桃のケーキ

西しまこ

第1話

 あたしはいまダイエット中なんです。


 でも、あたし、ケーキ屋さんで働いているの。誘惑がいっぱい!

 朝一番にケーキ出しをして、ケーキがショーケースにいっぱい並んで甘い香りが漂うと、なんとも言えない幸せな気持ちになるんだ。きらきらしている。

 午前中の陽射しが店内に入り込んで、幸せが充満するような気がする。その空気感だけで幸せな気持ちになる。


 でも、あたし、いま、ダイエット中。

 ケーキを見て、食べた気持ちになっておくのです。クッキーを見て、食べた気持ちになっておくのです。


 あっ! シュークリームが売り切れたっ。

 ……いや、ダイエット中だから買えないけど、あのシュークリーム、おいしいのよねえ。小ぶりなんだけど、カスタードクリームたっぷりで。

 あっ! エクレアも売り切れちゃった!

 エクレアもおいしいんだよねえ。上のチョコレートがいいアクセントになっていて。

 あっ! プリンも珈琲ブラマンシェも売り切れちゃった。……いや、売り切れるのはいいことなんだけど。

 ショートケーキもフルーツケーキもアップルパイも売り切れた。どんどんさみしくなっていく。いや、売れるのはいいことなんだけど。


「メロンのケーキ、ありませんか?」

「メロンのケーキは季節もので、いまは作っていないんです」

「そうなんですか。あれ、おいしいのよね」

「そうですよね、すみません」

「メロンのケーキの次はどんな季節のケーキになるのかしら?」

「次はね、桃なんですよ。桃がいい状態になるのを待っているんです」

「そうなの、楽しみだわ。それでいつからなの?」

「そうですね、たぶん、三日後くらいです」

「三日後! 楽しみにしているわ」

「よろしくお願いします!」


 先輩の話す内容を耳をおっきくして聞いてしまった。

 桃! 桃のケーキ!

 ああ、桃大好きだなあ。それがケーキになるんだ。ああ、食べたいなあ。

 三日後かあ。シフト入っていたよな。桃のケーキ、どんなのだろう? ああ、気になる!

 はっ! だめだめ!

 あたし、ダイエット中なんだから!

 でも、三日後かあ。桃のケーキ。桃っておいしいんだよね。桃のケーキかあ。

 はっ! だめだめだめ! ダイエット中なんだから!


 三日後の誘惑に、あたしはきっと勝てる……たぶん。



    了



一話完結です。

星で評価していただけると嬉しいです。


☆これまでのショートショート☆

◎ショートショート(1)

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000

◎ショートショート(2)

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330655210643549



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桃のケーキ 西しまこ @nishi-shima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説