5.愛してるゲームⅢ(背中)

「じゃあ……せんぱい、じっとして、動かないようにしてね」


//SE:ベッドが軋む音

//SE:背後で人間が動く音

//後輩、ベッドの上に乗って、先輩の後ろに行く


「では、後ろから失礼するね……えーいっ。ぎゅー」


//SE:背後から抱きしめる音

//SE:服が擦れる音


(先輩、動かないように堪える)


「えっへへ~……せんぱいのにおいがする」


「それに、せんぱいってけっこう背中、おっきいんだね。気づかなかったよ」


SE:服が擦れる音


「こうしてると。あったかくて、なんだか安心するね……知ってる? せんぱい。人とハグをすると、脳が幸せホルモンを分泌するんだよ。だから、私がこうしていてせんぱいに抱きついて落ち着くのは、なにもおかしくありません」


「匂いとか、気にしなくていいから。個人的には……結構好きかも。なんてね」


「私としてはー……しばらくこうしていたいけど。でも、せんぱいの顔が見えないのが残念かな」


//楽しげに


「ねえせんぱい、いま、どんな顔してるの? 照れてる? それとも、にやけちゃいそう? ねえねえせんぱい、教えて?」


//先輩の反応を見て、後輩、愉快そうに


「んふふー。じゃあさ、逆に私がいま、どんな顔してると思う? ねえ、せんぱい、当ててみて?」


「ちっちっちっちっちっち……はい、正解はね……私にもわかんないや」


「あ、こっち向いたりしないでよー。いまの私の顔、ちょっと見られたくないから」


//SE:抱きしめるのを強くして、服が擦れる音

//少し不安げに


「……せんぱいは、さ。私にこうされて、嫌じゃない?」


「嫌じゃないなら……もう少しだけ、このままでいさせて?」


//後輩の吐息が混ざりつつ、静かな時間が十秒程度が過ぎる


「……そういえば、ゲーム、いつ終わりにしよっか。まさかせんぱいがここまで我慢強いーっていうのは予想外だったから、決めてなかったよ」


「いっそのことさ、ずっとこのままじゃ、だめかな?」


「終わりがないゲーム。そういうのがあっても、いいじゃん。せんぱいは、私にこんなふうにされていて、悪い気はしてないんでしょ?」


「私のことが好きならさ、別にこのままじゃ、だめ? 別に、付き合ったりとかしなくてもさ、それなりにできることはあるんだし」


「……それでも、私とお付き合い、したいの? やっぱり私……わかんないよ」


「……あのね、せんぱい。ならさ、私の話、聞いてよ」


「前にも話したかもしれないけど、私、片親なんだ。うん、お母さんと二人暮らし。ある日お父さんが離婚して、出て行っちゃった」


「そのときね、私、知ったんだ。好きじゃなくなったなら、そんな風に捨ててもいいんだって。そんなことをしていいんだって、知っちゃった」


「それだけがきっかけってわけじゃないけど……気づいたときには私、うまく生きられなくなっちゃった」


「普通のひとが信じてる、愛とか、恋とか、そういうのが、全部他人事にしか聞こえない」


「せんぱいに、信じさせてー、なんて言ったけどさ……私は多分、私のことが信用できないんだ。誰かを好きでい続ける自分を、思い描けない。自分自身を信用できないのに、誰かを信じようだなんて、おこがましいことだよね」


//無理して明るく言っているような調子で


「……もし、さ。せんぱいがゲームに勝っても、私は、よくないよ。私、こんな人間だから。せんぱいは、優しくてかっこいいんだから。私よりもっとお似合いの、かわいくて、普通の子と一緒になったほうがいい。うん、きっとそう」


「だから、いつかその日が来るまでは、せんぱいにもいい思いさせてあげるから……それまでは私の前から、いなくならないで。お願い」


「ずるいことを言ってるのは、わかってるよ。でも、こうするしかないじゃん」


「私には、せんぱいしかいないから」


SE:離れる音

//声が正面から聞こえる形に変更


「あ、あれ、せんぱい、急に立ち上がって、どうしたの?」


//SE:抱きしめる音

//声、右後ろから聞こえる形に変更

//動揺している声で


「え……せ、せんぱい。なんでせんぱいが私のこと、抱きしめるの? ま……まだ、ゲームの途中だよ?」


//徐々に力が弱くなっていく声で


「ほ、ほら。いまならまだ、なかったことにしてあげるから。だから……離れてよ」


「ねえ、お願い……いま、そんなふうに抱きしめられたら、私……泣いちゃうから。面倒くさい子に、なりたくないのに」


「こんな弱いとこ、せんぱいには、見せたくなかった。私、せんぱいに甘えすぎてるの、分かってるもん」


「なのに、せんぱいはひどいよ。このままじゃ、戻れなくなっちゃう。せんぱいがいないとだめな私になっちゃう」


「だからほら、離れてよ……」


//SE:強く抱きしめる音

//涙が出そうなのを誤魔化すように深呼吸。それから数秒、言葉のない時間

//涙声を我慢する状態で、話を続ける


「……離れて、くれないんだ。ひどいなぁ、せんぱい。最低だ」


「でも……もう少しだけ、このままでいてよね。いま、絶対見せられない顔してる」


//小さな声で囁く


「……ありがとね、せんぱい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る