第3話 彦星と神の眷属

あの休み時間からあっという間に時間が経ち、

────現在午後6時。


昼間、あれだけギラギラと輝いていた太陽は、今ではその輝きを抑えて見惚れるような炎を上げながら地平線に沈もうと少しづつ自らの居場所を下へ下へと移動させている。

沈んでいく地平線はまるで大火事が起こっているようだ。


俺が、どこでこんな景色を見ているかというと、昼間弁当を食べたあの屋上だ。


目の前には昼間、結花と仲良さげにしていた女子生徒がこちらを見て微笑んでいる。


「胡散臭い笑みだな。言うことがあるんだろ?」


俺はその女子生徒に問う。


声こそ淡々そのものだが、完全に目が笑っていない。

自分でも分かる、自分が苛立ってるってことに。


「何がぁ?呼び出したのはそっちでしょ?」


女子生徒は、少し面倒くさそうに頭をポリポリと掻く。


仕方ない、違かったときが恐ろしいが話の本題に入るとするか。


「もう、〖ネタ〗は上がってるんだ。お前だろ?あの輪廻の神が寄越した眷属って、なぁ狐神風車宮こがみかざぐるまのみや?あぁ、こちら側では空狐 輪廻だっけ?」


その一言を発した直後に、女子生徒─空狐 輪廻の表情が強張り、纏う神力をあらわにした。


流石としか言いようがない、かなり強く高位の神力だ。空気がピリピリしている。


「もう、そこまでお分かりでしたか。彦星様、いえ、今ではもう神の位から堕ちられたので◈◆◁◌◐◎リャムヒム殿とでもお呼びした方がよろしいですか?」


下に見られているように感じるその口調とわざとらしい笑みで、輪廻はこちらに問いかける。本当に昔から気に食わない奴だ。


「それは、お前達が我が民族神を呼ぶときの名だろう。そもそも、人間だった時の名など、もう捨てている。こちらでは、今生の俺の名で呼べ。昼間のように。」


そして、こちらも負けずと神力を強める。我ながら威嚇しているようだな、と思う。


それに気が付いたのだろう。輪廻は気に食わなそうに「チッ」と軽く舌打ちをする。


そして────


「ご無礼、申し訳ありませんでした。いくら神の位から堕ちられても、私めには遠く及ばない存在なのですね。どうか、この事はあなた様の寛大なお心で穏便に済ませていただけると幸いでございます」


もう既に考えられていたような謝罪のセリフを輪廻はツラツラと口にする。

表情は、昼間見せる明るく喜怒哀楽がハッキリとしたものと相対して、表情筋が完全に動かない死者のような表情。

先程までとは真逆だ。


こちらが素なのだろうか。いや違うな。こいつはあまり人間に対してよく思っていない。

こいつを怒らせるとそれなりに面倒くさい。


さぁ、どう返すか。


「別に俺は定型文のような謝罪が聞きたい訳じゃない。だが、悪いと思っているのならばこちらの質問に答えてもらおうか?」


一瞬、俺の見間違えかもしれないが輪廻がゴキブリを見るような目でこちらを見たような気がしたが気にしない。


「わかりました。あなたに協力するようにと我が主より言われています。何でも、私が知る限りの情報でしたら全てお話いたします」


多分、顔には出さないようにしているのだろうが、嫌だという雰囲気が駄々漏れだ。


しかし、こちらの問いに答えてもらえるのなら問題ない。


「じゃあ、まず『何が目的だ?』」

「監視役です。清理様の神力は強力なので、それを契約以外の目的で使用されないように監視をするように命を受けています。また、その時、殺してでも止めろという命もまた、受けております。本当面倒ですよ」

「どんな命令下してんだよ、輪廻の神、、」


俺は、半眼で空を見上げながらも無茶な命令を下された輪廻に同情する。


「で?他に質問はございますか?」

「他には?他には、かぁ~」

「無いなら帰ります。忙しいので」


そう言って、輪廻は屋上から校内に入るためのドアに手を掛ける。

本当に一刻も早く帰りたいのだろう。


「ある!あるって!」


本当に帰ってしまいそうだったため慌てて俺は輪廻を引き留める。

こっちだって聞きたいことが、まだあるのだ。


「じゃあ、何です?」

「『他に別の眷属が送られてきたりしているのか?』」

「!?」


輪廻は、目を見開いている。

明らかに、先程までとは反応が違う。

送られてきているのか?他にも眷属が。


「確認を取らせて下さい」


確認?まぁ、いい。


「わかった」


確認を取るという言葉に多少の疑問はあったが、確実な情報が得られるならそれで良い。


────にしても、どうやって確認を取るんだ?


そんな疑問が頭をよぎる。


「どうやっ────」

「黙ってて下さい。気が散ります。」

「すまん、、」


素直に疑問を口にしようと口を開くが、すかさず、「うるさい」と輪廻に切れられた。

まるで、ゴミを見るような目で俺を見るな、、。


そんなことを考えているうちに輪廻は屋上の手すりに近づく。


もう、空は太陽が沈み濃紺の絹を敷いたような深みのある紺色になっている。さらに言えば、そこに川のように螺鈿らでんをちりばめた天の川、砂金さきんを散らしたような星々が輝いている。


そんな空に、輪廻は右手をかざす。


◐◉◇◈►◆▷◆我が主、輪廻の輪を司る神よ

▧▩▩▨▶▷▥▫▣▦□件の彦星より質問を預かりました

▣▶▫▥▧□▷◁◇お時間頂けますでしょうか?。」


こんな状況だけを見ればただの厨二病だ。

これを、真顔で淡々と行う輪廻を見ると、至って真剣なことが窺える。

ある意味、人前でこの行動がとれることに尊敬の眼差しすら向けられそうだ。


そこから、時間感覚的には10秒程、物理的には約1分。


そんな時間が経った時────


『何で全く連絡取ってくんないのさ!おかしいだろ!』

嫌という程、聞き慣れたあの女神の声が頭上から降り注いでくる。


「あぁ!ちょっと!主様~!」

輪廻は、目を見開きこの声を俺に聞かせまい、と両手を広げバタバタと振って妨害するような動きをしている。


なにやってんだ?

