第六首『惜別の君に捧ぐ近代万葉集』

 グッドモーニング! 短波放送をお聴きの若干しょぼくれた皆さん、如何がお過ごしでしょうか。ディスクジョッキーの猫田猫だにゃん。心地好い月曜の朝を迎えました。澄み渡った空のような、ブルー・マンデーです。


 あれ、月曜日で良いんですよね?


 いや、リスナーさんに曜日を聞くのも筋違いなんですが、五本録りの一本目だから、月曜日のはず。済みません。ノイズが混じったことにして下さい。原因は、あなたがお持ちの古惚けたラヂオです。こちらは受信感度、抜群です。


 一週間前の最後の録りで、地雷踏み抜いた感じもしましたが、特に問題はなかったようで、なによりです。一週間前じゃないや、お聴きの方にとっては先週の金曜日ですね。三日前です。


 なにやらクレームを怖がっているような口振りですが、本音では、全然、怖くありません。天下のNHK…じゃなくて、天下の某公共放送ですから、庶民からのクレームとか、鼻紙以下の扱いです。ティッシュは虱よりは少しだけ、役に立ちます。これでフォローになったかな。


 民放さんも含めて各局に視聴者センターみたいのがあるじゃないですか。うちで言うと、ふれあいナントカ。あそこに文句言っても無駄ですからね。数種類ぐらいあるヤバい筋からの抗議は、上層部に直通で行くんですよ。昔から特別のホットラインがあるんです。


 なので、視聴者センターに電話掛けて来る下々は、端から雑魚扱いです。ガチャ切りしても問題ありません。偶に訴訟沙汰になるケースが持ち込まれたりしますが、そういうのも内容証明付きの封書が郵送されてから対処すれば良いだけです。局側は強気です。下手に絡まないほうが賢明です。


 まあ、お惚気話のろけばなしはこのくらいにして、短歌コーナー、参りましょう。あれ、番組名のコールしたっけかな。取ってつけたようなものなんで、どうでも良いですね。んじゃ、一首目。



「執行と 宣告されて まなじり

   浮かんだ君の 笑顔ぞ哀し」



 いきなり難しいな。眦は良いけれど、執行とか普通は短歌では使いません。行政文書ですか、お役所ですか。うちらも役所みたいなもんですが、建前上は協会です。放送協会。特殊法人です。


 営利目的の子会社をたくさん抱えていて、持ち株会社まで傘下置く、特殊な法人です。初めは社団法人だったかな。そんでGHQのケツ持ちで国から予算も貰える特殊法人に格上げです。もう、大協会と言っても過言ではありません。戦前からの既得権益をキープして羽ばたいております。


 受信料を下々から取り上げたうえに国から予算も貰ったりして、これ、最近は二重取りとか批判されるけど、公費は大したことありません。昨年度のラジオ国際放送の交付金は九億六千万円程度です。


 この短波放送のことですね。受信料を支払った上、別枠で納めた税金の一部も私の懐ろに流れ込むんです。知らないほうが幸せなこともあります。


 では、年間予算実に十億円の短波放送がお届けする超大型番組「ニッポンの朝ぼらけ」。あれ、今、なんかお手持ちのラヂオを壁に叩き付ける音が聞こえてきた気もしますが、幻聴でしょう。二首目、行きます。



「死刑の日 首にくくりた 縄の跡

   散るや無惨に 走馬燈見ゆ」



 走馬燈って実際、見たことないけど、お盆の提灯の一種だっけか。馬が走るとか、そういう仕掛けだったような。それは別にして、死刑とか穏やかじゃないですね。何だろ、これ、最初の歌と関係あるの?


