色だ。見ていないけれど、きっとシュシュも緑色なのだろう。


「そういや今日、七夕だったか」


 何も書かれていないから、こっちは裏面だろう。裏返して書かれた文章を読む。そこには白地の紙に麻里のお願い事が綺麗なボールペン字で書かれていた。


『愛花から告白してくれますように 麻里』


「……なんだ。ばれてたんだ」


 いつからばれていたのだろうと思いながら、自然と口元に手をやると頬が緩んでいた。けれど、緩んだ頬は長くは保たなかった。ある疑問が浮かんだためである。


「そういえば、プロポーズってどうすればいいんだろうか?」


 なんと言って告白しようか。午前の授業中はずっと思考を巡らせることとなった。


×××


結局、お昼になっても、麻里へのプロポーズについてずっとどうすれば良いのかと迷ったままだった。

いっそのこと直接聞こうかと思ったのだけれど、休み時間は生憎とタイミングがあわず、お昼休みも生徒会の仕事で手が離せないようだった。なので一人で考えることとなった。

そもそも、プロポーズの言葉を直接聞くというのも無粋か、と一人で反省する。


「いい案ないかね〜?」


ひとまず中庭でお昼ご飯のたまごサンドをいただく前に、スクールバッグからスマホを取り出して、プロポーズの仕方について調べることにした。

検索をかけ、目に入ったサイトをタップして閲覧する。

まずサイト内のアドバイスで始めに目に入ったのは、プロポーズする日付についてだった。


「記念日、誕生日、クリスマス、バレンタインにホワイトデー……」


 文字列を声にする。けれども、求められた今日なのだ。プロポーズを先延ばしにするのは、正直いかがなものだろうとわたし的には思う。


次に目にしたアドバイスはプロポーズの際に贈る指輪についてだった。


「指輪、大切だもんね。一生の思い出になるわけだし。お値段はっと、おお……」


思わず声を漏らし、目を見張ってしまった。サイト内の広告で掲載されているものは、当然のことながら大人向けで、高校生の身としてはとても届かない高額だった。


「……高校生向けのちょっと安値のものとかありませんかな〜? てか、あってくれ〜!」


新しいタブを開いて、検索バーに指輪、値段まで打つとサジェストに学生の単語が現れた。


「お〜、あるんだ。助かる〜」


ひとまずホッとする。早速サイトを開いて、目に付いた指輪をタップする。


「お、お高い……」


お値段は三万円だった。

ペアリングだから二人で買うとしても一万五千円となる。三万円にせよ一万五千円にせよ、高校生の身分としては充分高い買い物になるだろう。

安いものでも一人五千円はするようだ。アルバイトをすれば届くお値段だけれど、残念ながら、うちの高校はアルバイト禁止である。

お財布を取り出し、持ってきたお小遣いの残りを確認する。お昼ご飯のたまごサンドを買った残金は四桁にすら届いてなかった。


「そもそも求められてるの、今日だし、麻里の指のサイズ知らないし、買いに行く時間もないし……」


そもそも根本的にどうしようもないところにぶつかり、これ以上指輪について考えることは諦めた。


こめかみに人差し指を当てながら、最後に目にしたアドバイスは、プロポーズの言葉についてだ。


「分かる。分かるんだけどな〜 」


大切な言葉だ。情けない言葉選びはしたくない。けれど、わたし自身頼りない性格だから、頼もしいセリフなんて説得力がない。


「行き詰まった。どうしましょう〜……」


タイムリミットは放課後までだ。困り果てたわたしは、ひとまず購買で買ってきたたまごサンドを食べることにして、午後の授業中へと先延ばしにするのだった。


×××


結局、ノープラン。午後の授業中も費やしてもなにも思い浮かばず、校内には下校時刻の放送が流れている。わたしは校門にいて、麻里はもうじきやってくる。


「ええい、出たとこ勝負で行くしかない」


心にもないことは自然と出ないものだ、とわたしは思う。(結果的に嘘になったとか、そもそも勘違いしていた場合は除く)

