ばぁ
灯村秋夜(とうむら・しゅうや)
マジックに詳しいやつとかいる? ちょっと聞きたいんだけどさ、クッソ重いものをさかさまにする方法ってあるか? え、ああ。きぐるみだよ。あれマジでビビったからさ、研究会のやつに話したら、ここに来るのがいいって。
ふーん……いや、鏡じゃないと思うぞ。くるって回って降りてくるところ見たし、糸で吊ってたとかじゃないと思う。今思うと、きぐるみにしちゃ異様に動きが軽やかだったし、照明とかもあるけど、おかしなくらい作り込みが細かかったなあ。生き物じゃないとは思うんだよ、声がちゃんと、きぐるみ越しのくぐもった感じだったから。
題名ぃ? バカかよお前ら、現実にあったことに題名つけてどーすんだよ。俺の体験はリアルであったことなんだからさ。わかった、うん、ここの作法なんだな。じゃあ、そう……困ったな、思いつかん。「ばぁ」とかどうよ? 辛辣だなおい! まあいいけど。
ガキの頃なんだけど、オヤジの仕事はクソ忙しかったから、旅行どころかデパートとかレジャーとかぜんっぜん行けなくてさ。キャンプとか知らねぇし、水着も持ってないしさ、母親に連れられて……半年から三か月に一回くらいかな、デパートに行くのが唯一の楽しみだった気がする。今でもオヤジは忙しいまんまだよ。すげぇ稼いでるから、俺がこの大学に行くっつっても学費がどうこう、バイトしろとかは一切言わなかった。
でもさ。一回だけ、ほんの一回だけ……あれはマジで、生きてきた人生でぜったい忘れることはないってくらい楽しかった。遊園地に行けたんだ、家族みんなで。そんなに大きいところじゃなかったし、有名でもないんだけどさ、近場で行ける中じゃけっこう評判良かったから。オヤジが時間作ってくれたってだけで、大はしゃぎだったよ。■■じ■■■ランドって言うんだけど……廃園になったからなぁ。建物ももうないんだ。
門をくぐってさ、まずもうそこからすげぇの。にぎわってるし、きぐるみも出迎えてくれるし、わたがしとなんか……なんか買って、アトラクションにも乗りまくったよ。いや、そのきぐるみじゃないんだよな。門の近くにいるのは灰色のネコで、俺が見たのは……なんなんだろうなあれ、ネコミミ生えた悪魔? なんかのキャラがさらに特別なコスプレ着てるって感じだったなあ。ネット使うようになってからいろいろ調べたんだけど、どうも衣装とかが似てるキャラがいなくってさぁ。
はしゃぎまくるのはいいんだけど、ちょっと調子乗ってさ、まあガキだし……オヤジとオカン置いて走る走る、どこまで行ったもんだか、どこかに入っていってどこだか分かんなくなってさ。■み■■■■ランドの地図、入り口で手渡されてたはずなんだけど、オヤジが持ってたのかなあ……建物の中だったのか外だったのか、というかそもそもどこか分からんような場所に入った。
どんな、って……なんだろうな、ドームみたいな屋根がいくつもつながった廊下って感じの場所だった。ショーとかやるならちょうどよさそうだし、映画とか見てても見かけそうな感じのロケーションだったよ。晴れてるのか曇ってるのかどっちつかずな色の空で、初夏ならギリあり得るかなってくらいの感じだった。ただ、めちゃくちゃ静かでさ……さっきまでいた場所があんだけにぎやかだったのに、ってすげぇ怖くなった。
遊園地の音っていろいろ混じってるだろ? アトラクションだってわりかしデカい音するし、大歓声とかはしゃぐ声とか、それこそ迷子のアナウンスとかそこらのBGMとかさ。舗装はされてた気がするけど、駐車場みたいになんにもないがらーんとした地面が、見渡す限り続いてたよ。地平線の果てまで、とか聞くけどさ、マジでそんな感じ。いやいやいやお前、駐車場なら白線引いてあるだろ。なかったんだって。
でさ。なんか、人の影だけやたら濃くてさ……地面にぬぅーって長く伸びた影が、いろんな種類のダンス踊ってんの。光源ってどこあったんだろうな、ぐるっと取り囲むように影が踊ってて、でも本体が見えねぇんだよな。影って本体ありきのものじゃん? 誰もいないのに影だけたくさんぐるぐる、いや、あれはもうマジックとかじゃなくて……ただただ恐怖ってか怪奇現象ってか、さあ。
いやもう、怖くてさぁ……何しちゃったんだろう、どこなんだろう、ってなった。頭が真っ白だったのはほんの一瞬で、もうマジで、すぐ泣き出した気がする。今はこんなんだけどさ、ガキのときからそんなに心が強いなんてわけないしさ。なんかこう、もうはっきり名前が付くような感情じゃねえの。ただただガチ泣き。それだけだった。
そうしたらさ、ドームみたいな屋根の裏にネコミミ悪魔のきぐるみが……コウモリみたいにさかさまに立ってて、声かけてくれたんだよ。「どこから来たの?」って。すぐにくるって地面に降りてきた。そう言われてもさ、俺にもそこがどこかよくわかってなかったから、■■■ゆこ■ランドって名前も出して、頭なでてもらいながら話聞いてもらってさ。声はやっぱりきぐるみ越しって感じだった。
そんで、あったかい手で握ってもらって「スキップしよう!」って。「楽しい気持ちで歩けば、だいじょうぶ!」だとか言って、ぴょこぴょこ跳ねて一緒に歩いた。足元はパシャパシャ音がしてて、靴下までびっちゃびちゃに濡れたんだけど、きぐるみの方はぜんぜん気にしてなかったな。あれ、洗うの死ぬほど大変じゃないか? あ、うん。
で、まあ……メリーゴーランドと、そのすぐ横に生えた木との間から、遊園地に戻った。戻る寸前には木が見えてたし、戻ったあとももちろんあったんだけど、ネコミミ悪魔のきぐるみはあっち側にいてさ。オヤジとオカンがすごい形相で走ってきたときも、隙間からは出てこなかった。どこ行ってたのって聞かれて、あの人といっしょにいたって言ったら、きぐるみはメリーゴーランドの後ろに歩いて行ったんだ。スキップがえらく早いもんだから、オヤジはメリーゴーランドの反対側から回り込んだみたいなんだけど、もういなかったらしい。
つい、木の方に手を伸ばしたらさ……「ばぁ」って。木の裏側から手が出てきて、べしって叩かれたんだ。まぎれもなくあの声だった。細い木だったんだよ、幅で言ってもそう、こぶしひとつくらいかな。人が隠れるなんて無理だし、二頭身で横幅もでっかいきぐるみが隠れるなんて、なおさら無理なんだ。ガチでびっくりして、近くにいたスタッフさんと話してたオカンに「あれ、あれいた!」って言ったんだけどさ……
そもそも、木なんてなかったんだ。どんだけ説明しても信じてもらえなくて、そもそもそういうマスコットもいませんよって話で。考えてみれば、メリーゴーランドのすぐ横に木があったら、手入れも掃除もバカめんどくさいよな。
もしかしたらさ、全部トリックかもしれない。こういう理屈で説明できるよって言うんだったらさ、マジで教えてほしいんだ。だってさ、信じたくないんだよ。オヤジが、――
いや、やっぱこの話はここで終わりな。終わりだっつってんだろ!
ばぁ 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a
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