最終話 笑い話で済ませましょう?
☆
私は父さんと喧嘩した時のことを
当然だけど父さんにも、母さんにすら話していない。墨乃地先生と相談して、当日いきなり核爆弾を両親に放り投げることにした。
「お前が1人で話せば、下手したら大喧嘩に発展して収拾がつかなくなるだろ? 正直、俺が話しても荒れる場面しか想像できないしな」
という墨乃地先生の言葉に納得し、私は墨乃地先生と一緒に両親と話をすることに同意した。そして私の家に墨乃地先生と両親と私が集まった。
「本日はお父様もお母様もお忙しいのに、私の都合に予定を合わせて頂いてありがとうございます」
と墨乃地先生は私の両親に切り出した。
「仕方ないです。『娘の一大事だから時間が取れる日を教えてください』と先生から頼まれれば娘のことだ。親として断る訳にもいかないでしょう」
「えぇ、本当にその通りです」
と父さんと母さんは応じた。
墨乃地先生はゆっくりと話しだす。
「私は人の親になったことはありません。ですが私も色んな生徒たちを見てきました。ですから生徒の気持ちは、少しは分かっているつもりです」
と墨乃地先生に言われた父さんは不満そうだ。
「で、今日は何が娘の一大事なんですか?」
「先日、お母様に電話でお話をしたのですが、サヤさんを1日、私の方でお預かりしました。それはサヤさんが深夜に繁華街の中で、立ち尽くしていたのを私が見つけたからです」
それを聞いた父さんと母さんの顔色が変わる。
「ホテルの前で男と話していたところを、たまたま巡回していた私が保護しました。サヤさんは間一髪のところで助かったというのが本当のところなんです」
それを聞いた父さんが振り上げた右手で私を叩こうとした。
父さんの振り下ろした右手が私に当たる瞬間、その腕を掴んで止めたのは墨乃地先生だった。
「お父様、落ち着いてください」
「これが落ちついていられるか!? 何を言ってるんだ? 君は教師だろう! 子供を導く責任があるんじゃないのか!」
と右腕を掴んで止められても墨乃地先生に父さんは怒鳴った。
でも、墨乃地先生に腕を掴まれた父さんは動けない。墨乃地先生は話しかける。
「それは確かに私どもに責任の一端はあるかもしれません。ですがサヤさんに話を訊いてみたところ、お父様とうまくいかないことが家出した原因だ、とおっしゃっているんです」
「そ、そうなのか?」
父さんは動揺した様子をみせながらも私に聞いてくる。
「そうよ。父さんがなんでも押し付けてくるから家にいるのが嫌になったのよ! しかも私を泊めてくれるって言ってる友達の家にやってきて『
「お前というやつは! 本当にあれだけ躾けてもまだ分からないのか!」
と腕を振り上げようと身体を動かして、それでも動けない原因だった墨乃地先生の顔を見た。
「お父様、娘のサヤさんと会話をしてあげてください。躾と称して一方的に押し付けないであげてください。サヤさんはサヤさんなりの考えを言葉にしていると言っています。だから話を聞いてあげてください。子供だから親の言うことを聞けばいいというのではなく、サヤさんの話を注意深く訊いてあげてください」
墨乃地先生の腕に力が入ったのか、父さんは顔を歪める。
それでも墨乃地先生は止まらない。
「サヤさんが何を言いたいかを考えてあげてください。それができるのはあなた方、ご両親しかいないんです。そのあなた方がサヤさんの話を聞いてくれないなら、いったい誰が話を聞いてくれるというのでしょうか?」
「腕を離せ……!」
父さんは顔を歪めた。
「少しづつ目線をサヤさんにあわせてあげてください。もちろん私も協力します。家庭は会社ではありません。サヤさんはお父様の上司でも部下でもない。何も分かっていないんです。
訊いて考えても分からないことは、分からないと言ってあげてください。何が分からないのかを伝えてあげてください」
墨乃地先生は父さんの目を見ながら話しかける。
「躾とおっしゃいますがサヤさんは動物ではありません。人間です。話をし理解して信頼すれば、きっと応えてくれるんです。サヤさんを信じられないというのであれば、今まで押し付けてきた躾に意味がないのではないでしょうか?