程なくして、麻里はやってきて、単刀直入に聞いてきた。


「愛花、考えてくれた?」

「うん」


わたしは深呼吸をしてから、プロポーズの言葉を紡いだ。


「麻里、あたしと一緒に幸せになってくれない?」


嘘もいい加減なことも言いたくないわたしはこういうシンプルな言葉を選んだ。麻里の様子を恐る恐る伺う。


「……いいよ。及第点」


ひとまず安心するけれど、わたしは続けて聞く。


「指輪もプレゼントもないけど、本当は?」

「考えてくれただけで満点だっての、ばーか、ばーか!」


耳を真っ赤にしてそっぽを向く彼女になったばかりの麻里。その姿はわたしの心をほっこりとさせた。

後から聞いた話だけど、お昼休みの時間に頭を悩ませていた姿を生徒会室からずっと見ていたそうだ。

わたしは麻里に手を差し伸べた。


「かわいいわたしの彼女さん、わたしと手を繋いでくれませんか?」

「はいはい。分かりました」


麻里がわたしの隣に来て、指を絡ませ手を握る。もちろん恋人繋ぎの形だ。なんだか身体がこそばゆい。

ふと、私は気になったことを麻里に聞いた。


「ねーねー、麻里、色々聞きたいことあるんだけどさ」

「なによ」

「いつからわたしが麻里のこと好きだって気づいたの?」


しばらくしても答えが帰って来ない。どうしたのだろう、とわたしは麻里の顔を見てみると、ちょうど言葉にしようとしていた瞬間だった。


「それは……そっちがいつも熱視線送って来るじゃないか」

「そうなの? 意識してなかったなー、それは。……って……んん〜?」


なにか引っかかりを感じたわたしはぐるぐると思考を巡らせる。


「あ、そっか」


引っかかりの原因にたどり着き。わたしは麻里へ問いかける。


「それって、麻里もわたしのことをしっかり見てた、ってことだよね?」


麻里の身体がビクンと飛び跳ねた。麻里は困惑したような声色で言葉を漏らした。


「うっ……それは」


答えづらそうにしている麻里に向かって、立て続けにわたしは質問した。


「じゃあ次の質問。いつから熱視線送ってるって気づいたの?」

「お、覚えてないっての! だいたい、子どもの頃の話だしさ」


声を荒らげる麻里。でもそれは照れくささの表れとだと私は感じた。私はニヤニヤしながら追撃をした。


「本当に〜? 実は覚えてるとかじゃなくて?」

「パンチ」


麻里、会心のお尻へのキックだった。


「いたっ! キックじゃん!」

「素直に言ったら、ガードするでしょ?」


おしりをさするわたしに対して、麻里はツーンとした表情でそっぽを向いて当たり前のことを述べた。


「それはそうだけど。痛いの嫌だし〜」


不意打ちでもう一撃が来るかもしれないのでスクールバッグでお尻を防御しつつ、わたしは同意して、もう一度問いをかける。


「ねぇ、本当に覚えていないの?」


しばらくの沈黙。先に口を開いたのは麻里からだった。


「……幼稚園の時、あたしたち、迷子になったことがあったじゃない。ほら、散歩のとき」

「あ〜、あったね〜。すっごい懐かし〜。二人して泣き散らかしたよね〜」


春ごろ、ちょうど今日のような雲ひとつない晴れの日のことだった。

散歩道から外れたわたしを見て、麻里は道に戻そうとしてくれたけれど、モンシロチョウを見つけて二人で追いかけてしまい、結局迷子になるという子どもらしい事件があったのだ。そのときは二人して幼稚園の先生からしっかりと怒られたのをよく覚えている。


うんうんと頷きながら、わたしは麻里の話を促した。


「そのとき一緒にいてくれたから安心して。それからよ。たぶん」

「それって一目惚──いった!」


今度の麻里は無言で手を繋いでいない方の手で、わたしの肩へとパンチを繰り出された。体勢が体勢であるのもそうだし、猫のじゃれあいのようなものだから対して痛くはない。

続けて麻里は語気を強めて言った。


「一目惚れじゃないし、名前と顔くらい普通に知ってたっての」

「なーんだ、残念」


一目惚れならロマンチックでいいな〜、と思ったけれど、本当のところの真相は麻里のみぞ知る、である。わたしはわざとらしく方を落として見せるけれど、すぐに元に戻した。


「まーいっか」

「なにがいいのさ」

「こうして付き合うことになったわけだしね」

「……ったく」


麻里の顔を見てみると夕焼けのせいか、それとも普通に照れているのか、顔が赤くなっているのが見てとれた。そんな彼女がとても愛しく感じられた。

帰り道をわたしたち二人は繋いだ手を離さないようにしながらのんびりと時間をかけて歩くのだった。

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