妨害できるわけないじゃん。


なぜ妨害できないかって?

それは、この声は意思伝達によって聞こえるものだからである。


輪廻が天海原あまのうなばらと地上で交信する時は、天海原に住む神-この世に存在する全ての神が使用する神格源語しんかくげんごという原語を用いる。

いわゆる、電波のような、電子信号のようなものである。

神格源語は、人間には一瞬にして理解することも、時間をかけて解読することも出来ない。

だからこそ、意思伝達ではその信号が伝達の最中に脳内で自分が理解できる原語に翻訳される、否、勝手に理解できる。

だから、あの声も頭の中で勝手に理解出来たのだ。


──────と神格源語の原理について俺が記憶を掘り返していると、激怒の色を重ねた声で思いっきり怒鳴る輪廻の神と、それを宥めようとする輪廻の声が合わさり、不協和音を奏でた非常に居心地の悪い、声々が耳を通りやっと脳に届く。


『おい!聞いてんのかぁ?』

「ちょっと~、主様、黙ってて下さい!」


「ちょっと黙ってろ、うっさい、、」

(ッムカムカッ)

そろそろ、うるさいから止めてほしいのだが、、、。


『おい!今なんつったぁ?』

「主様~!」


(ッブチ)

あー、切れた。俺の堪忍袋。

よく、ここまで耐えてくれた。


「────あのさ、さっきから自分達がうるさいっていう自覚ある?あぁ、あるわけないか。あったら、こんな大声出さねぇもんなぁ?」


──ゾワァ───────

そんな俺-清理の言葉がこの場を氷漬けにした。もちろん、物理的に辺りが氷で覆われているというわけではなく、空気感がということである。


『お、おい、、?』

「どうしたんですか、、、?」


それに気がついたのだろう。

輪廻の神と輪廻はおどおどと声のトーンを下げる。さらに、それに伴いボリュームも下がる。


しかし、そんなことキレた俺にはもう、あまり関係ない。


「まず、輪廻の神。いちいち俺が連絡しないからって騒ぐな。

あぁ、敬語が必要か?必要ないよなぁ?今はお前が悪いんだからな。それに、結花と家、隣なんだから簡単に連絡取れるわけないだろ?神力が弱くなってんだから」


一通り俺に正論を論破された輪廻の神は、もう一言も喋らない。

本人は見えないが、見た目相応に子供らしく、相当落ち込んでいるんだろう。


もう、そろそろ完全下校時刻-8時半に近付いていそうだな。

そろそろ帰りたい。


そんな、願いはあったものの、輪廻にも文句を言いたい。


「───それに輪廻、」


名前を呼び、とりあえず一息つく。

すると、輪廻はピンと延びていた背を更に直線にし、地面と垂直にさせる。

今度は、怒りの矛先を輪廻に向けたのだ。


「お前も、黙ってろって命令がない限り、事情をしっかり話せ。俺の家の住所、知ってるだろ?休んでた俺も悪かったが、、、まぁ、そんなことはどうでもいい、だから───」


口が止まらない。相当ストレスが貯まっていたことに自分でも驚きだ。


「──しっかりと、報告すること。それに、何でこんな時間にわざわざ天海原と交信して確認する必要があるんだ?時間を考えろ!お陰で先生達にバレないように学校を出なきゃいけないじゃないか。お前と違って、俺の本体は転生して唯の人間だからこっちにあるんだ!」

「は、はい!すすす、、すみませんでした!!」


輪廻は、目尻に涙を貯めて勢いよく謝る。

相当、俺の神力が怖かったのだろうか。


ところで、一つ疑問に思うことがある。


勝手に話は進んでいるが、解説を入れるとしよう。


『なぜ、輪廻がいるのかについて、本体とは何なのか』


まず、本体について。

神にも勿論、人間と同様、魂がある。そして人間の体のようにそれを納める器がある。この器というのが、神の本体だ。


そして輪廻が、こちらの世界にいる理由。

これは、本体が非常に深く関わっている。

先日の神達との会話でも分かるように、ひとつの次元に神は1神しか生まれ変われない(俺の事は例外とする)。


しかし、この生まれ変わるということは、神の本体が天海原ではなく地上(次元空間)に移されるということである。

すなわち、神の本体がひとつの次元に2つ存在してはいけないということだ。


今回、輪廻は別の方法でこちらに送られてきた。

それは、本体は天海原にあるのだが、魂のみを地上に住む人間に憑依さるという方法だ。


これならば、本体は天海原にあるためこちら側に来れるのだ。


にしても、面倒くさい事をするものだ。

これをするには、上の神々に申請しなくてはいけないのだ。


おっと、話の主旨から離れてしまった。


「って俺はお前らを説経するために呼んだんじゃないんだよ」


大体言いたいことが言えたため、スッキリした。そして、冷静になり、なんのために輪廻の神を呼んでもらったのか思い出したのだ。


「早く、質問に答えろ!」


「なんの質問でしたっけ~?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

また、星の下で君に会えたなら。~彦星の生まれ変わりは織姫女子を溺愛する~ 十六夜 水明 @chinoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