 今日はお題を知らされていなんだけど、あれでしょ。先週の一本目と同じ、府中や小菅の別荘がどうのとかいうやつ。獄中歌とか、洒落たこと言ってたっけか。企画が被ってないですか。今ひとつ、趣旨が飲み込めないな。取り敢えず、三首目。



「田舎道 カンカン響く 踏切の

   残響未だ 耳に残りし」



 田んぼの中の小さな踏切、情緒がありますよね。ノスタルジックな香りが漂います。私は勤め先が渋谷なもんで、ど田舎って憧れちゃいます。電車が三時間に一本くらいなんでしたっけ。山手線は逆に三分に一本の割合なんで、うざいです。井の頭線とか東横線、銀座線とか色々あり過ぎて、うざいです。全部合わせると、三十秒に一本来る計算だっけかな。


 それに比べたら、三時間に一本とか素敵です。偶々通り掛かったら、一両編成のオモチャみたいな車両が来たとか、そんな感じでしょうか。風情がありますね。電車の過ぎゆく音が、やがて遠ざかって消える。そんな長閑な風景が目に浮かびますが、今日のお題はなんなのか…ノスタルジック路線じゃないですよねえ。



「鳥なれど 束の間我は 鳥なれど  

   東尋坊とうじんぼうの 崖仰がけあおぎたり」



 田舎シリーズかな。いや、田舎とか言っちゃいけないんだ。ど地方シリーズ。東尋坊って福井県の名勝ですよね。絶壁と荒々しい日本海のコンビネーション。一度、行ってみたい観光地ですね。これを人生の最後にとか言うと全面的にアウトです。


 確か、東尋坊って怪力のお坊さんのお名前だったかと。酔っぱらわせてみんなで力を合わせて海に突き落として、めでたし、めでたし的な。そんなメルヘンだったと記憶してますが、歌の意味は分かり難いな。


 束の間、ちょっとの間だけ鳥さんになって、東尋坊の崖を…見下ろすのじゃなく、見上げる? 詠み人は崖の下にいるってことでしょうか。あー、なんか見えてきました。私、実はえちゃう人なんです的な。次、五首目。



「恨めども 憎きあいつは 振り向かず

   玄関先に 盛る塩辛しおつらし」  

 


 塩辛しおからいのかな。歳を取ると減塩に越したことはありません。詠み人は健康に気を遣われている長寿志向の方なんでしょうか。そんなことないですね。もう手遅れっぽいです。嫌ってるのは、盛り塩じゃないですか。


 うちの渋谷のスタジオにも、盛り塩しているところ、あります。前に照明が落ちて、真下にいた若い子の頭に云々とか。その近くに大道具さんが、塩を結構な量、盛っていました。私が踏んだら本気で怒られて、びっくりです。


 大道具さんって職人気質の古い人間が多ですからね。扱いが難しいんです。新人の頃、打ち合わせで、これこれ何十センチとか言ったら、怒鳴られました。「尺で言わなきゃ分からねえだろうが」って、頭ごなしに説教されたり。江戸時代かよ、って感じです。


 そんな職人さんの悪口はともかく、詠み人が亡者だったとか、そんなホラー調の仕掛けか。さんざ引っ張った割には、インパクト薄いですよね。幽霊にだけに影も薄い…って上手くまとめてはいないよな。もうひとつ、六首目。



「ダイヤルを 回して聴いた 鎮魂歌レクイエム    

   短波ラヂオは ついえてひさし」



 あれ、また意味不明になったぞ。今回は、幽霊が短歌を詠むっていう設定ですよね。いえ、短歌を書いて番組宛に葉書を送ってくれるのはリスナーさんです。仕込みではありません。


 そんな設定周りはさておき、短波放送は終わってません。年間の十億円の税金が注ぎ込まれいます。ラヂオの受信機が売ってないって意味かな、これ。


 家電量販店に行けば、ずらりと各社の最新式短波ラヂオ機が並んでますよ。松下さんとか、東京芝浦電気さんとか。今流行りのケンウッドも。え、知らない?


