第50話  君はスーパーガール

 ゴーダ王国が聖霊の加護に守られた国だというのなら、フローチェは精霊が使わした使徒なのかもしれない。


 領主軍が丸ごと裏切る形をとるところだったフォンティドルフ領は、バルトルトが司令官として派遣されることがなければザイストに確実に征服されていただろうし、バルトルトがフローチェと出会っていなければ、これほど上手く、敵軍を駆逐することは出来なかっただろう。


 もしもフローチェがマリータに邪魔されることなく、元恋人のダミアンと結婚していたら、きっと、叔父のマルセンは、姪となるフローチェを探し出したことだろう。


 無理やりフローチェを自分の物として子供を産ませ、その子供を伯爵家の跡取りとすれば、マルセンとしては瞳の色がどうのこうのと言われることがなくなるのだ。


 貴族であるマルセンにダミアン程度の男では、到底、抵抗など出来ないだろう。あり得ない未来を考えるだけで、バルトルトは身震いするほどの怒りを感じてしまう。


 唯一であるフローチェはすでにバルトルトのものであり、誰に奪われることもなく、バルトルトの腕の中でひたすら甘やかしていたい。


 お家乗っ取りを企まれたオルヘルス伯爵家は、王都までやってきたショルスの弟家族が正式に引き継ぐこととなり、血筋は守られることとなった。


 全ては精霊様のご配慮によるものだったと言うのなら、本当にそうかもしれないとバルトルトなどは思ってしまう。バルトルトにとってフローチェはスーパーガールなのだ。それは、敵国から奪い取った領土を征服している最中から、その効力は発揮されていたのだが。


「バルトルト様!バルトルト様!」


 フローチェと祖父のショルスを連れてヌーシャテル領の領都イフラバにある領主館へとバルトルトが帰還すると、早速、家令の一人であるフベルト・アベスカが、興奮を隠しきれない様子で駆けてきたのだった。


 フベルトは標高千メートル級の低山が連なるアシャラ山脈の麓に住む民族、アベスカ族の族長の息子で、圧政に圧政を重ねる領主を暗殺するために、領都に潜り込んでいたところをスカウトした人物でもある。


「バルトルト様!鉱山からの毒ガスの流出が収まったままなのです!鉱山毒による土地の汚染も、目に見える形で無くなっているんです!」


「聞いてる、聞いてる、きみ、その内容は手紙にも書いて送ってくれたじゃないか」


「でも!でも!これは凄いことですよ!やっぱり、我が部族の信奉する精霊のご加護が、まだアシャラに残っていたってことになるんです!本当にすごいです!」


 アシャラ山脈の麓には複数の民族が住み暮らしていた。彼らは自然に宿る数多の神を信奉するため、神は太陽神ただ一つと唱えて信仰するザイスト人とは相容れない。


 ザイストがこの地を治めるようになってから宗教弾圧が行われ、ザイスト人は山岳に住み暮らす人々をも迫害し、聖地とされる山を切り拓き、鉱山奴隷として最悪の環境下で働かせ続けた為に、多くの人々が亡くなったという。


 そうするうちに、鉱山には毒ガスが満ち溢れ、鉱山毒が雨水によって街まで流れ込み、ヌーシャテル領は『神に呪われた地』となったわけなのだが、ザイストの人々としては神の怒りを買ったなどとすると立場を悪くすることになる。そのため、すでに鉱石を掘り尽くした『終わった街』と、称することにしたらしい。


 そんな呪われた街で、ザイスト王家から派遣された領主が圧政を加え続けた為、遂にゴーダ王国の軍が街を救いにやってきた。というように、ヌーシャテル領の領民はバルトルトが考えたプロパガンダに従ってそう思い込んでいる。


 スヘルデ川にはすでに三つの橋がかけられ、無事に渡河を果たした国境警備隊がヌーシャテルの治安回復に乗り出すことになったのだが、それと同時に、司令官夫人であるフローチェがイフラバの領主館に入ることになったわけだ。


「バルトさんが大変な時に、黙って引きこもりなんてしてられません!」


 そう言って侍女頭のドーラと共に、一番民が疲弊しているアシャラ山の麓で食糧を配って歩いていたのだが、フローチェが訪れた場所には何故かアルメリアの花が咲く。


 アルメリアの花が咲いた土地には、清浄な空気が流れるようになり、毒が染み渡った土地まで変わり始めてきたと言われるようになり、

「あら・・これって何かしら?」

 たまたまアシャラの麓の森の中で、汚れた古代の手鏡をフローチェが発見して以降、アシャラの山は劇的な変化を遂げることになったのだった。


 文明が発達し、自然を信奉するよりも、技術革新に人々の熱意が向かう今の世の中で、精霊信仰をするゴーダ王国の国内でさえ、精霊の加護を軽視する傾向にあったのだ。


 精霊に纏わる話は所謂おとぎ話程度のものでしかなく、目に見えぬ加護の力など、あってなきが如し。とは言っても、やはり精霊の加護は存在するのだ。恐らく、アシャラ山には元々聖霊の加護があったのだ。それを、ザイストの王家が安易に排斥にした結果、呪われた土地へと変貌することになったのだろう。


「母から古い鏡には聖霊が宿るから大切にしなさいと良く言われていたんです」


 森から拾い上げた古い鏡を磨きながらフローチェがバルトルトの方を振り返りながらそう言い出した時に、この地は劇的な変化を迎えることになるだろうとバルトルトは予感めいたものを感じた。


「ふむ、ふむ、そうか、この地に精霊信仰を取り戻したのだな」


 アシャラ山の麓に小さな神殿を建てたバルトルトは、そこに、フローチェが拾い上げた鏡を安置した。


 山に入る前には必ず神殿への参拝を行わせるようにして、山での無事故を祈願する。


 毒ガスが漏れ出た鉱山には清浄な空気が流れるようになった為、ゴーダ王国から多くの専門家が招き入れられ、採掘の為の調査が行われるようになったのだ。


 信仰を失うことがなければ、聖霊は恩恵を分け与えることに対して否はない。


 アシャラの麓には数多くのゴーダ人が送り込まれ、鉱山の仕事に従事をすることになった。本来、連座で処刑となるところだったフォンティドルフ領の人々は、国王陛下から特別な恩赦を与えられるということで命拾いし、鉱山への労働へ従事することになったのだ。


ボスフェルト侯爵が所有する領主軍はそのまま辺境伯の管理下とし、王国軍である国境警備隊と合流。ヌーシャテル領へ全軍が配備される事となり、いつザイストが攻め込んで来たとしても、即座に対応できるようになっている。


 税が免除されている間に、アシャラ鉱山の整備が進んだ関係で、ヌーシャテルの人々の暮らし向きは目に見える形で変化した。またその様子を見ていた近隣の領主たちは、ザイストから抜けてゴーダ王国への合流も考え始めるようになっているという。


 なにしろ、ヌーシャテルにはフローチェの祖父も含めて、聖霊の加護持ちが三人も移動してきたことになる。ヌーシャテルは見違えるほど緑豊かになり、至る所にアルメリアが咲く美しい土地となったのだ。


「フローチェ、愛しているよ」

「私も愛しています」


 そんなことを言いながらイチャイチャする二人を見ながら、祖父のショルスは大きなため息を吐き出したのは言うまでもない。


                       〈 完 〉

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