第51話 番外編 1 効率が悪いことが嫌いな男たち
ベンジャミン・ボーエンはゴーダ王国の北方に位置するリギ山脈の近くにある、タラネト鉱山の第五地区の責任者として働いていた。
このタラネト鉱山は王家所有の鉱山となるのだが、王都で罪を犯した人間が送り込まれてくる牢獄のような場所だったわけだ。
ベンジャミンはタラネトの麓に広がる鉱山街の出身の男で、罪人の管理を任されているうちに、あれよあれよという間に出世をして行った。見かけは貧相な顔をした小太りの男でしかない彼が、何故、それほど出世したのかが、ほかの地域の人間には理解出来なかったりするのだ。
タラネト鉱山で働く人間の中には、そんなベンジャミンの出世が気に食わず、嫉妬と羨望から嫌がらせをする者も多い。うんざりとした毎日を送っていた彼の元に、一通の手紙がある日、届くことになったのだ。
曰く、新しい鉱山にタラネト鉱山同様、罪人をたくさん入れることとなった為、そこで統括として働かないかというお誘いの手紙だった。統括といえば鉱山の中でも人事権を握るトップのようなもの。いくらベンジャミンが醜男だとしても、トップとなれば、嫌がらせが起こることもないだろう。
そうして、バルトルトの誘いによって引き抜かれたベンジャミンは、アラシャ鉱山の統括に就任早々、一同を集めてこう宣言したのだった。
「聖霊様のご加護がまずは第一、無理な採掘は極力行わず、安心安全をもっとうに鉱山の採掘を行って行きましょう!」
鉱山を採掘するためには、まずは鉱脈を探る専門家の意見を取り入れた上で、掘り進めていく必要があるわけだ。
アラシャ鉱山の場合、採掘現場に集まったのは経験者半分、素人の罪人が半分という状態。力がない女や子供には、採掘した石の選別を行わせることになったのだが、
「何故!私がこのようなことをしなければなりませんの!」
「冗談じゃないわ!私が何故!下賎の者がやるような作業を行わなければならないの!」
と、ヒステリックを起こす貴族令嬢たちが出てくることになったわけだ。
そのうち、貴族の年若い令息たちまで騒ぎ出し、脱走騒ぎが連続して起こるようになったわけだ。
「バルトルト様に相談なさいますか?」
と、周りの者たちがベンジャミンに声をかけてきたが、ベンジャミンは首を横に振って笑って答えた。
「この程度の対応が出来ないようでは、私がここに呼ばれた意味がありませんよ」
ベンジャミンは、脱走を企てて捕まった年若い男女を自分の目の前まで引き出すと、彼らの着ているもの全てを奪い取った。何も身に纏わぬ状態にしたところで、監視をつけて、一日の仕事に向かわせることにしたのだった。
男も女も素っ裸の状態で働くなんて、無事で済むわけがないのだが、武装した監視の目が常についているため、何かが起こるわけがない。
そうして一日の仕事が終わった後に、再び真っ裸の状態の若者たちを目の前に並べて、
「ゴーダ王国では、鉱山に収監された罪人の処分は処刑一択だったのだが、それではあまりにも哀れだろうということで取り入れられたのが、全裸の刑である」
と、ベンジャミンは言い出した。
「全裸とは究極の状態であり、諸君は今日、絞首刑の一歩手前の状態を体験した事になる。もちろん君らにはペナルティが付いた状態となる、希望者には男でも女でも娼館へと斡旋出来るので、ここで働くのが嫌になったらいつでも言ってくれたまえ」
と言って彼らに衣服を着るように指示を出した。
次の日には、ベンジャミンがここまで出世をしたのは、絶対に罪人を脱走させることがなかった事と、適材適所を弁えている人物であるからだという噂を流し込む。
そうして数日後には、男をたぶらかして遊んでいた年若い女であれ、男であれ、絶対に脱出不可能と言われる娼館送り(鉱山内にある、三重のゲートで囲まれている)にしたのだった。
自分たちは尊い身分なのだからと、いつまでも考えているような人間が居るのだが、罪人として送り込まれている限りは、そんな身分など存在するわけがないのだ。
問題がなければそれでいいし、問題があればそれなりに対処する。その対処の仕方が過激であったが為に、みんなが真面目に働くようになるわけだ。
そうして数ヶ月が経つうちに、身内の罪によって連座で鉱山送りになった人間のうち、真面目に働く男たち数十人に恩赦を与えて、辺境伯軍へと移動させることにした。
そうして、入れ替わるようにして、軍の中で問題がある兵士20名が、罰として鉱山で働くことになった。
「ベンジャミンさん、うちの連中が迷惑をかけると思いますけど、宜しくお願いします」
と、言い出したのが、領主軍、王国軍を一つにまとめ上げた司令官のアダムだった。鉱山の統括となったベンジャミンは握手をしながら、
「全然問題ないですよ」
と、豪語した。
ベンジャミンは、タラネト鉱山からアシャラ鉱山へと移動する際に、二十人の部下も連れてやってきた。二十人の部下はベンジャミンのやり方を十分に理解しているし、卒なく何でもこなしていく。
