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お金の話

先日おしゃべりしたママ友たちはお金持ちだった。
中高一貫校に子ども二人を通わせ、塾にも通わせ、
浪人OKで私立の大学に進学可能で、
しかも、私立大学県外もOKなのである。

ああ、自分も同じだと思ってはいけない。

我が家は「浪人させるお金はありません」「無駄な出費はノーサンキュー」なのである。
「ない袖は振れぬ」であり「うちはお貴族様ではありません」なのである。

いいじゃないか、それで。
たまたま小さい頃は仲良くしていたけれど、大学受験となると
金銭事情がだいぶ異なる。
異なった中で生きていけばいいではないか。

「困ったら留学させればいい」とも聞く。
いやいや。
そんなお金ありません。

でもまあ、お金というものはあるところにはあるのである。
留学も浪人も塾も私立県外一人暮らしも、出せるところは出せるのだ。

うちにはそれは出来ないだけ。
いいじゃない、それで。

もしかして、おいしいものを食べずに倹約したら、そういうお金を捻出出来たかもしれない。
だけど、わたしは毎日おいしいもの食べたいんだもん。
そういう、うちに生まれたのだ。
諦め給え。←諭し

わたしはそういうお金があることが羨ましくないし、たぶん、息子たちも羨ましくない。
(たぶんね)
あるだけの中で楽しく生きていけばいいじゃない!


と、思う。


まあ、お金持ちの彼女たちの中で「大学、途中で辞めたら自腹ね」と話したことは間違いでした。
「え? どういうこと?」
説明したけれど、分かってもらえなかった。
「子どもにそんな負担を強いるなんて」みたいな空気だった。

あああああ、ごめんなさい。
でも痛いですから、懐が!



ともかく我が家はお貴族様ではないのである。
いいじゃないか、それで。
何の不都合やある。←反語

6件のコメント

  • ほんと、あるとこにはあるんだなぁ。
    うちのポストにはまだ札束入ってないな……。(まだ言うw)

    お金があるのはいいし、どう使おうが知らないけど、そんな風に
    「何でも好きなだけ」
    ってやってたら、お金の勝ちとかありがたみとか、わかんなくなっちゃいそうだね。
    お金で解決できると思ってしまう人間を生み出すのは非常に危険。
  • とうりちゃん
    お金、あるところにはあるんだなあって思うよ。
    まあ、わたしは関係ないのだが!
    ポストにお金、はともかく、賞金欲しいっ(笑)。

    お金がある=幸せである
    ではないよね。
    ただでも、とうりちゃんの近況ノートにあったように
    『人は貧乏になると正しい判断が出来なくなる』
    という側面はあると思う。
    貧すれば鈍す っていう諺がある。

    でもでも。
    お金があって、お金の力でいろいろ自由になることが
    幸せだとも思えないなあ、とかお思う。
    わたしは大学を途中で辞めたら、もろもろのお金を返してもらうぞ!
    って思っている。

    でも、ともかく、鈍するほど貧乏ではないはずだから(当社比)、
    頑張れってエールだけ送っておこうと思っている(笑)。
  • 我が家もお金にはとんと縁がございません。めちゃくちゃ貧乏というわけではないけれど。
    今年の冬の電気代を考えると、寒くも無いのに震えちゃいます(笑)
    その家庭その家庭で事情があるのだから、生活できているならとりあえずはいいよね、と思っています。
    学べるって、本当は贅沢な事なんだとも思うし。
    勿論、このご時世、お金はあるに越したことはないですけどね!

    お金と時間をかけて学生生活を楽しんで(勉強も遊びも含め)、やりたい事ができて幸せになれたらそれが一番なのかもしれないけれど、その幸せが一生続くとは限らないし。
    体を壊して、天職だと思っていた仕事を手放す、なんて展開も十分あり得るんだから。
    その時その時、自分が立ってるフィールドで一生けんめいやってけるのが大事なんじゃないかな、と。
    だから、大学を途中で辞めたら自腹ね。っていうのは、私はいいと思います。
    自分の人生なんだし、それくらいの覚悟を持って生きてほしい。
    だから、自分のやりたいことをやりたければ、とえいあえず今は勉強さぼるなよ、って子供には言ってます。父も母も頑張って働くけど、お高い大学に行かせてやれる金はうちにはないよ。それが嫌ならやりたい事を諦めるか、別の道を探るしかない、って。小学三年生の子供相手に(笑)
  • >子どもにそんな負担を強いるなんて」

    答え:「うちの子はできるんです!そういうふうに育てています。」(嘘でも、こう答えます。)
  • みかみさん
    お貴族様ではないけれど、毎日おいしいもの(当社比)が食べられているので、いいことにしています。

    学びって、いろいろなところにあると思っています。
    そして、わたしは塾に行かなくても、テキストさえあれば自分で勉強出来ると思っています。

    わたしは、彼らが幸せに生きていればいいのであって、
    それは必ずしも「偏差値の高い学校に行くこと」を意味していないのです。

    自分たちで何か掴み取るといいなあ。
    とは思っています。

    お金があると、ある程度の安心感は買えると思います。
    バイトしなくていい。
    好きなものを手に入れることが出来る。
    選択肢が増える。
    などなど。

    だけど、結局は自分で生きていくしかないのです、自分の人生。
    お金がある
    っていうことは、結局そういうふうに生まれついたのだな
    とも思ってみています。
    つまり、先祖代々お金持ちなんです。
    親が、というより、代々お金持ち。

    だから、「お金がある人生」に生まれついたら、きっとずっと「お金のある人生」なんだろうな、とは思います。

    それはそれでいいことだと思う。
    ただでも、幸せであるかどうかは別問題だなあって思う。

    思うにね、「塾に行って浪人して私立の大学に行って一人暮らしして」いる子たちはね、
    「お金がかかった」とは思っていない。
    息するみたいなことだと思っている。恵まれたことだという自覚もない。
    ゆえに、そのことが「幸せである」とも思っていない。
    息することと同じことだから。

    とりあえず、大学辞めたら自腹ですとも!!
    積立金もしてもらいますとも!!(笑)。
  • @fumiya57さん
    みなさん、偏差値の高い大学を目指していますからねえ。
    うちとは違います。にゃ。

    生きていればいいのだよ! などとわたしは思うのですが。

    うちの子は出来ないから大変です。
    いろいろと問題を起こすのです!
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