第52話  番外編 2 君はスーパーガールだから

 その男は、年頃となって周りの友人がどんどん結婚をして行った時にも、焦りを感じるようなことはなかった。何しろ、自分は伯爵家の三男である。伯爵家で三男ともなれば、世継ぎがどうの、血の継承がどうのと言われる事はほとんどない。


 自分の父や二人の兄のデロデロ姿を見るにつけ、

「うざー〜、ないわ、ないわ、ないわ、ないわ」

と、思っていたし、心底軽蔑もしていたのだ。


 何がどうなったって、自分はそうはならないぞ!精霊の加護やら、なんやらかんやらはすでに過去の話なのだ。今は、戦争でライフル銃も使うし、野砲も取り入れているような世の中なのだ。過去に授かった有り難い加護とやらには、絶対に!絶対に!振り回されやしないんだ!



 その女は、ある日突然、両親を亡くして以来、周りの支えを受けながら一人で生きていた。家族が欲しくて、欲しくて、私がお嫁さんになったら、これだけ素晴らしいのよ!とアピールしていくうちに、いつしか尽くすのが当たり前となり、そうして都合の良い女に成り果てた末に、捨てられてしまうのだ。


「わかってる!わかってる!わかっているんだけど!ついつい、尽くしちゃうんだよ!」


 都合の良い女は、男の都合が良いように振る舞ってしまう習性を持っていた。更には、自分が捨てられた時に傷が深くならないようにするために、無意識のうちに自分が捨てられた時のシミュレーションをしてしまうような女なのだ。


 そこに愛があっても不安で、いつしか愛想を尽かされて、捨てられてしまうんじゃないかと考える。


 王家主催の舞踏会では、武功をあげ、広大な領地を持つ辺境伯の地位を戴いたバルトルトの周囲は華やかだ。愛人、後妻希望の令嬢たちに囲まれるバルトルトの姿を眺めたフローチェは、思わず桃色の瞳に涙を溜めてしまう。


 確かに、フローチェは伯爵家の血を引いてはいるけれど、そのほとんどの人生を市井で送ってきたような女なのだ。


『貴族の令嬢』の中ではかなり枠から外れてしまっているし、自信なさげにバルトルトを見つめるフローチェの姿は、ハールマン家の嫁にしては異質の部類に入るだろう。


「お祖父様、どうしましょう。やっぱり、バルトさんには私じゃなく、由緒正しい貴族令嬢の方がお似合いなように思えるんです」


 フローチェの由緒正しさを問われると、彼女が市井で暮らすようになったのは自分の所為でもあると考えるショルスとしては、心苦しい思いをすることになる。


そんなショルスだからこそ、

「フローチェ、もしもの時には、彼を捨てて、じいじとオルヘルス領に行って楽しく暮らそう」

ついつい、そんなことを言い出してしまう。


「マルタ湖という美しい湖があるんだけど、そのほとりに建てた別荘があるんだよ。風光明媚なところだし、アルメリアの花が一面に咲いていて美しいんだ。面倒臭い貴族のしがらみはないし、のんびり楽しく暮らせると思うよ?」


 その話を近くで聞いていた子爵家の令息が、

「フローチェ様、我が領地にはミグノスの滝というとても美しいところがあるのです。妖精のように美しい人、あなたを是非、その滝へ案内したい」

と、ナンパを開始し、

「フローチェ様、我が領地は港を有しており、夕暮れ時が一番美しいのです。私はぜひ、美しい貴方とその夕日を眺めたい」

と、伯爵家の次男までナンパ大会の参加を表明。


 あれよあれよという間にフローチェが年頃の男性に取り囲まれると、あっという間にフローチェの足が掬い上げられて、ドレス姿のフローチェの体が宙を浮いた。そうして、バルトルトに抱きあげられたフローチェが、習慣のように彼の首に自分の両手を回すと、バルトルトは彼女の頬にキスを落としたのだった。


