”N”テーマ作品随一の、社会派ミステリーの怪作。


 名作「ゴルゴ13」が名作たり得ているのは、何も正確で信頼できる国際情勢リポートが作品中に取り上げられているから、ということではありません。むしろ、あのコミックのネタをそのまんま本気にしてしまう人は、周囲から「イタい人」とひそかに敬遠されることでしょう。なのに、なぜみんな「ゴルゴ」を絶賛するかといえば、それは、モノホンの国際陰謀が作中に取り上げられていると"錯覚できるほどに"リアリティを盛り込んでいるからです。

 本作にも同じことが言えます。時は2051年、福島でのあの事故の処理に加えて、作中の日本では数段ヤバい事態が起きていて、いささかB級っぽさも垣間見える、フィクショナルな展開が複数同時進行しています。そういう舞台で、ジャーナリストを主人公に据えての社会派陰謀小説、とくれば、読む前からおおよそのイメージができてしまうかも知れません。
 ですが、そういう読者の余裕は五、六話以内に吹き飛んでしまうことでしょう。何しろこのリアリティ。何がリアルかといって、「政治家はこういうふうに嘘をつく」「官僚はこういうやり方でミスをごまかす」「組織の上位者はこういう形で下っ端を使い捨てにする」という一つ一つの描写の生々しいこと(いったいどこでこういう知見を身につけられたのか……いや、あまり訊かない方がいいのか w)。
 何よりも特筆すべきは、それらのストーリーを一件たりとも単純な勧善懲悪で処理していないことです。主人公はそれなりにまっすぐな青年ですが、「結局いちばんの悪者だったのは誰?」と最後に訊かれても、「さあ?」としか答えようがない、これはそんな小説です。

 明日乃たまごさんは、本作を含む一連の作品を「千坂亮治シリーズ」と銘打って、リアルの方の福島原発事故の影響を問題提起し続けていらっしゃいます。率直に申し上げると、私自身はそのすべてに賛同できるわけではありません。が、本作で鮮やかに提示してみせたように、「こんなふうに政府は情報を粉飾するではないか」「大マスコミはあえて真実から目を逸らしているではないか」と訴えられると――それが「ゴルゴ」的なフィクションっぽい話だとは十分承知の上でも――確かにそういうことなのかもしれない、と疑いたくなるほど、充分なリアリティを感じてしまいます。

 加えて、コメント欄でのお言葉などとは裏腹に、作者が本気でリアルのこの世界の行方に思いを馳せておられることには、感銘を受けざるを得ません。予備知識なしで読まれた方の中には、明日乃さんを原発擁護派なのかと勘違いする人も出てくるかも。それほどすべてのストーリーのバランス感覚が見事で、それゆえに、少なくとも私は、ですが、この人の意見には耳を傾けざるを得ないと感じました。

一つだけよくわからないのは、冒頭部分をはじめ、あちこちにごく短い形で挿入される……いまひとつ美しくないというか、要するにスケベ? なシーンの意図、ですね。コミカルな幕間の意味だとは思うんですが……主人公をXXという設定にしておく理由とか、若妻のXXな反応とかの小説的な目的はいったい……あ、まあこのへんは皆さんご自身がお確かめになってくださいということで――。