第49話  バルトルトのその後

 バルトルトは、幼い時から見続けている、母に対してデロデロ状態の父を見て、

「キッモ!」

 と思ったし、夜会で誘拐するようにして貧乏子爵家の令嬢を兄が連れて来た時には、

「ヤッバ!」

と思ったし、図書館で見染めた女性の婚約者が、七人もの女と同時進行で付き合う猛者であったと知った次兄が、あらゆる手段を使ってその婚約者を破滅に追いやり、即座に自分の婿入りを決定させた時にも、

「コッワ!」

 と思ったものだった。


 ハールマン家の男の愛は異常(ふかい)と言うけれど、自分はああはなるまいと心に誓ったバルトルトは、女性とのライトな交際を続けながら、

「僕は大丈夫!父や兄とは絶対に違うと断言できる!なんなら一生結婚なんかしなくていい!」

と、心の中で宣言していたわけだ。


だというのに、ティルブルクの飲み屋にドロドロの化粧で現れたフローチェと出会って以降、

「あああ・・やっぱり僕も!ハールマン家の男だったのかも(・・)しれない!」

と、心の中で絶叫することになったのだ。


 かもってなんだ?かもって?かもじゃなくて、ハールマン家の男の中でもかなりのガチ勢になるんじゃないの?と、ハールマン家の使用人一同、みんながそう思っているのだが、

「僕はまだ(・・)、マシなはず」

と、バルトルトは心の中で、未練がましくそんなふうに考えている。


 愛と戦いの加護を持つハールマン家の男、バルトルトは、妻に仇なす全ての勢力を排除することに成功すると、妻を中心に愛と愛と愛と愛で満たされた世界を構築していくことにした。


 王都での結婚式は半年後だとしても、それまでに辺境を統括してまとめ上げなければお話にならない。

 バルトルトが帰るのと同時に、次兄のファビアンが身重の妻の元へと帰って行ってしまった為、バルトルトは副官のアダムを司令官の地位に就けた。


「はい?嘘でしょう?嘘と言ってください!」


 バルトルトの副官として支え続けてくれたアダムは、北の異民族ウシュヤ族とゴーダ人との混血であるが故に、姓すら持たない身分なのだが、

「国王陛下からの命令書だよ?ザイスト人を統括するには、軍部のトップは生粋のゴーダ人よりもアダムみたいなタイプの方が希望が持てるでしょ?」

と、言い出した。


 命令書にはアダム・サムエルフと勝手に母方の姓がつけられている。王命で司令官と言われれば、つい最近まで、

「王命まで出してくるバルトルトは鬼畜以外の何者でもないよー!」

と、文句を言っていたファビアンと同じ立場に躍り出ることになったわけだ。


「ぐわぁあああああああああ!」


 と、よくわからない雄叫びをあげながら自分の髪の毛を掻きむしっていたが、そんなアダムの苦悩など知ったことではない。

 そもそもバルトルトとて、なりたくて辺境伯の地位に就いたわけではないのだ。


 ただ、あの時、

「えええ!ティルブルク含め、ヌーシャテル領まで治めるんですかぁ!私!ティルブルク出身なので、お役に立てることは何でもやります!」

と言って意気込む可愛らしいフローチェを見て、

「それじゃあ、万が一にも任じられるようなことがあれば、一緒に頑張っても良いかもしれないね」

 などと言ってしまったバルトルトはただのバカだ。


 辺境伯については前向きと、父と兄に判断され、

「そうか、そうか、では国境の治安の維持は、バルトルトに任せよう」

 と、国王陛下に言われ、

「これは私からのプレゼントだよ」

 と言って宰相が渡してきた書類は、辺境への税の徴収は三年の間は免除するという・・


有り難いんだか、有り難くないんだか。とりあえずは貰っておこうと思って、すぐに懐に入れるくらいには重要な書類だったのだ。


 ちなみに、ボスフェルト侯爵が統治していた土地は王家の管轄となり、寄子となる子爵や男爵が収める土地は、周辺の領主が分け合う形となる。有用であると王家が認めた貴族家のみ、寄親を変える形となったが、それ以外の貴族については身分を剥奪。


 何せ、複数の貴族家の裏切りにより、危うくゴーダ王国の食糧庫とも言われるフォンティドルフ領が、隣国ザイストに奪われるところだったのだ。


「だ・・だ・・だからと言って・・みんなが殺されるのはあまりにも可哀想です!」


 国を売り渡すなどとんでもない。結局、最後の最後で、女性兵士エスメル・マウエンの裏切り行為が決定打となり、寄り親となる侯爵の爵位剥奪のみで済むような話では無くなってしまったのだ。


寄り親に連座する形で多くの貴族が没落するだけでなく、首を切られる貴族はかなりの数に登るだろう。フローチェの元後輩であるマリータなどは、死刑一直線。マリータが死刑なら、連座という形でマリータの一族もただで済むわけがない。


「国を裏切るということは、それだけ大きな罪だということになるんだよ?」

「でも、バルトさん、処罰が降る人の中には小さな子供まで含まれるそうじゃないですか!」

「だけどね、国を裏切るということは、それだけ大きな罪だというわけで」

「でも!でも!処刑一択だなんて可哀想すぎますよ!」

「ああー〜・・・」


 通常、このような裏切りが二度と起きないように、国中が震え上がるほどの処罰が下るのが当たり前。今回は、裏切りの規模が大きいだけに、連座して捕えられる人の数も膨大となったのだが・・


「ふむふむ、嫁の意見に従って、あのバルトルトが助命嘆願をしてきたぞ?」


 王都で行う結婚式までの間、身辺の足場固めに乗り出したバルトルトが国王へ向けて送ってきたのが、今回の一連の事件に関わる人々の助命嘆願書なるものであり、

「主要人物さえ王都に引き渡されるのであれば、それで良いのではないですか?」

 宰相が、小さく肩をすくめながら言い出した。


 今まで通りの杓子定規なやり方を取り、関わった者だけでなく、一族郎党全て処分という形を取ると、処理をするまでの裁判にも時間がかかるし、ただでさえ忙しい中央の官僚が多忙を極めることになる。


 しかも、全員殺したところで後味が悪いだけ。結果、想像もつかないところから恨まれたり、反乱を企てられることだってあるわけだ。だとするのなら、証拠もあり、隣国との裏切りが明確な罪人のみを処分(処刑)とした方がこちらも楽だ。残りのその他大勢については、離島に島流か、鉱山労働に回すか、さあ、どうしたものか。


「助命の嘆願が通るのなら、罪人の面倒は自分が受け持つとまで言っているのだが?」

「本当ですか?信じられないですね?」


 バルトルトからの嘆願書を受け取った宰相は、思わず唸り声をあげてしまった。


 隣国ザイストから切り取ったヌーシャテル領は、領主の圧政と重税により、酷く衰退してしまった土地柄であるだけでなく、鉱山から流れ出る鉱山毒によって、不毛な大地と化している。


 ヌーシャテル領は、あらかた鉱脈を掘り尽くしてしまった『終わった街』と呼ばれる場所なのだ。今の時点では何の旨みもない上に、昔から複数の民族が住み暮らしているような土地柄だからこそ、統治も難しい場所なのだが・・


 そんな厄介な場所をバルトルト・ハールマンに丸投げした宰相としては、今以上に厄介ごとを背負い込もうとしているバルトルトの真意が良く分からない。


「まさか・・嫁に頼まれたというだけで?」

 ハールマン家の男ならやりかねないし、ハールマン家の男なら、なんとかしてしまうのかもしれないが・・

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