 辺境伯となったバルトルトが令嬢たちからの人気が高いのはいつものことなのだが、そのバルトルトの妻となったフローチェは、実はバルトルト以上に人気が高い。


 何しろ、不毛な土地、終わった街と言われたヌーシャテル領が、彼女が現れたことで息を吹き返したのだ。鉱山からの毒の流出はぴたりと止まり、採掘事業が再開された後も、毒ガスによる死亡者が出ていない。


 奇跡の女神とも呼ばれるスーパーガール・フローチェが、ハールマン家の男であるバルトルトの愛が信じきれていないというのは有名な話(バルトルトに女性が集っていると、いつでも不安そうな表情を浮かべているので、噂に尾鰭背鰭が付いている)なため、スーパーガール狙いの輩が山のように増えているのだ。


「ショルス殿、離れている間はフローチェを頼みますと、確かに言いましたよね?」

「言われたけど、孫があんまりにも寂しそうな顔をするものだから」

「貴方には任せていられません!」


 挨拶は済ませたとばかりに、バルトルトはフローチェを抱えたまま会場を出ると、馬車に乗り込むところで声をかけられることになったのだ。


 後を振り返ると、宰相の元で働く侍従の一人が居て、紙を折り畳んだだけのものをバルトルトに渡してくる。その手紙の内容に視線を落としたバルトルトは、しわくちゃになるまでその紙を握りしめたのだった。


 紙面には『ザイストの王が貴殿の妻を狙っている』と記されており、紙面の端の方には『貴殿の判断でザイストを征服してもよし』と書いてある。


 鉱山に囲まれたザイストだが、閉山している山が多いのが特徴の一つでもある。その閉山した山がアシャラ鉱山のように再開できるのなら、占領しても何の旨味もないザイストが、ゴーダにとって是非とも占領下に置きたい国の一つに変貌するわけだ。


「貴殿の判断でってところがムカつく〜!」


 万が一にもザイストがフローチェに手を出すというのなら、バルトルトにはザイストを滅ぼす覚悟は出来ている。宰相によってお墨付きが貰えたことになるのだが、何だか誘導されているようで腹が立つ。


 そもそも、フローチェと出会って以降、何かの運命に流されていくような感覚をバルトルトは覚えていたのだが、

「バルトさん?大丈夫?」

 馬車に乗り込んでいたフローチェが心配そうに声をかけてきた為、バルトルトはとろけるような笑みを浮かべながら馬車に乗り込んだ。


 王都に居る間は、二人はハールマン伯爵邸に厄介になっているため、馬車は王宮からハールマン邸に向けて出発する。


「フローチェ」


 バルトルトは膝に乗せたフローチェをギュッと抱きしめると、フローチェは安心した様子でホッとため息を吐き出した。自信がないフローチェは、未だに捨てられることを心配している。そのため、確かな愛情を感じ取ると安心したように身を委ねる。


 フローチェと甘いキスを交わしながら、バルトルトはひたすら考えていた。


「僕は君しか愛さない、君は僕しか愛さない。それで問題ないでしょう?」

「はい、バルトさん」


 誰であれ、フローチェに手を出す奴は殺す。妻との時間を損なわない為にも、どうやったら敵を短時間で駆逐できるか、頭の中をくるくると勢いよく回転させていく。


 愛と戦いのハールマン家の男たちは、こうして、王家に都合よく使われていくことになるのだが、それもまた、精霊の采配というものなのかもしれない。


「バルトさん、愛してる」

「フローチェ、絶対に僕の方が君を愛しているから」


 バルトルトにとってフローチェはスーパーガールなのだ。彼はフローチェの奴隷も同じ。彼女の愛を勝ち得る為には、どんな汚泥でも飲み込む覚悟は出来ている。


                     〈 完 〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【連載版】 君はスーパーガール 〜捨てられた私は誰かの特別にもなれるの〜 もちづき 裕 @MOCHIYU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