アシャラではベンジャミンが実質のトップだし、お給料は良いし、休みもきちんと取れる労働環境のため、生き生きと働いているのだった。
「それにしても、アダムさんが司令官なんて、随分と出世したものですね」
「それはベンジャミンさんも同じでしょうに」
平民出身のベンジャミンと、異民族との混血のアダムは、リギ山脈のウシュヤ族を相手にして戦った時に、バルトルトの下で共に戦った仲間でもある。
「それを言ったらバルトルトさんなんて、伯爵家といえどただの三男だったというのに今や辺境伯でしょう?嫁さんがあげまんだったんですかね〜?」
「うっ・・そういうことは私には何とも・・・」
確かに、バルトルトの出世にはフローチェが関わっているのは間違いない。ただ、アダムとしてはその下品な呼称がちょっと・・万が一にもバルトルトに聞かれたら、どんな災いが降って訪れるかわからないから、何とも言えないのだ。
「そういえば噂に聞いていますよ?辺境伯軍は、王国軍、領主軍にそれぞれ所属だったゴーダ人、戦に負けたザイスト人、民間兵上がりの地元民と、バラエティ豊か過ぎてまとめるのが大変そうだって」
「ああ、それについてはね、効率よく対応しようと思っていますよ」
「効率よくですか?」
「そう、何せゴーダ所属の部隊は裏切り者の部隊と私は呼んでいますからね。隣国に自国を売り渡そうとしたのは決して忘れないし、今こそ王家に誠意を見せろと言っていますしね」
そもそも、アダム自身がウシュヤ族との混血ということで、血筋を馬鹿にするような奴も一定数居たりするわけだ。アダムは、そういった輩と、反抗的な問題児を合わせて二十名、厳選して鉱山送りにしたのだが・・
「罰を受ける期間は二十日、どうなって帰って来るか、楽しみにしていますよ」
そう言ってアダムは去って行ったのだが、どちらにしても、ベンジャミンは自分の仕事を全うするだけなのだ。
兵士たちを受け入れた直後、就労中に、
「こんな仕事、やってられっかよー!」
と言って大騒ぎをする馬鹿たちが現れた。送り込まれた兵士のほとんどが騒ぎに関わったようなので、ベンジャミンは即座にそいつらの衣服全てを剥ぎ取った。剥ぎ取った上で、職場へと戻すことにしたわけだ。
今回の場合も監視人をつけているため、ただただ、問題児たちは全裸で働くことになったのだが、仕事終わりにベンジャミンは、全裸状態の一同を並べると、
「君らは、そもそもが罪人だというのが分かっているのかね?」
と、言い出した。
「だってそうだろう?国境警備隊も、ボスフェルト侯爵所有の領主軍も、我が国を裏切ってザイストに国土を売ろうとしたのだから」
上層部の判断だと言ったとて、ペナルティはペナルティなのだ。
「本来なら辺境の地へ開拓民として送られるところだったのを、一般兵として残されたのは陛下のご慈悲に他ならない。その慈悲を無碍に扱い、この鉱山に送り込まれているという状態になっても尚、自分の好き勝手にすると言うのなら、当初の予定通り開拓民として辺境送りにした方が良いのだろうか?」
ベンジャミンは素っ裸の男たちを眺め渡しながら言い出した。
「辺境の地はね、男であれ新参者は性の対象になるそうだよ。つまりは、今日のように素っ裸の状態で仕事をするようなものだから、事前にこんなものだと体験して貰ったのだがね?どうする?君ら、軍部に戻らず、開拓民になるつもりなら、私が手配をしておくのだが」
全員の男が平謝りに謝り出したのは言うまでもない。
誰だって開拓民になんかなりたくないし、裸で常時仕事状態になどなりたくはないのだから。
そうして衣服を渡された者たちは、次の日からは真面目に黙々と働いたのは言うまでもない。一度でもアラシャで裸体験をした者は、
「絶対に、二度と行きたくない・・」
と、言い出しては、思わずブルルッと身震いしてしまうのだ。
裸の刑はあまりに特殊な刑の為、最初の頃はそれを悪用しようと考える者も出てきたのではあるが、裸の刑が執行できるのはベンジャミンだけ。悪さをしようとした輩はその日のうちに裸にされて、その日の業務に戻らされることになった。
鉱山の食堂に配属されたマリータは、今日も今日とて、裸で働く男たちを眺めては、
「絶対にああはなりたくない!私はここから脱出してやるんだから!」
と、息巻いているのだった。
真面目に働いている者から恩赦が出る事になるし、男であれば軍部に移動も可能、女であれば鉱山町への就職も斡旋してくれるのだ。
アシャラ鉱山を統括するベンジャミンは、やる事は過激だが、アフターフォローはバッチリの男のため、みんなが真面目に働くという良い循環を生み出すことになる。
ベンジャミンが居なくなった後のタラネト鉱山がどうなったのか?
それについては、バルトルトはいつでも耳を塞いで、話は聞かないようにしているのだった。
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