第37話 咲見崎サヤの告白②

 ☆咲見崎さみさきサヤ先輩の告白②☆


 父さんが友達の家に怒鳴り込んできてから2日目だ。家に帰ろうとはどうしても思えなかった私は、初めて援交してみることにした。そういう場所に立って、お金をくれる相手をただ待った。


 そこに現れたのが無海住むかいずみ教頭だった。向こうは私が誰か気づいていないようだった。そして1日ぶりの食事をし、欲しいものを無海住教頭にせびった。食べ物と厚手のコートや手袋、ホッカイロ等々、明日は野宿してもいいような服をおねだりして買ってもらった。


 そして初めて見るラブホテルの前で立ち止まる私と、中に入ろうとする無海住教頭の前に現れたのが墨乃地すみのち先生だった。


 私を見た墨乃地先生は、無海住教頭を殴り飛ばした。そして私に「大丈夫か?」と話しかけ、無海住教頭に軽蔑した目を向け

「アンタは人として最低だ」

 と言ってくれた。


「援助交際なんてやめましょうよ、教頭。バレたら身の破滅、そもそも犯罪ですよ?」

 と言って、無海住教頭に背を向けその場を去った。


「どうしてこんなことをしたんだ? 世の中には悪い大人がいっぱいだ。いいように利用されるぞ?」

 私をたしなめる墨乃地先生に

「ごめんなさい」

 と泣きながら私は謝ることしかできなかった。


 ◇


「すみません。咲見崎さんのお母さんですか? 夜分遅くに申し訳ないです。咲見崎さんを繁華街で見つけまして……えぇ。ご安心ください。咲見崎さんは無事ですので。

 それで、ですね……。咲見崎さんが、『家に帰りたくない』と言ってるんですよ。今日1日、私の方で咲見崎さんをお預かりしてもよろしいですか? あ……そうだったんですね。はい、そうですか? ありがとうございます。では責任をもって1日お預かりします。はい。……えぇ。明日は家に帰るように言いますので。はい。ありがとうございます」

 電話に向かって、何度も頭を下げる墨乃地先生を呆然と私は見ていた。


「お母さんから了承も得た。ほら……、咲見崎、帰るぞ?」

「どこに?」

「俺の安アパートだ」

「自分で安アパートっていっちゃうんだ?」

 私は自分で安アパートって言っちゃう墨乃地先生を見てたら笑えてきた。


「当たり前だ。安い給料だから、安い家賃でやりくりして当然なんだよ」

桧山ひやま先生って婚約者がいるのに?」

 と墨乃地先生の困った顔を見ていたら、なんだかいたずら心が芽生えてきた。


「……ほんとにこのことが桧山先生にバレたら、俺は婚約破棄されるかもしれない。だからお前とは絶対に何も起こらない。頼んだぞ?」

「その発言は逆に桧山先生に婚約破棄されちゃうよ?」

 と私は笑った。


「そこをなんとか。お前からも話してもらえないか?」

 と墨乃地先生から真剣に拝まれた私は

「やましいことがなければ堂々としてたらいいのよ。このホテル街で私に拝み倒している姿を桧山先生に見られたら、それこそ余計な誤解しか生まれないよ?」

 墨乃地先生って、もしかしたら天然なのかな? と思ったら私はクスクス笑ってしまったのだ。


 ◇


 そして私は墨乃地先生のアパートに着いた。男1人暮らしの汚れた部屋を見て、私は勝手に掃除を始めていた。


「言いたくなければ言わんでいいんだが、どうして無海住教頭とラブホテルの前で一緒にいたんだ?」

「家出してお金もなくなって、友達の家に行くのも無理そうだったから、野宿の準備のために服とか食べ物とかいろいろ買ってもらってた」

 と正直に答えた。


 腕を組んで考える墨乃地先生だ。

「お前のお母さんからお父さんと喧嘩した、って話を聞いたんだがそれが原因か?」

「そうよ。そもそも父さんが分からず屋だからこうなったのよ」

 と掃除をしながら私は答えた。


「良いか悪いか分からんが、教頭だったから穏便に済んだ話……なのか? 知らない奴だったら、むしろそこで相手の男と俺が、もっと派手な乱闘騒ぎになっててもおかしくないんだぞ?」

 と、墨乃地先生は腕を組んで答える。


 そんな姿を見ていたら心配してくれてるのが分かって、私はなんだか嬉しくなった。


 でも墨乃地先生はそこで私の目を見て

「自分で自分の行動を自信をもって、これで『間違ってない』っていえるか?」

 って聞いてきた。


 まっすぐ問われた私は間違ってない、とは言えなかった。バカなのは父さんだけど、私も食器を片づけてなかった。怒られる原因は私にあったんだ。


 墨乃地先生の問いかけに答えられない私に

「援交はやめておけ。一時の感情で自分を危険にさらすな。援交のことをお前の未来の旦那と子供に胸張って言えるのか?」

 と先生は私の目をしっかりみてそう言った。


「若いうちからそんな重い荷物しょいこむな。すぐ疲れちまうぞ? 子供なんだからもっと肩の力を抜いて生きていいんだ」

「子供扱いしないでほしい」

 と言って、私は掃除の手を止めた。


 それを見た墨乃地先生は

「お前は俺から見ればまだまだ子供だ。嫌なことは嫌だってちゃんと言えたのか? 自分の言葉で頑張って話すことはできたのか?」

 と問いかけてきた。


「私は父さんに嫌だって言ったよ。自分の言葉で話したよ! でも聞いてもらえなかった! 躾だって言って頬を叩かれた……!」

 と私は反論した。


「そうか。それならご両親とも俺が話をしてみよう。それで解決するかどうかは俺にも分からん。けれども、お前が自分の気持ちをきちんとご両親に言ったというのなら、そこから先はお前のご両親からも話を聞かないとお前が可哀想だしな」

 と考え込み、墨乃地先生は腕を組み直した。


「辛いなら辛い。良いなら良い。嫌なら嫌だ。その一言を相手に伝える。それができていたら、お前に問題はないよ。たとえ分かりあえないことが分かっても、それはお互いにとって確かな一歩だ。あとは落とし所を探すだけだ。まぁ、その落とし所が楽に見つかるなら、話は簡単なんだけどなぁ」

 と1人で墨乃地先生はため息をついていた。


「気持ちは言葉にしないと相手には伝わらない。言わなくても伝わるなんて、かなり難しいと俺は思うけどな」

「でも以心伝心って言葉もあるよ?」

 と私は思いついたことを話した。


「仲の良いカップルならあるかもしれんけどな。いいか、よく考えろよ? その四字熟語の本質は、雰囲気やその場の空気で想いを伝える、ということを知ることの方が大切なんだ。もっと踏み込んでいうなら雰囲気や空気でって意味だ。話をしなくても想いは通じるって意味じゃんだぞ?

 それに仮にだけども、お父さんの考えてることが分かるならさ。そもそもお前はお父さんと喧嘩して家出なんてしてないだろう?」


 と指を差され、そう言われた私はぐぅの音もでなかったんだ。

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