夜鷹、遊園地
その晩もヒナタと一緒に夢を見た。私たちは二羽の夜鷹で、東京の遥か上を飛んでいた。星の粉を撒き散らしたみたいな夜景が眼下に広がっていた。
「ねぇ、どうしてあんなこと言ったの?」
「……私にも、分からない」
私たちは互いの身体を脚で掴むと、二人で旋回しながら落ちていった。空気と身体が摩擦して輝いた。私たちは二人で一つの流れ星になった。墜落しながら私は、ずっとこうしていたいと感じた。目覚めたくなかった。しかし夢を見ていても、このままじゃだめなんだという思いをかき消すことはできなかった。やがて身体はだんだん擦り減って消え、全てが光になり、私たちは目を覚ました。
私は自然と早寝早起きができるようになっていた。私のカフェイン中毒は治りつつあった。
私はヒナタに朝ごはんを作ってあげたいと言ったが、ヒナタは自分が朝ごはんを用意すると言って聞かなかった。私たちは口論になった。結局、朝ごはんはヒナタが作ることになった。
朝ごはんは卵焼きと大根葉の味噌汁と昨日の晩の残りだった。それはとても美味しかったけれど、私は少しだけ心がチクチクした。
その日は心療内科に行く日だった。いつものようにヒナタはわざわざ休みを取ってくれていた。私は、一人で家から出られたらな、と思った。しかしそれは、途方もなく恐ろしいことだった。結局私は、ヒナタに付き添ってもらい、病院へ行った。ヒナタはどことなく上機嫌だった。
午後になると、私たちはオセロをして時間を潰した。
「最近ユズハ、少し変わったね」
「うん……そうかも」
私は頷いた。パチン、パチンと石をひっくり返す音が部屋に響いた。
「あたし、ちょっと寂しいんだ」
ヒナタは正直にそう言った。
「ごめん……でも」
「私、このままじゃだめだって思って」
私はヒナタに角の斜め隣を取らせた。戦局は私の有利に進んだ。
「どうしてだめなの」
「分からない……」
盤面はほぼ黒一色になった。私の勝利だった。
******
その晩もヒナタと一緒に夢を見た。私たちは無人の遊園地にいた。
「ねぇ、あたし、あれ乗ってみたい!ユズハは?」
ヒナタは純粋に楽しそうだった。ヒナタのそのクリっとした優しそうな瞳を見て、私は少し申し訳なくなった。
私たちはジェットコースターやらコーヒーカップやら回転木馬やら、とにかく目についた乗り物全てに乗っていった。
「ねぇ」
「あたし、ユズハが大好き」
「私もだよ」
私たちは、遊園地の中のレストランで食事をしながら話した。私はコーヒーとケーキを、ヒナタはオムライスとハンバーグとナポリタンを食べていた。
「誰もいない遊園地って、何だかちょっと切ないね」
ヒナタが言った。
「うん」
「それってリミナルスペースってやつかも」
私は答えた。
「リミナルスペース?何それ?」
「リミナルスペースって言うのは、」
……
私はヒナタと喋りながら、まだ家から出るのが怖くなかった頃のことを考えていた。そういえば昔、ヒナタと一緒に遊園地に行ったことがあったな、と私は思った。幼くて、全てがただキラキラしていた頃の思い出だ。やがて私たちはレストランから出た。
「ねぇ、最後にあれ乗ろうよ」
私は観覧車を指さした。観覧車は少し古ぼけて見えた。
私たちはゴンドラに乗り込んだ。密室で向かい合って、二人きりだった。もう逃げられない。いや、逃げちゃいけないんだと私は決心した。真っ赤な夕焼けが私たちを包んでいた。
私はヒナタにキスをした。ゆっくり唇を重ね、それから離した。やがて観覧車はてっぺんに着いた。私はヒナタの目を真っ直ぐ見据えて告白した。
「私、書いてた小説、出版社に送ってみようと思う」
ヒナタは目を逸して、また寂しそうな顔をした。私はヒナタを抱きしめ、頭を撫でた。観覧車が下に着くまで、ずっとそうしていた。そして私たちは目を閉じた。
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