暴力系ヒロインの攻略のしかた

缶津メメ

またの名をショック療法

「あんた!!なにまた女の子ナンパしてんのよーーーーーっ!」

可憐な少女がスカートを翻し、男子生徒にハイキックをきめる。男子生徒はそのまま廊下に転がり、どさりと音を立てて沈み込んだ。

「ったく、高良!あんたホント節操ないわね!?このくらいじゃ足りないかしら?」

少女はふん、と鼻を鳴らし、腕を組みながら男子生徒を見下ろす。しかし―――――男子生徒はぴくりとも動かない。

「………高良?」

しん、と静まり返る廊下に、男子生徒に声を掛けられていた女子が歩み寄る音が響く。そして躊躇なく男子生徒を仰向けにし、その心臓に耳を当て――――――

「……し、死んでる……」

と、言ったのであった。


・・・



話は数時間前にさかのぼる。

俺――――――高良敦にはひとつ、悩みがあった。それは最近やたらと俺の周りをちょこまかとうろつく、斎田爽子の存在である。

斎田はかわいい。明るい蜂蜜色の髪にくりくりと大きな目、すらりと伸びた手足はモデル体型をも思わせる、見た目だけで言うならそう、人形、マドンナ、アイドルといったところだ。しかし、かわいいのは見た目だけ、というやつである。中身はめちゃくちゃ口が悪く、手も出る足も出る。しかもそれが俺にだけ、なのだ。斎田が他の男子女子に手を出したという話は聞かないし、クラスメイトとも楽しそうにしゃべっているところは毎日のように見ている。

最近になってそれが照れ隠しから出る暴力なのだと気づいたわけだが――――――それにしても、痛い。パンチは岩を割りかねん勢いだし、おそらくそのキックは海を割る。モーゼもさすがに斎田を見たら奇跡だと認めるだろう。

しかし聞くところによれば斎田は格闘技のようなものは全くやっていないらしい。友人いわく「格闘技やってる奴は基本素人に手出さねえだろ」ということらしいが、じゃああの力はどこで得たのだろう。路地裏とかだろうか。その路地裏パワーで俺はこの間足の骨にヒビが入ったのだが、まあそれはそれとして。


ともかく、「痛い」のだ。


「……で、つまり?」

「斎田にもうちょい手加減してほしい」

「手を出すな、じゃないんだ」

「だって照れ隠しで叩いてるんだろ?俺が叩かれなきゃ別の奴に暴力の魔の手が伸びそうじゃねえか。それじゃ、斎田がかわいそうだと思って」

「どうして?」

「だって、照れ隠しだってわかんないまま振るわれる暴力って怖いぞ。俺は被害者が出るのも斎田が怖がられるのも嫌なんだ。斎田、ああ見えていい奴なんだぞ?この前も……」

「ストップ。……はあ、ホントに高良ってお人よしだよね。いや、ちょっとズレてるっていうのかな………まあいいや。で?私に何をしてほしいの?」

友人―――――須風来斗。男みたいな名前だがれっきとした女である。一年の時に隣の席になった以来、俺の大切な友人の一人だ。

「須風、お前を演劇部と見込んでの頼みだ。」

「ほう?」

「――――――――ひと芝居、付き合ってくれないか」



・・・


というわけで現在。

作戦としてはこうだ。攻撃をくらい、痛がる俺。同調する須風。その本気で痛がるさまを見せることで、斎田の罪悪感をちょこっとだけ刺激するのだ。そうすればきっと暴力の手も少し弱まるだろう――――――そう思ったうえでの芝居である。

で、あったはずなのだが。

「(ちょっと須風さん!?アドリブが効きすぎてますけど!?)」

薄目でちらりと斎田を見ると、「そんな…」とへなへなとその場にしゃがみ込み、その大きな瞳に涙を溜めた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、あたし……!」

「(おお、………でも罪悪感はしっかりあるみたいだな……)」

今にも泣きそうな斎田は、今まで見たことのないぐらいしおらしかった。まるでぷるぷる震える小動物みたいだ。

「昔っからそうなの、あたし、頭にカッて血が登っちゃうと、つい手が出て………!でも、嫌いだからとかじゃないの!それは違うの、でも、そんなこと誰もわかってくれないから、みんなあたしを嫌いになるの………」

「よしよし、お嬢さん。泣かないで。私の胸を貸してあげよう」

「うわーーーーーーん!!!!!」

目の前でひしと抱き合う二人だが俺は何を見せられているのだろう。あ、須風おまえ肩口越しにこっち見てニヤけたな。後で覚えてろ。

「でもっ…こうらはぁ、こうらだけ、あたしのことわかってくれて、こんなあたしなのに、ゆるしてくれたの……!なのに、あたし、あたし……!!」

とうとう決壊したのが鼻をすすり、ずびずびと泣く斎田。……罪悪感が襲ってきたのはこっちだ。俺はこんな子相手に芝居なんて打って、

「……お嬢さん、まだ終わりじゃないよ」

「え?」

須風が優しげな眼差しで斎田を見つめる。さすが去年のクラス別舞台劇ロミオとジュリエットのロミオ役だ、演技力がすごい。

「そこの高良は、まだ生きている」

「え、でもさっき死んだって……」

「あれは言葉のあ………んんっ。見たて違いでした。お嬢さん、あの男はいま仮死状態にあるのです。すぐ延命措置を施せば、彼はまたあなたに微笑みかけてくれるでしょう」

演技力が他界を通り越して何もかも胡散臭い須風である。しかし斎田も単純なのか罪悪感がどんどん膨れ上がっているのか、須風にすがりつくように「おしえて!」と叫んだ。

「あいつは…高良はどうしたら生き返るの…!?」

「それはずばり、…………」


―――――――人工呼吸。


「……え!?」

「よく聞きなさい。お嬢さんの蹴りにより肺がこう、しっちゃかめっちゃかになりまして。この男は今酸素を欲している状態なのです」

「え、でも蹴りで人工呼吸って聞いたことがな………」

「シャラップ!あなたはこの男を救うんですか、どっちなんですか!?」

「あ、う、うう…」

斎田は顔を真っ赤にして動揺し、視線をそこかしこに彷徨わせている。しかし須風の口車には完全に乗っかってしまっているようで、おろおろと困った様子を見せていた。

「(いやでも人工呼吸って!さすがにこれはやりすぎ……)」

「―――――――あたし、やる!」

「(やるの!?)」

斎田は涙をぐしぐしと制服の袖で拭い、き、と俺の方に向いた。

「ごめんなさいって、言うんだもん……!」

斎田は俺の横に座り、その上半身をゆっくりと傾ける。

「(ちょっと待って、俺もさすがに、その、キスとかは予想してな――――――)」

「―――――――――ふんっ!」

「!!!!!!!!!!」

べきべき、なんて音を遠くに聞く。斎田は――――――人工呼吸をしていた。いや、正しい。正しいんだが。

「まえ、ふっ!保健体育の!授業でっ!言ってたのっ!心臓マッサージは!力強くやりなさいって!」

「あー、うん。言ってたね……?」

須風がしまった、というように目を逸らす。どちみちお前はあとで覚えてろそして逃げようとするな。

「先生、がねっ!胸骨が!折れても!いいから!やりなさいっ!って!待ってて高良!!!!あたしが今すぐ助けるから!!!」

「(いやまさに殺されそうなんですけど!!!!!)」



―――――――数分後、本当に俺の意識が飛んで保健室に運ばれたのは、また別の話である。

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暴力系ヒロインの攻略のしかた 缶津メメ @mikandume3

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