第36話 咲見崎サヤの告白①
☆
1995年の2月頃、中等部の2年だった私は両親と仲が悪く、気に入らないことがあればすぐに喧嘩した。私が悪いと今では思うけども……両親、特に父さんとの関係が最悪だった。
服を一緒に洗うのも嫌だったし、顔も見るのも嫌だった。そんなんだから当たり前のごとく話をするつもりも全くなかった。
反抗期だったからと言われてしまえばそれまでだ。そんなことは知らない、聞いてない、と私と父さんはいつもぶつかり合った。
「ご飯を食べたら食器はキッチンへ戻しなさい」
父さんは言った。
「今日はたまたま忘れただけだって」
と私は口答えした。
「今日だけやってない訳じゃないだろう。母さんの負担をちょっとでも減らしてやれ、と言ってるんだ」
私は黙って聞き流していた。それでも父さんはしつこく言ってくる。
「俺は食器を洗えと言ってる訳じゃないんだぞ? 食べ終わった後で食器を持っていけばいいと言ってるだけだ。そんなこともできないのか?」
その物言いにカチンときた私は
「そう思うなら気づいた時に、父さんが私の食器を運べばいいじゃない。なんならついでに父さんが食器を洗えば、全て丸くおさまる話じゃない」
と反論した。
「そういう話じゃないだろう。誰か1人が負担を背負うんじゃなく、分担しようという話だ。こんな簡単な話も分からないのか?」
父さんは相変わらず自分の考えを私に押し付けてくる。会話の中に何か皮肉を言わなければ、気がすまないのだろうか?
「もうやめなさい、2人とも。食器は私が片付けますから」
と母さんは喧嘩するほどのことでもない、と言いたげにため息をついて、そう言った。
「そうはいかない。これはサヤの躾の問題だ。こういう小さなところをしっかり躾けることで立派な大人になるんじゃないか」
母さんの言ったことに父さんは反論する。
私は小さなことを、ネチネチ言ってくる父さんが大嫌いだし、納得なんてできる訳がない。
「父さんの話はいつだって押しつけがましい。そんな上から押さえつける言い方しかできないから出世できないのよ」
パン! と音がした。しばらくして私の頬が痛みを訴える。こんな小さなことで、初めて父さんから頬を叩かれたことが、私は信じられず
「なにすんのよ!」
と叫んでいた。
「躾だから当たり前だ。悪いことをしたら、そうではないと叩いてでも躾ける。それが親として当然の在り方だ」
「こんな小さなことで叩くとか、頭オカシイんじゃないの? そんなんだから部下は誰も慕ってくれないし、会社の不満しか家で話をできないんじゃないの!? バッカじゃない。父さんなんて大っ嫌い!」
と捨て台詞を言い残し、私は家を飛びだした。そう、私は家出したのだ。
「うちの父さんってこんなバカなんだよ! 信じられる?」
とその日の寝る場所を得るために、このことを友達に言いふらした。
友達も私のいうことに同意し、
「そんなひどいお父さんなの?」
と言ってくれた。そこまできたらあとは話は簡単だ。
「それで悪いんだけど、1日泊めてくれない? 帰りたくないのよ」
と、言えば同意した手前、良いよと言ってくれる友達がほとんどだった。
友達の家にお邪魔してお泊りするのも悪くない、と私は思っていた。色んな話ができるし楽しかったからだ。
そんな中でも
「2~3日泊っていきなよ。教材は学校に全部あるんだしさ。家の親にはサヤが勉強しに来た。分からないところを教えてもらうんだ、って言っておくから!」
と言ってくれた。私は感謝して泊めてもらった。そしてそのまま友達の家を泊まり歩いて家出を続けた。
そんなその日暮らしの家出中だった。友達の家を転々とする生活を続けていたら、父さんがいきなりやってきて、
「帰るぞ!」
と私の手を引っ張った。
抵抗した私は父さんに引っぱたかれた。私は本当にこのバカな父さんに腹が立った。
あげくの果てに
「俺の娘を誘拐するつもりか!」
私を泊めてくれた友達とその家族に、そう言い放ち
どうしようもなく腹が立ち、顔も見たくないと思った。そう思ったら涙が止まらなかった。連れて帰る、と私の手を握った父さんの手を振り払い、私はその場から逃げだした。
それが2月の寒い日だった。周りはバレンタインデーだと浮かれていた。その幸せそうな顔を見ると無性に腹が立った。よく分からない怒りが生まれた。
何故、私の父さんはこんなに分からず屋なんだろう。自分の意見しか押し付けてこないんだろう。躾なら何をしても良いというのだろうか?
なんで私は父さんと母さんの子供として生まれてきたんだろう? と思うと、何故だか分からないけど涙が止まらなかった。
そのまま凍えそうになりながらコンビニで本を立ち読みして暖をとった。あまり長居はできないから一晩をコンビニを転々として眠らずに過ごした。
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