子供に躾と称して殴るのは純粋な暴力です。暴力でサヤさんが感じるのは恐怖だけです。サヤさんは14才です。暴力をふるうのは『あのとき叱ってくれてありがとう』と過去を省みて、今のお父様が思うからでしょうか?」
と墨乃地先生は父さんの心の中を推し量るようにじっと見つめた。
「社会にでれば嫌でも世間の厳しさを知るものです。その時に親に感謝するからそれでいいのでしょうか? そうであるならばサヤさんが社会に出るまで、何かあれば暴力をふるい続けるというのでしょうか?
話しあえば分かる話を、力で押さえつけるというのでしょうか? 子供時代の記憶はありますか? お父様が親に殴られたとしたら、その時に感じた気持ちを自分の子供に感じさせていることに、お気づきいただいているのでしょうか?」
「キサマ! たかが教師のくせに何様だ!」
怒りに任せて墨乃地先生を殴ろうと振りおろした父さんの左腕を、墨乃地先生は軽く右手で受け止める。
「反論できなければ手をあげると、お父様はおっしゃっているのでしょうか? 出過ぎた意見なのは重々承知しております。申し訳ございません」
と墨乃地先生は父さんと母さんに頭を下げた。
「やめてよ! 先生が謝る必要なんてないじゃない!」
私は叫んでいた。墨乃地先生を殴ろうとした父さんが悪いと私は思ったからだ。
怯む父さんに墨乃地先生はさらに続ける。
「子供はバネのようなものです。適当に押さえつければどこへ飛ぶか分かりません。でも方針をたてて子供の力をうまく貯めてあげれば、信じられないくらいまっ直ぐそして大きく飛んでくれる、そういうものです。
その可能性は無限大です。何も言わずに伝わるものなんてありません。以心伝心という言葉は教える側に、とても都合のいい言葉です。『伝わらない奴が悪い』と簡単に言えてしまうからです。でもそれは違うということはお父様もお分かり頂けますよね?」
父さんは両腕を掴まれ退くことも前に出ることもできなさそう。墨乃地先生が父さんの身体の自由を完全に奪っているみたい。
「何事も話し合って相手の考えを理解する必要があるんです。理解できればそれが結局のところ、一番お互いの安心につながると私は思うのです。出過ぎた意見だとは思います。ですがサヤさんと話して感じたことなんです。サヤさんとよく話し合ってあげてください。よろしくお願いいたします」
そう言い終わった墨乃地先生は父さんの両腕を離し、もう一度、
「申し訳ありませんでした」
と言って深く頭を下げた……。
こうして私にとっての最善を、一緒に探してくれた先生だった。それが墨乃地先生だったんだ。
◇
私は婚約者のいる墨乃地先生が好きだった。けれど6月頃、
でも私に原因があったなら、
人が変わったようだと言われるだろう。品行方正だったのに、才色兼備だと言われていたのに。それでも私は、私自身の憎しみをどうしたって止められない。
私の脅しに屈してあの男がお金を渡してきたら……その日、私という人間は死ぬ。そして私は復讐の鬼と化す。あの男を破滅させる。墨乃地先生を事故に見せかけ殺したあの男を、私は絶対に許さない!
※
ノートのコピーはそこで終わっていた。
僕は少し考えて、それほど悩まずにマッチと水、そして大きめの缶を用意し寮の外に出る。マッチに火をつけて、そのまま缶の中に放り込みノートのコピーを燃やすことにした。須水根刑事が送ってくれたノートのコピーだ。当然この事実を警察は確認し、把握している。裁判でこれは証拠としてみんなに知れ渡るだろう。
このノートのコピーに書いてあることが、咲見崎サヤという女の子の真実なんだろう。咲見崎サヤが無海住教頭を脅迫し、殺されるほど追い詰めてしまった本当の理由、そして動機は……
『婚約者のいる墨乃地先生が好きだった』
届かぬ想いに身を焦がす、心の危うさをそこにみた。
墨乃地先生のために復讐した。偶然を利用し殺されてしまった咲見崎サヤという女の子の執念が、無海住教頭のボタンを1つむしり取り、墨乃地先生と自身の無念を晴らす結果につながったとでもいうのだろうか?
ノートのコピーが燃えて灰になっていくのをじっと見つめる。
「人を呪わば穴二つ……か」
と一人呟く。だからこそ考えずにはいられない。雪の舞い散る川のほとりの殺人事件。想い返せば甘酸っぱくてほろ苦い、そんな笑い話で済ませましょう? 自分の墓穴なんて掘る前に……。
了
雪が舞い散る冬の一夜の殺人は過去へとつながる物語 冴木さとし@低浮上 @satoshi2022
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