12月24日

「ハッピーバースデー! 太陽」

「メリクリ〜! あ、あと退院もおめでと〜」

「コンクール入賞おめでとう! 太陽君」


 なんだかカオスな掛け声とともにクラッカーが弾け、僕は〝なんだか色々おめでとう!〟と身もふたもないメッセージが書かれたホールケーキのロウソクを吹き消した。


「いいんですか? こんな雑な感じで」


 岩崎さんが手際よくケーキを切り分けながら聞いてくる。


「いいも何も、先輩と延田に任せた時点で半分くらい予想してたよ」


 今回のイベント(と言ってもいいのか)は会場提供が優里先輩、企画は延田ということになっていた。まあ、先輩のことなので面倒くさがって何もしないかと思いきや、殺風景だったリビングにはちゃんとクリスマスツリーが飾られ、窓や壁にもそれらしい飾り付けがされてるのが面白い。これを先輩が一人でいそいそやっていたのかと考えると、それだけでなんだか笑みがこぼれてくる。


「なんだ、ニヤニヤして気持ち悪い」

「いや、祝われて嬉しくない人間はいないでしょう? 今日は本当にありがとうございます」

「……まあ、君が喜んでくれているのならそれで構わないが」


 先輩はそのままそっぽを向いてノンアルのスパークリングワインをグビグビと飲む。


「あー、先輩、それは乾杯までお預けって言ったっしょ? 何ひとりで勝手に飲んでんのさ?」


 延田は延田で思わぬ仕切り屋ぶりを発揮し、色々と面倒くさい。バイト先でオーダーした料理や飲み物のデリバリーには主役のはずの僕もなぜか付き合わされた。


「まあ、何はともあれ今日はお祝いです。乾杯しましょう!」


 岩崎さんの取りなしで全員グラスを持ち、僕らは改めて乾杯をした。


◆◆


 僕の入院は意外に長引いた。傷ついた臓器の炎症はなかなか治まらず、退院した後も薬の服用が欠かせない。後遺症は一生残る。右脇腹の大きな傷は多少目立たなくはなったものの、これもたぶん一生付き合って行くことになるのだろう。

 ただ、原因となった自分の行動に(各方面からガッツリ叱られたけど)一切後悔はしていない。


「でも、先輩が道をつけてくれたおかげでなんとか留年にならずに済みそうです」


 僕は学校から支給された端末とHMDを撫でながらしみじみと言った。優里先輩が継続的に優秀な成績を叩き出しているおかげで、オンライン授業ラーニングは他の生徒にも少しずつ広がりはじめている。入院期間が予想外に延びることが判ってすぐ、僕もオンライン授業の申請を出し、認められた。

 二か月半の入院中、僕はオンラインで授業を受け、定期テストもオンラインで受けた。思ったよりかなり成績が良かったのは、毎日入れ替わりでやって来る優等生三人の容赦ない指導があったおかげだ。


「安住さんにも感謝しないといけませんよね」


 岩崎さんの言うとおり。あのウザ絡み看護師ナースは口さえ閉じていれば本当に優秀な人で、病院内での人気も高い。かく言う僕もかなりお世話になったし、患者のお婆さんに笑いかける彼女の横顔をスマホで何気なく撮影した写真は、地元IT企業の主催したとあるコンクールで優秀賞に選ばれた。


「まあ、全員無事に年が越せて良かったよ」


 先輩はちょこちょことケーキをつつきながらしみじみと言う。

 そう、一歩間違えば少なくともこの中の何人かは今頃、ここにいられなかったかも知れないのだ。


「……確かに、運が良かったですね」

「本当にそうだよ。何度も言ったけど、君は考えなしに直感で動くその癖を今度こそどうにかしたまえ。こっちは心配で心配で。そのうち——」

「せんぱーい、今日はお説教はなーし。それより、そろそろあれー」


 延田が切り出し、三人は互いに目配せをすると、優里先輩がすいと立ち上がり、例の魔窟からプレゼント包装を持ってきた。


「太陽、これ、私たち三人からだ」

「まあ、お金は先輩が半分以上出したけどねー」

「でも気持ちは負けてません! それより、早く開けてみて下さい!」


 持ち重りのする包装を破くと、中から出てきたのは最近発売されたばかりのコンパクトミラーレスカメラだった。


「えっ!」

「本当は、前に君が持っていた一眼レフくらい弁償しようと思ったんだけどな。値段的にさすがに高校生のプレゼントじゃないと諭されてね」

「いや、これだってプレゼントで気軽にもらえるような物じゃありませんよ!」

「いーのいーの。三人で割り勘したからそこまでの負担じゃないしー」

「でも!」

「あーしら、四持に何も返せてないからさ、せめてこのくらいは受け取ってよ」


 突然の真顔で言われてしまい、僕はそれ以上の反論を封じられた。


「それにさー、もし四持がもらってくれないと、これ、あの魔窟に逆戻りすんのよ」


 延田は再びニヤニヤしながら優里先輩の倉庫部屋を指さす。


「魔窟とは失礼だな延田、機材倉庫と呼びたまえ」

「まあまあいいじゃないですか、それより食べましょう。せっかくの料理が温めなおしになっちゃいます」

「じゃあ四持、そのカメラであーしらを撮ってよ。最初の一枚にはぴったりじゃない?」

「まあ、そうだな。だったら……」


 僕は先輩から三脚を借り、セルフタイマーをセットする。

 二台目の愛機のファーストショットは、このあと何度も繰り返し見返すことになる、僕ら四人の最初の一枚になった。


(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

テレワーク探偵観察日記ー優里先輩と僕の220日ー 凍龍(とうりゅう) @freezing-dragon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