7月31日(月) 『遠くまで』

 七月最終日の月曜日、夜。私、櫻井あいらのお気に入りラジオで七月限定の番組、タソガレドキにはアイスティーを、の放送はつい先ほど終わった。


 最終回は、パーソナリティの瀬戸川セツナさんとリスナーさんが電話で話す、という内容だった。三人のリスナーさんがそれぞれの言葉で、タソアイとセツナさん、それに番組スタッフさんへ、感謝を伝えていた。

 いいなぁ、私も直接お礼を伝えたかったなぁ。放送終了後、喪失感から私は何もする気になっていなかった。もはや、タソアイロスである。


 勉強机にうつ伏せになって、ふてくされているうちに眠気がやってきて。ウトウトとまどろみ、いつの間にか眠ってしまった。


 ***


 スマホの着信音で、浅い眠いから目が覚めた。まだ寝ぼけている頭で画面を確認すると、私の電話番号が表示されている。このスマホの電話番号が、なんでこの画面に出ているんだろう……?

 不思議に感じたけれど、頭がまだ働かない。ボーッとしたまま、とりあえず電話に出た。


「もしもし……?」

『夜分に失礼します。私、タソガレドキにはアイスティーを、と言うラジオのパーソナリティをやっている瀬戸川セツナと申します』

「瀬戸川、セツナ……。セツナ、さん?」


 耳から入る情報と、復唱した自分の声に、一気に眠気が飛んだ。


「え。……え?えっと……!?」

『驚かせてしまってすみません。ラジオネーム、ラジオっ子なりたてのアイラさん、のお電話で間違いないでしょうか?』

「あ、はい!そうです!私がアイラです……けど、え、どうして……」


 タソアイの番組に、メッセージは送っていた。でもあれは、夢の中での出来事だったはず。

 私がこの状況を理解できず混乱していると、セツナさんは更に私を驚かせる発言をする。


『私、瀬戸川セツナですが……私の本名は櫻井あいら。私は、パラレルワールドのあなた、なんです』

「……………………はい?」


 思考回路がキャパオーバーになるのを体感した。


 ***


 混乱している私に、セツナさんが根気よく丁寧に説明してくれた。セツナさんは現在二十八歳で、二〇三四年の世界にいる、パラレルワールドの私なのだそう。

 私とセツナさんは根っこの部分は同じだけれど、違うところもある。だから、同一人物ではあっても同じ人生ではないのだと教えてくれた。


『タソアイがアイラちゃんに届いたのは、きっとおばあちゃんからの贈り物なんだろうね。高校二年のアイラちゃん以外からも、他の世界のアイラさんからも、メッセージが届いていたんだよ。みんな、曜日の並びが同じだったみたいで、すぐには気がついていなかったみたいだけど』

「そう、だったんですね……」


 色々と腑に落ちた。パラレルワールドの私だったから、セツナさんの声に聴き覚えがあって、共通点もたくさんあったんだ。

 タソアイの番組ホームページが見つからなかったのも、パラレルワールドだったからだ。世界が違ったから、だ。


『さっき、夢の中でメッセージを送った、ってアイラちゃんは言っていたけれど、ちゃんと届いているよ。タソアイを聴いてくれてありがとう。進路で迷ってるって書いてあったけれど、何かあったの?』

「……実は、将来好きなことを仕事にしたいんですけど、それって実現できるのかなって。なんて言うか、もっと堅実な道を選ぶべきなのかなぁって、悩んでて」

『なるほど……。アイラちゃん、私からひとつ伝えてもいい?』

「はい」

『迷った時は、自分がワクワクする方の道を選んでみて』

「ワクワクする方、ですか」

『そう。周りの人に色々言われることもあるかもしれないけれど、どの選択をしても、アイラちゃんの人生なんだもん。だったら、よりワクワクする方を選んで、楽しもうよ。その方が後悔は少ないって、私は思うな』

「……そっか。私が、ワクワクする方を選んでいいんだ……。セツナさん、ありがとうございます」

『いえいえ〜。どういたしまして。まさかパラレルワールドの私が、私のラジオを聴いてくれたなんて……。ずいぶん遠くまでタソアイが届いてて、不思議な気分だけど嬉しいな。こちらこそ、ありがとね!アイラちゃんと電話で話せて良かったよ。いつかまた、繋がれたらいいね。じゃあ、またね!』

「はい。いつか、また」


 通話が終わって、スマホを置く。勉強机の片隅にある、静かな卓上ラジオをそっと撫でた。今は、勝手に電源は入らない。


「……繋げてくれて、ありがとう」


 タソアイを聴くことはもう無いし、なんとなくだけど……セツナさんと繋がることも、今後無い気がする。

 それでも、ラジオを通して私たちの間にできた繋がりは消えない。だから、いいんだ。あとは、私が選ぶだけ。


「よし!」


 置いていたスマホを再び手に取って、【放送学科がある大学】とネット検索をかけた。


 セツナさん、ラジオの魅力を教えてくれてありがとう。私も、いつかそちらの方へ、──ラジオを届ける側に、いくからね。



〈おわり〉

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タソガレ・ラジオ うたた寝シキカ @shimotsuki

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