第16話 聴取(永尾、末松)

 昇降口近くに立っている僕と中富を、通り過ぎる生徒たちがみんなジロジロ見ていきます。

 あの噂のせいでそう感じるだけでしょうか。落ち着きません。

 僕はため息をつきますが、彼女は動じず堂々としたものです。


 日も沈み結構遅い時間ですが、文化祭前日ということもあり最後の追い込み作業で残っている生徒が多いようです。


「あ、きたきた」


 見た目が小動物っぽい女子が歩いてきます。

 動きがちょこちょこっと素早く可愛らしい。

 作業が終わって帰るところなんでしょう、荷物を背負っています。

 マリーゴールドの一人、永尾です。


 僕たちはよく一緒にいる末松という生徒が部活でいない今を狙って待っていました。


 中富が前に立ち塞がり、永尾はビクッと立ち止まります。

「あの、和泉くんのことで話を聞きたいの。帰りながらで良いから」


 もう河崎たちから僕達のことは聞き及んでいると思うから、直接的な声の掛け方にしました。


「ごめん。今はちょっと用事があるから。またにして」


 本当に申し訳なさそうに、目を伏せました。

 永尾が小柄なせいか、中富の裏の顔を知っているせいか、絡まれてかわいそうな娘に見えました。


「そっか。わかった」

 こういうこともある。

 永尾を見送ってすぐに帰ろうとしたら、中富が忘れ物をしたと言い出しました。


「そうか気を付けて」

 歩き出すと何やらカバンに抵抗が。


「まさか、女の子をひとりで暗い教室に行かせる気?」

「行けばいいんじゃないかな」

「そんな男はすぐ死んだほうがいいよ」

「結局一人で行くことになるけど、それでいいの?」


 鍵を取りに職員室に寄ってから向かいます。

 どこからか楽しそうな笑い声がしてきました。

 すっかり暗くなったのに、どこか喧騒を残した校舎はいつもと違っています。

 閉園直後の遊園地みたいです。みたことないけど。


 明日のために広い空間が作られた教室の中には誰もおらず、廊下からの光でぼんやり明るい。

 中富は明かりをつけず、自分の机に行きヘッドフォンを取り出して笑いました。


「薄暗い教室ってなんかいいね」

「非日常感かな」

「それそれ。ワクワクするよね」


 ベランダ側の窓に向かって、楽しそうにスキップしています。

 ところで帰らないのでしょうか?


「こんなところ見られたら、なんて思われるだろうね」

「人間がふたりいる」

「いいや」


 彼女が僕に近づいて来ました。


「カップルがいる、だよ」

「まぁ人がどう認識するかは自由だ」

「いっそホントに恋人になっちゃおうか」

「……なんで?」

「その反応傷つくなぁ。今のが本気の告白だったらどうすんの」


 本当に傷ついたみたいに沈んだ声に驚いて、彼女の方を見ました。

 突然左の頬にそっと手を添えてきます。

 心臓が強く跳ねる。

 さらにぐっと顔を近づけてきました。

 近過ぎる……


 薄暗闇の中、美しい形の唇が浮き上がって、潤んだ目を細めています。

 僕に触れてくるなんて、どういうつもりでしょう。

 逃れたくて堪らないけど、動いてはいけない気がします。


 僕たちって背がほとんど変わらないな、とぼんやり思いました。

 恥ずかしそうに、ゆっくり彼女は口開く。


「私、ホッとしてる……このヘッドフォン高かったから、無事でよかった」

 そう言ってけろっと笑う。


「なるほど」

 僕は頬を引き攣らせながらなんとか笑います。

「これは嫌がらせだね?」

「ドキドキした?」

「ある意味ね。また怪我させらるんじゃないかと」

「実はされたかったりして」


 いいかげん振り払おうかと思ったら、今度は手を掴んできました。


「人がくる。隠れて」


 廊下からの死角にしゃがみます。

 すぐ近くから話し声が聞こえてきました。

 別に見つかっても何も問題ないのに、むしろ隠れたせいで状況を悪くしたのでは?