 つまり、私が既に故人で、この世の存在ではなく、粋なラヂオ放送も霊界通信のようなもの…そういう流れですか。でも、皆さん、どこの馬の骨だか知りませんが、お聴きになってるじゃないですか。リスナーさんはいます。


 一家に一台、普通、短波の受信機ありますよね。ステレオラジカセとか。そもそも、このNHKの、あ、また口が滑った、某公共放送の短波放送が国内で聴けるかって問題はありますが、実在します。予算十億円です。 


 こういう怪談風の締めは、どうも好きになれません。夢オチとか創作では禁止ですから。いや、ラヂオ放送なんですけど。で、もう一首ある? 何ですか、このペラ紙は、マイクにノイズ入っちゃうないですか。



「猫田猫 君ノ居場所ハ 其処ニ無シ

   渋谷ノつぼね 我ハ理事也」



 人事異動の通告じゃないですか。番組パーソナティを変更するって話ですか。これが本当の怪談ですよ。嫌だな、怖いなあ…って理事とかお偉いさんが短波放送を聞いてるはずないでしょ。しかも短歌調って、そんな訳ない。


 先週の収録分で何か問題ありましたか。どれもギリギリでオッケーです。泡姫と万力で、フォロワーさんが減っただけです。いや、これ内輪の話ですが、まあ、大丈夫です。んじゃ、一曲行きましょうか。


 あれ、勝手にイントロ流れて来たぞ。何ですか、これ。「仰げば尊し」だっけ、違うな。「蛍の光」か。やめて下さい。番組終了の雰囲気じゃないですか。番組は続くけど、私が終わり? 聞いてませんよ、そんなこと。これ、曲止めて下さいって!


  


【公式番組紹介欄より】


 当公共放送局の短波ラヂオ放送は、昭和十年に始まり、八十余年に渡って公正と信義に信頼する世界諸国民に愛されて参りました。本邦に於ける国際放送の嚆矢であり、唯一無二の伝統と歴史を誇ります。


 茨城・KDDI八俣送信所より、この惑星の全ての国家国民に向けて送られるプログラムは、ニュース・天気予報に留まらず、バラエティに富み、いわゆる長寿番組も存在します。その中でも、多くの聴衆者から好評を頂いている名物情報番組が『ニッポンの朝ぼらけ』です。




******************


 いやあ、スッキリした。ちょっと、トイレにしけ込んでました。大きいほうです。小芝居をしてる場合じゃありません。それじゃ、続きの俳句コーナー、行きますか。


 あれ、ダミーの葉書ないの? 事務所にちゃんと発注しましたよね。葉書職人がサボってる? お題はなんでしたっけ。ああ、おクスリ系のやつだった。一番、エッジの効いたやつですよね、薬局とは関係ないほうの。なら代わりで、メンタル系の病院とその患者さんって想定の句で良いや。


 そっちもダメなの? 根性ないな。こっちは放送業界ネタ、まだ尽きてないのにバランス悪過ぎ。短歌とか俳句だと言っとけば、たいてい見逃してくれるでしょう。文藝ですよ、文藝。言葉のアートです。


 え、アカウントごと無くなる可能性がある? それは困ります。リンクをそっと外した美人っぽいペンネームのフォロワーさんどころじゃありません。


 コンテストの応募期間が終わる? そんな本気っぽい内輪話はどうでも良いです。短歌はフックで、毒づいてるだけですから。あ、言っちゃった。第二回は、来年なのか。待ち時間が長いな。葉書職人さんに次はストック充分に蓄えとくよう言っておいて下さい。


 まあ、来年と言わず、ラヂオのダイヤルを回したら、私の声が偶然届くかも知れません。


 もう、誰向けに誰と喋ってるのかも分からなくなって来たので、早いけど、ここらで一曲流しましょう。お腹も具合も良くないんですよね。ゴシック・パンクの原点、バウハウスで『ベラ・ルゴシズ・デッド』。




      <自選短歌集『詠み人知らずの惑星』完>


参考資料:

NHK公式サイト「よくある質問集〜組織・理念・経営=なぜ、国際放送に国から交付金が出ているのか」

ttps://www.nhk.or.jp/faq-corner/1nhk/01/01-01-14.html

(直リン怖いんで h をはずしましたw 猫田談)

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詠み人知らずの惑星 蝶番祭(てふつがひ・まつり) @MadameEdwarda

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