 すぐ隣で息を殺す中富。なんだか楽しそうです。

 腕が触れ合っているけど、意外と耐えられる。僕も成長しました。


 声が遠ざかってから、中富が言います。

「今の永尾と末松よ。もう帰ったと思ってた」


 末松もマリーゴールドの一人。この二人は本当にいつも一緒にいるようです。


「マリーゴールドのふたりで何してるんだろ。よし、ちょっと後をつけようか」

「は?もう帰ろうよ」

「なんか怪しいって」


 いつだって僕は彼女に付き従うだけです。

 僕の意見なんて通った試しがありません。彼女は独裁者がよく似合う。


 気付かれないように二人を追います。

 中富は楽しんでいるだけだと思います。祭りの空気に早くもやられているのでしょう。


 正門には向かっていないようです。

 やがて裏門から出ていき山へ向かう道を進んでいきます。

 そっちの方へ帰宅する生徒は普通いません。

 どんどん暗がりに向かって遠ざかっていく様子に、校門の陰に隠れている僕らは顔を見合わせました。


「あっちの方向って」

「祠だな」


 じりじり近付きながら見ていましたが、二人は祠の辺りで足を止めたようです。


「ということは、二人で『赤い封筒』出しに行ったんだね。仲がいいなぁ」

「こんな時間にか?」

「人に見られたくないんじゃない?」


 本当に出しに行ったのでしょうか。もし違ったら。


 『赤い封筒』とマリーゴールド、そこに何らかのに繋がりがあるとしたら。

『赤い封筒』の力で死んだと噂される和泉の居場所だった集団が、その『赤い封筒』と繋がりがあったとしたら。


 それはなんだか不気味な感じがします。


「どうする、後をつけたら流石にバレるよね。もうやめておこっか」

「……」

「気になるの?」

「まぁね」

「じゃあ行こう」

「え、気づかれずには無理だよ」

「いいじゃん、バレても。悪いことはしてないし」


 中富は走り出しました。

 いつだって僕は付き従うだけで、最初の一歩は彼女です。


 それほど距離はありません。

 一気に駆け抜け、中富がスマートフォンのライトで照らしました。

 そこには屋根が取れた祠と、二人の女子がいました。


 末松、永尾は固まったように動きません。


「な、なにしてるの?」中富も戸惑っている様子。

「『赤い封筒』を回収しているんだ」と僕は呟く。


 永尾の持つ手提げカバンの中に赤いものが見えました。

 末松は屋根を元通りはめて戻し、手提げカバンをひったくり自分のリュックの中に押し込みました。

 明るい髪がカールしていて派手な見た目の女子です。


「よし、帰ろっか」

「ちょっと待ってよ。どうしてそんなことしてるの?」


 何事もなかったかのように永尾に声をかける末松を、中富が止めようとする。


「ごめんね〜話せることないからぁ」


 まともに相手する気はないらしく、堂々と受け流します。

 僕はできるだけ柔和な笑みを浮かべます。


「僕は四組の森塚なんだけど、ちょっといいかな。和泉くんのことで聞きたいことがあるんだ」


 僕を睨んできました。

 目つきの悪いギャル、という感じでしょうか。


「あぁ、それであたしたちをつけてたの?怖いんですけど」

「たまたまだよ」

「それを信じろって?」

「僕たちは和泉くんの事を知りたいだけなんだ。彼に関する噂があるけど、実際に彼のことが書かれた封筒があったかわからない?」


 末松と永尾が顔を見合わせます。


「わかる訳ないよ」

「先輩たちがしてたのを引き継いだだけなんだけど。祠をたまに掃除して、封筒は回収して処分するだけ。ボランティア?慈善活動?みんな知らないだけで町中にある祠も道祖神だって誰かの善意で維持してるんだから」


 永尾が答え、末松が続けました。

 どこまで本当の話なんでしょう。

 どんな願いが書かれているのか、彼女たちが把握していた可能性はあります。

 手元にあれば見てみたい気持ちも、まぁわからなくもないですから。


「本当にそれだけ?封筒の中を見ることはない?」

「答える義理もないし」

 と末松はめんどくさそうです。


「そうか。もしそれが存在して、そのことを和泉くんが知ってしまったら落ち込んだんじゃないかと想像してね」

「自殺するほど、って?」

「かもしれない」

「そんなに弱くないよ、和泉」


 それだけ言って今度こそ立ち去ろうとする二人に、中富が立ち塞がります。


「和泉くんは恋愛のことで悩んでいなかった?例えば」


 末松はイライラした口調で、中富の言葉を遮ります。


「アンタたちってなに様のつもりなの?趣味が悪いって」

「なにを隠しているの?」

「人のことコソコソ調べて。和泉への侮辱じゃない?」


 中富と末松は互いに睨み合いました。相性が悪そうな二人です。


「ねぇ、もう帰ろう」


 永尾が末松の袖を引っ張って、帰って行きます。


「久留間亜衣里と和泉くんはどんな関係なの?」

 中富の質問に、末松は立ち止まって笑いました。

「そんなこと聞いてどうするの?無駄だって。アンタたちに和泉が理解できる訳がない」


 中富は苛立ちを隠さず、よくわからないことを言いました。

「ご親切にどうも。でも私たち、最強なんで」



 ___




 コンビニで買ったカップのコーヒーに口をつけます。

 火傷しそうな熱さにホッとしました。


 中富と末松、喧嘩はよくない。

 特に中富のそういう姿を見るとハラハラします。凶器を持ち出さないかしら、と。


 隣でココアをふーふーしている彼女に僕は言います。

「最後の質問、あれは何だったの?」

「女の勘かな」


 久留間と和泉の関係。

 突飛な質問に思えましたが、そういえば以前にも二人の中を疑うことを中富は言っていました。

 その根拠が僕にはさっぱりわかりません。

 勘、と言われたら返す言葉がない。


「なにも教えてくれなかったね」

「君の態度が問題なんじゃないかな」


 中富はきょとんとします。僕もきょとんです。


「まぁちょっと冷静じゃなかったかな」

 と中富は呟きます。


「あの二人が祠を開けてるの見て、なんか気持ち悪くなっちゃったのよ。でもまぁ、和泉くんの件とは直接関係しないだろうし、『赤い封筒』はほっとくとして」

「本当に関係ないのかな」

「どういうこと?」

「……いや、わからない」


 僕の言葉に中富は不安そうな顔をします。


 僕たち二人ともが重要視していなかった『赤い封筒』。

 それがここにきてマリーゴールドの二人と繋がった。

 いつの間にか僕たちは、この怪しげなおまじないに巻き込まれてしまったのでしょうか。

 これは放っておいていいのか、僕は判断ができないでいました。

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